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《後編》 僕と地球

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だがそんなもので、どうなる宇宙船ではない。トラクロービュ星の科学を舐めてもらっては困る。僕はそれでも冷静さを失わず、地球政府に話し合いを申し入れた。

だが、返って来た言葉は、

「誰がお前のような化け物と、話し合いなど出来るか! 地球人の血が流れているなどと、大嘘をつきおって」

というものだった。

僕はその言葉にキレた。彼らの侮辱の言に怒ったというのではない。
 
恥ずかしかったのだ。自分の体にこんな連中の血が混じっているのが、とてつもなくおぞましく感じられたのだ。そして思った。

こんな連中、僕は認めない!

現実を受け入れる事が出来なくなった僕は、目の前の事実を消し去る事によって、全てをなかった事にしようという考えに思い到った。

僕は道中一度も使用しなかった、宇宙船に搭載されている武器を試してみた。それは圧倒的な威力を発揮した。陸海空の地球軍は、次々と撤退を余儀なくされる。

だが僕の心は晴れなかった。いや、むしろ焦燥感にさいなまれていた。それは地球人の数の多さにである。いくら都市を破壊しても、全く減る気配がない。一体この星には、何人の地球人が生息しているのだろう。

宇宙船の武器は威力こそ大きいが、惑星制圧用の武器ではないため、一気に大量の住人を消去せしめる事は不可能だ。少し弱気になった僕は、思いなおして地球政府にもう一度呼びかけてみようと考えた。

前非を悔い、話し合いに応じるのなら許してあげようと思ったのだ。ここら辺は、僕の中にあるトラクロービュ星人の血がそうさせるのだろう。僕たちは非常に忍耐強い種族なのだ。そう思うと、頭に血が上った自分が妙に恥ずかしくなった。

「あー、あー、地球人の諸君。抵抗は無意味だと分かったと思う。どうだろう、もう一度、話し合おうじゃないか」

僕は、努めて冷静に語りかけた。

その厚意に対する彼らの返答は、

「ふざけるな。我々は、化け物には決して屈しない!」

であった。

僕の血は一気に沸騰した。多分沸騰したのは、地球人の血の方だったのだろう。そして何故か、頭の上の繊維状の物質が、モゾモゾッとした気がした。

再び武器のスイッチを押そうとした僕の耳に、聞きなれない音声が響く

《搭乗者のアングリー数値が基準を越えました。本船は最終ミッションを開始します》

次の瞬間、僕は光の洪水に飲み込まれた。



「地球へ派遣した宇宙船より、最終ミッション完了の通信が入りました」

トラクロービュ星、総督府ビルの一室。植民地課と記された部屋で仕事をするオペレーターが、上司であるレマドン課長のオフィスへ報告を入れる。

「うむ、わかった」

レマドンはホッとした表情で、通信プレートに返事をした。

「上手くいったようですな。まぁ、いつもの事ですが」

傍らにいたゲットル課長補佐が、上司に声をかける。

「あぁ、成功率は九割を超えるが、未だに一報が入るまでは緊張するよ」

彼はそれまでゲットルと行っていた仕事に一段落をつけ、オフィスのソファーにどっかと腰を下ろした。この心配性の男がとる、いつもの習慣である。

「結果も、最終ミッションまでいって良かったですよ。下手に途中までしか進まなかったら、更に時間が掛かっていたところです。

今ごろ地球上の全ての生物は、宇宙船に搭載された、拡散型の超中性子爆弾で紫煙の如く消滅しているでしょう」

ゲットルが部屋に備え付けられている、ティーメーカーで入れたお茶を上司に差し出した。

「あぁ、有難う。だが全くその通りだ。こちらとしては、理想通りの結末だね」

レマドンが、おべっかというエッセンスの入ったお茶をすする。

「ただ意外と早かったですな。もう少し期間を要するかと思っていましたからね」

ゲットルが、自分用に用意したお茶を長細い口に流し入れた。

「まぁ、大使と称して向かわせた奴に流れる、地球人の好戦的な血が、われらトラクロービュ人の血を凌駕したという所だな。もちろん、それも計算された上での事なんだが……。

三十年前、我がパトロール隊が地球の漂流宇宙船を見つけて以来、綿密な計画の元、実行に移されたプロジェクトだ。失敗していたら、私はホレゾレ星系の植民地へ飛ばされているところだよ」

小心者の課長が、安堵の一息をつく。

「しかし地球へ派遣された、あのトラクロービュもどき。自分の知っている過去の知識が、全部でっち上げだと知ったら怒るでしょうなぁ。

そう言えばご存じですか? 奴にもありましたが、地球人特有の、あの頭の上にある繊維状のもの。私が小耳にはさんだところによると、あれは怒った時に逆立つ特性があるあるらしい。地球人は、それを”怒髪天を衝く”と言うそうですよ」

課長補佐が、悪態をついた。

「いやいや君。トラクロービュもどきなんて言っちゃいかん。奴はトラクロービュ星人の遺伝子構造を模したバイオ素体に、地球人の遺伝子を組み込んだ”只の物”に過ぎないのだからな」

レマドンが、苦虫をかみつぶしたような顔になる。あぁ、おぞましい、と言わんばかりの言いっぷりだ。

「いや、そうでした。今の発言、上の方には内緒でお願いしますよ。

しかし何ですな。これはもう、トラクロービュ星人の忍耐力の勝利ですな。我らは大勢で出かけて行って、侵略するような危険は犯しません。その間に、本星をどこぞの宇宙人に襲われてはたまりませんからね。

よって得られた情報や物資から、最適な侵略方法を探り出す。時間はかかりますが、我がトラクロービュ星人の我慢強さがそれを成し遂げる。

ただ、時々思うんですよ。今回の様に力の差が歴然としている場合、最初から超中性子爆弾を地球へ打ち込んだ方が、早かったんじゃないかって」

調子づいたゲットルを、レマドンがたしなめた。

「君、何をバカな事を言ってるんだ。それじゃぁ、野蛮な地球人と何も変わらんじゃないか。宇宙の紳士たるためには、適切な手続きが不可欠なんだよ。

我が星が、周りの星々から”素晴らしい官僚国家”と言われているのは知っているだろう? 面倒くさくても意味がなくても、忍耐強くそれを実行する。それが、我が星のやり方なんだ」

こりゃ言い過ぎたとばかりにゲットルはチョイと頭をかき、それを誤魔化すように住人のいなくなった地球への入植計画をレマドンに相談する。

そのころ地球では、人類が、いや全ての生物がいなくなった大地に、軽やかな涼風が吹き流れていた。


【第二の故郷は地球・終】
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