異説・浦島太郎《乙姫が玉手箱を絶対に開けるなと言った理由》

藻ノかたり

文字の大きさ
上 下
2 / 2

【後編】玉手箱と乙姫の執念

しおりを挟む
「ただ、お願いします。決してこの箱を開けてはいけません。いいですね? もし開けてしまったら”私の想い”が、煙のように散ってしまいますから」

これにはさすがの太郎も、疑問を抱かないわけには行きませんでした。しかしここで、下手に乙姫の機嫌を損ねるわけには行きません。決して開けないと約束をし、太郎は後ろ髪を引かれる思いで竜宮城を後にしました。

太郎がカメの背中に乗り城門を出たのを見届けると、乙姫は急いで自室に戻り、小さなサンゴの置物を手文庫の中から取り出しました。

サンゴの置物は、乙姫が手に取るや否や、すぐに明るく光り出します。それを見た乙姫の目は歓喜に満ち溢れました。

すぐにカメが竜宮城へと舞い戻り、乙姫の部屋へとやって来ます。

「おぉ、カメや。ご苦労でした。ほら、これをご覧なさい。首尾は上々です」

乙姫は、光を発し続けるサンゴの置物をカメに見せました。カメは、全てが終ったのだと悟りました。

「姫様。本当に良かったのでしょうか。前にも申し上げました通り、あの男が直接罪を犯したわけではありますまい」

主人に付き従うと心に決めていたものの、カメには太郎が気の毒でたまりません。

「のぅ、カメよ。お前は恨みを忘れたのですか。私やお前の両親が無残に殺された、あの日の恨みを!」

乙姫が、白くか細い拳をギュッと握りしめます。

「いいえ、忘れるわけがありません。今でも昨日のように思い出されます」

カメに刻まれた心の傷が、ジュンと痛みました。

「そうでしょう。あれは忘れもしない十三年前。私と両親はお前とお前の両親の背中に乗って地上へと赴きました。ほんの、物見遊山のつもりでした。

そしてあ奴らに出会ったのです。親切顔をした悪魔、浦島一族に!」

乙姫が、その小さく可愛らしい歯をギリギリと鳴らします。

「はい。彼らは善意を装って、われらを歓待しました。しかし連中の狙いは、姫様やご両親が身に着けていた高価な衣装や宝石の数々だったのです。

宴も終わり皆が寝静まった頃、彼らは私たちに襲い掛かり、無残にも姫様の御両親と私の両親を殺しました。私は必死に姫様をお守りし、命からがら竜宮城へと戻って来たのです」

当時の悲惨な光景を思い出し、カメの目にも涙が光ります。

「そうでしょう。あの怨み。誰が忘れるものですか。あやつらは、復讐されて当然な者達なのです」

乙姫が、そば机を拳でドンと叩きました。

「しかし姫様。あの男、浦島太郎は、私たちの両親を殺した者たちよりも千年先の子孫です。既に野党同然だった浦島一族は雲散霧消し、あの男自身、その身が極悪人の血を引いているとは夢にも思っていないでしょう」

カメが、申し訳なさそうに口をはさみます。

「だから、なんだと言うのです。そりゃぁ、私だって父様、母様を殺めた奴らに直接復讐をしたかった。でも地上と竜宮城では、時間の流れに大きな隔たりがあります。私の心身が元に戻った時には、奴らは当の昔にこの世を去っていました。

だからと言って、怨みを忘れろと言うのですか? あの男が、奴らの血を引いているというだけで充分です」

乙姫は、自らを説得するかのように話しました。

「もういい、もういいのです。全てが終ったのですからね。

あの男は地上に戻り、愕然としたでしょう。何せ自分のいた時より三百年は後の時代に辿り着いたのですからね。あの男を出来るだけ長く引き留めるために、虫唾が走る思いで、言い寄っるフリをしたかいがあったというものです」

乙姫は、机にあったお茶を一気に飲み干します。

「しかし姫様。私には、どうしても一つわからない事があります。

あの男に渡した玉手箱。姫様は”決して開けてはならぬ”と奴に申されました。我らの復讐は、彼が三百年の時を隔てた世界に来たと知り絶句をし、更には玉手箱でみすぼらしい老人になり果てる事で完成する筈でございます。

もしあの男が姫様の言葉を守り、玉手箱を開けなければ、まだまだ若い体です。気を取り直して、普通の生活に戻る事も出来たのではないでしょうか」

カメは、疑問を乙姫にぶつけます。

「のぅ、カメよ。私はね。あの男を絶望の、そのまた絶望の淵に追い落としてやりたかったのですよ。

良く聞きなさい。

もし私が『開けてはいけません』と言わず『困った時には開けて下さい』とでも言ったら、あの男はどうしたと思います。激変した世界に混乱し”もしかしたら宝物である玉手箱の中に、何か解決する手立てがあるかも知れない。乙姫はそれを予想して、自分に玉手箱を託してくれたに違いない”と簡単に思うでしょう」

カメが、主人の言葉に耳を傾けます。

「もちろん、それでも結果は同じですが、その時に彼は”乙姫め、騙しやがったな!”と、私に罵詈雑言を吐くのではないでしょうか。そうして私やお前を恨む事で、少しでも身の不幸を和らげようとするのではないでしょうか」

乙姫の口は、優雅な音色のように説明を続けます。

「あっ」

カメが突然、声を挙げました。

「気がついたようですね。そうです。私は”開けてはいけない”とあの男に言いました。それを守っていれば、少なくとも彼は老人にはならず、先ほどお前が言ったように、新たな生活を始められたでしょう。

しかし、開けてはいけないと言われていたのに”自分の意思で”玉手箱を開けてしまい、その結果、年老いてしまったのです。

つまり新たな時代で生きる機会を、約束を破るという自らの愚行によってダメにしてしまった事になります。

お前は彼が、私の言いつけを守り通す危険性を指摘しましたが、だてにあの男と三年間暮らしていたわけではありません。私は、絶対に彼が約束を破ると確信していました。若さゆえの過ちとでもいうのでしょうかね。

そして今、サンゴは輝いている。彼が玉手箱を開けた事を伝える証拠です

彼は自分自身を恨むしかありません。そんな救いようのない絶望の中で、あの男は惨めに死んでいくのです」

乙姫はクスリと笑います。その笑いはやがて、竜宮城のあらゆる場所に響き渡るほど大きな狂喜となりました。

昔、昔のお話です。


【異説 浦島太郎・終】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

鬼の桃姫

井田いづ
歴史・時代
これはむかしむかしの物語。鬼の頭領である桃姫は日々"狩り"をしながら平和に島を治めていた。ある日のこと、鬼退治を掲げた人間が島に攻め入って来たとの知らせが入る。桃姫の夢と城が崩れ始めた────。 +++++++++++++++++ 当作品は『桃太郎』『吉備津彦命の温羅退治』をベースに創作しています。

江戸の櫛

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

学問のはじめ

片山洋一
歴史・時代
江戸時代後期。後に適塾を開く緒方洪庵が大坂に登ってきた。 学問とは何か、人生とは何か。様々な人々と出会い、そして終生の道となる医学を学び、その中で学問を究めようとしたばかりに破滅へと進んでいく大塩平八郎と出会う。公正と安寧を求めながら、大坂を焼き尽くす大塩の乱までを描く物語。

四本目の矢

南雲遊火
歴史・時代
戦国大名、毛利元就。 中国地方を統一し、後に「謀神」とさえ言われた彼は、 彼の時代としては珍しく、大変な愛妻家としての一面を持ち、 また、彼同様歴史に名を遺す、優秀な三人の息子たちがいた。 しかし。 これは、素直になれないお年頃の「四人目の息子たち」の物語。   ◆◇◆ ※:2020/06/12 一部キャラクターの呼び方、名乗り方を変更しました

華日録〜攫われ姫君の城内観察記〜

神崎みゆ
歴史・時代
時は江戸時代、 五代将軍徳川綱吉の治世。 江戸城のお膝元で、 南町奉行所の下っ端同心を父に持つ、 お転婆な町娘のおはな。 ある日、いきなり怪しげな 男たちに攫われてしまい、 次に目にしたのは、絢爛豪華な 江戸城大奥で…!? なんと、将軍の愛娘…鶴姫の 身代わりをすることに…! 仰天するおはなだったが、 せっかく江戸城にいるんだし…と 城内を観察することに! 鶴姫として暮らす江戸城内で おはなの目に映ったものとは…?

石の手紙〜元女学校教員美代子のビルドゥングス・ロマン

イチモンジ・ルル
歴史・時代
私立女学校の教員畑中美代子(はたなかみよこ)は、人生を捧げると決めた研究のための精進を怠らず、三十路を迎えた。大学時代の研究仲間で華族令息の凪見小路通麿(なぎみのこうじみちまろ)に請われ、帝国考古学研究所に転職。烏池小路と共に古文書解読と検証の案件に取り組む 実は大学時代から美代子を溺愛している凪見小路。不羈独立(ふきどくりつ--つまり他人に借りを作らず頑張るひと)の志を凪見小路に尊重されていることにも、自分の恋心にも、気づいていない美代子。 最初の案件は大航海時代にヨーロッパの楽器と西太平洋の楽器で奏でられた合奏曲の謎にまつわる物語。     ◆   ◆   ◆ ふたりの「頭脳明晰恋はお子様」な研究バディ生活をオムニバス形式で。ただし、2023年2月現在第一章しかできていません。続きはいずれ。

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 youtubeチャンネル名:heroher agency insta:herohero agency

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...