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A氏、怪物になる
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「地球の為に、働いてみる気はありませんか?」
A氏がそんな誘いを受けたのは、彼が上司からこっぴどく叱責された日の夜だった。しこたま酒を食らっていた彼は、朦朧とする意識の中でこれは詐欺かも知れないと思ったが「えーい、もうどうにでもなれ」という気持ちも手伝って、声をかけて来た男の差し出した名刺を取りあえず受け取った。
翌朝、一人きりのアパートでワイシャツを着たままベッドからはい出してきたA氏は、これから絶望へと続く人生をぼんやりと考える。今の会社だってやっとこさ滑り込んだようなものなのに、この調子だといつクビになるかだってわからない。もちろん、その後の再就職なんて想像もできない。
そういう状況であるから、家族のいない、そして新たな家族を作るあてすらない彼には”孤独死”という二文字が常に頭の中に付きまとった。
彼は冷蔵庫から取り出した、ペットボトルの野菜ジュースをマグカップに注ぎながら途方に暮れる。
「ご覧ください。人類の夢を乗せた最新のワープ型探査ロケットG20が空高く舞い上がりました。人類の宇宙開拓時代が、今、幕を開けようとしています!」
テレビのニュースではアナウンサーが絶叫し、何とも景気のいい話をやっている。かつては宇宙進出などSF小説の中だけの夢物語であったが、昨今はにわかに現実味を帯び始めていた。
彼は飲み干したマグカップをテーブルに置きながら、
「何か浮かれた話をやっているなぁ。ま、俺には関係のない話か……」
と、二日酔いでガンガンする頭を左右に振った。
そんな彼の目に、テーブルの端へ置いてあった名刺が飛び込んで来る。
「これは確か……」
A氏は朧げな記憶を辿り、昨日の不思議な出来事を思い出していた。まぁ、物は試しかと名刺にあった番号に電話をしてみたところ、とある場所への来訪を促され、ただし周りには絶対秘密にしてくれと強く念を押された。
A氏は指定された日時に、その場所へと赴いた。日曜日であり会社も休みだったので、何の躊躇もない。まぁ、先方でも気安いように、そういう日を設定したのだろう。地図に記された最寄駅で下車すると、折よく送迎バスが到着したばかりのようで、彼と同類の士といった輩が数人、既に未知への扉へと向かう車両に乗り込んでいた。
何か少し気まずい雰囲気もあり、互いに話す事もない。怪しげな誘いに乗ってしまったという、後ろめたさもあるのだろう。ただ、次々と座席に着く老若男女様々な面々を見てA氏が感じたのは「あぁ、みんな、恵まれない境遇なんだろうなぁ」という印象だった。
何故ならそこにいる者たちは、A氏が毎朝鏡の中でみる自分の顔と同様、全く覇気のない顔つきをしていたからだ。要するに、そういう人間たちが集められたという事らしい。
小一時間ほど揺られたろうか。バスはドンドンと山奥へと分け入って行く。元々、田舎の駅だった事もあり、やがて人里離れたという表現がピッタリの場所へと辿り着いた。
バスを降りると出迎えたのは、如何にも接客のプロと言ったスタッフの群れ。美男美女、またそうではないが、善良を絵に描いたような者も数多く含まれている。絶対に引き入れるという、ある種の意気込みが感じられた。
まずは、来訪への感謝の意を示す主旨での歓迎会。立食パーティーの形式ではあるが、食事は豪勢であり主催者の力の入れようが見て取れた。ただ、酒だけはテーブルに並ばない。恐らくはこのあと示されるメインの話を、シラフの頭で聞いてほしいという願いからだと思われる。
一時間ほどが過ぎ、A氏とその仲間たちは大ホールへと案内された。座席がびっしりと用意され、さながら大企業の入社式のようでもあった。恐らく千人程度はいるのではないか。
「えー、ご来場の皆様。本日はお忙しい中、当地へご来訪頂きまして誠に有難うございます」
こんなありきたりの挨拶で始まったレクチャーだが、数分後、その場にいた殆どの人間が、全く信じられないという驚きの表情をする事になる。もちろん、A氏も例外ではなかった。
ジリリン!。
A氏の住むアパートの一室で、目覚し時計が威勢よく鳴った。
「ん~、もう朝か……。あんまり眠れなかったなぁ……」
歴史的な朝を迎えるにあたり、A氏はいささか寝不足気味である。
A氏はどうにか寝床から上半身を起こすと辺りを見回した。ここ十年以上、変わらず見ている風景である。両親は既に他界し、兄弟もいない。親しい友人を連れてくる事もなかった侘しい我が家。だがその朝は、いつものたたずまいとは何か違うものを感じずにはいられない。
「今日から、全てが変わるんだ。いや、既に変わっていると言うべきか」
A氏は布団から這い出ると洗面所へと向かった。そして鏡に正対する。
「よぉ、今日から本番だ。よろしくな」
A氏は、鏡の中の自分に向かって挨拶をする。
ただ鏡の中に映し出されたのは、かつてのA氏の姿ではない。誰が見てもそれは”怪物”のそれであった。
どういう格好なのか少し説明をしよう。まず、全身の色は朱色に近い赤。それとわかる体毛も目立っている。そして顔は前に長く突き出した動物型だ。頭の後ろの方には耳を兼ねた二本の触角のような角があり、その前には大きな丸い目がついている。また、体はお腹がでっぷりとしており、短めの尻尾も付いている。ただ凶悪なイメージはなく、むしろ愛嬌があるといって良い。
巨大ヒーロー物で言えば、敵というよりも、主人公の味方になるような三枚目の怪獣といった風貌である。
A氏は鏡の中の自分を繁々と眺めながら、あの会場での出来事を思い出していた。
「それでは今回、皆様にお集まりいただいた目的をお話し致します」
登壇した司会者が、おごそかに言う。
「皆さまご存じの通り、世は宇宙開発への期待に胸を膨らませております。実際のところ、宇宙の彼方への有人飛行も技術的には可能となっており、数年後には確実に実現するでしょう」
司会者は、そこでいったん言葉を切った。そして声のトーンを一つ落として、驚くべき事実を話し始める。
「皆さま、これからお話しする事は大変機密性が高く、ある意味国家レベル、いえ世界レベルの話となります。もちろん、他言無用に願います。もし秘密を守る自信のない方は、今すぐにご退席ください。そして、本日ここへ来た事もお忘れください」
司会者は、来訪者の覚悟を促すように語りかける。
会場に集まった者達の間にざわめきが起こり、椅子から腰を浮かす者、辺りを見回す者、隣の席同士で話し合う者、様々な反応を皆が示した。だが、いつの間にかサングラスをかけた黒服の男たちが会場の出入り口を固め、このままタダでは帰さぬぞという威圧のオーラを醸し出している。
A氏がそんな誘いを受けたのは、彼が上司からこっぴどく叱責された日の夜だった。しこたま酒を食らっていた彼は、朦朧とする意識の中でこれは詐欺かも知れないと思ったが「えーい、もうどうにでもなれ」という気持ちも手伝って、声をかけて来た男の差し出した名刺を取りあえず受け取った。
翌朝、一人きりのアパートでワイシャツを着たままベッドからはい出してきたA氏は、これから絶望へと続く人生をぼんやりと考える。今の会社だってやっとこさ滑り込んだようなものなのに、この調子だといつクビになるかだってわからない。もちろん、その後の再就職なんて想像もできない。
そういう状況であるから、家族のいない、そして新たな家族を作るあてすらない彼には”孤独死”という二文字が常に頭の中に付きまとった。
彼は冷蔵庫から取り出した、ペットボトルの野菜ジュースをマグカップに注ぎながら途方に暮れる。
「ご覧ください。人類の夢を乗せた最新のワープ型探査ロケットG20が空高く舞い上がりました。人類の宇宙開拓時代が、今、幕を開けようとしています!」
テレビのニュースではアナウンサーが絶叫し、何とも景気のいい話をやっている。かつては宇宙進出などSF小説の中だけの夢物語であったが、昨今はにわかに現実味を帯び始めていた。
彼は飲み干したマグカップをテーブルに置きながら、
「何か浮かれた話をやっているなぁ。ま、俺には関係のない話か……」
と、二日酔いでガンガンする頭を左右に振った。
そんな彼の目に、テーブルの端へ置いてあった名刺が飛び込んで来る。
「これは確か……」
A氏は朧げな記憶を辿り、昨日の不思議な出来事を思い出していた。まぁ、物は試しかと名刺にあった番号に電話をしてみたところ、とある場所への来訪を促され、ただし周りには絶対秘密にしてくれと強く念を押された。
A氏は指定された日時に、その場所へと赴いた。日曜日であり会社も休みだったので、何の躊躇もない。まぁ、先方でも気安いように、そういう日を設定したのだろう。地図に記された最寄駅で下車すると、折よく送迎バスが到着したばかりのようで、彼と同類の士といった輩が数人、既に未知への扉へと向かう車両に乗り込んでいた。
何か少し気まずい雰囲気もあり、互いに話す事もない。怪しげな誘いに乗ってしまったという、後ろめたさもあるのだろう。ただ、次々と座席に着く老若男女様々な面々を見てA氏が感じたのは「あぁ、みんな、恵まれない境遇なんだろうなぁ」という印象だった。
何故ならそこにいる者たちは、A氏が毎朝鏡の中でみる自分の顔と同様、全く覇気のない顔つきをしていたからだ。要するに、そういう人間たちが集められたという事らしい。
小一時間ほど揺られたろうか。バスはドンドンと山奥へと分け入って行く。元々、田舎の駅だった事もあり、やがて人里離れたという表現がピッタリの場所へと辿り着いた。
バスを降りると出迎えたのは、如何にも接客のプロと言ったスタッフの群れ。美男美女、またそうではないが、善良を絵に描いたような者も数多く含まれている。絶対に引き入れるという、ある種の意気込みが感じられた。
まずは、来訪への感謝の意を示す主旨での歓迎会。立食パーティーの形式ではあるが、食事は豪勢であり主催者の力の入れようが見て取れた。ただ、酒だけはテーブルに並ばない。恐らくはこのあと示されるメインの話を、シラフの頭で聞いてほしいという願いからだと思われる。
一時間ほどが過ぎ、A氏とその仲間たちは大ホールへと案内された。座席がびっしりと用意され、さながら大企業の入社式のようでもあった。恐らく千人程度はいるのではないか。
「えー、ご来場の皆様。本日はお忙しい中、当地へご来訪頂きまして誠に有難うございます」
こんなありきたりの挨拶で始まったレクチャーだが、数分後、その場にいた殆どの人間が、全く信じられないという驚きの表情をする事になる。もちろん、A氏も例外ではなかった。
ジリリン!。
A氏の住むアパートの一室で、目覚し時計が威勢よく鳴った。
「ん~、もう朝か……。あんまり眠れなかったなぁ……」
歴史的な朝を迎えるにあたり、A氏はいささか寝不足気味である。
A氏はどうにか寝床から上半身を起こすと辺りを見回した。ここ十年以上、変わらず見ている風景である。両親は既に他界し、兄弟もいない。親しい友人を連れてくる事もなかった侘しい我が家。だがその朝は、いつものたたずまいとは何か違うものを感じずにはいられない。
「今日から、全てが変わるんだ。いや、既に変わっていると言うべきか」
A氏は布団から這い出ると洗面所へと向かった。そして鏡に正対する。
「よぉ、今日から本番だ。よろしくな」
A氏は、鏡の中の自分に向かって挨拶をする。
ただ鏡の中に映し出されたのは、かつてのA氏の姿ではない。誰が見てもそれは”怪物”のそれであった。
どういう格好なのか少し説明をしよう。まず、全身の色は朱色に近い赤。それとわかる体毛も目立っている。そして顔は前に長く突き出した動物型だ。頭の後ろの方には耳を兼ねた二本の触角のような角があり、その前には大きな丸い目がついている。また、体はお腹がでっぷりとしており、短めの尻尾も付いている。ただ凶悪なイメージはなく、むしろ愛嬌があるといって良い。
巨大ヒーロー物で言えば、敵というよりも、主人公の味方になるような三枚目の怪獣といった風貌である。
A氏は鏡の中の自分を繁々と眺めながら、あの会場での出来事を思い出していた。
「それでは今回、皆様にお集まりいただいた目的をお話し致します」
登壇した司会者が、おごそかに言う。
「皆さまご存じの通り、世は宇宙開発への期待に胸を膨らませております。実際のところ、宇宙の彼方への有人飛行も技術的には可能となっており、数年後には確実に実現するでしょう」
司会者は、そこでいったん言葉を切った。そして声のトーンを一つ落として、驚くべき事実を話し始める。
「皆さま、これからお話しする事は大変機密性が高く、ある意味国家レベル、いえ世界レベルの話となります。もちろん、他言無用に願います。もし秘密を守る自信のない方は、今すぐにご退席ください。そして、本日ここへ来た事もお忘れください」
司会者は、来訪者の覚悟を促すように語りかける。
会場に集まった者達の間にざわめきが起こり、椅子から腰を浮かす者、辺りを見回す者、隣の席同士で話し合う者、様々な反応を皆が示した。だが、いつの間にかサングラスをかけた黒服の男たちが会場の出入り口を固め、このままタダでは帰さぬぞという威圧のオーラを醸し出している。
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