よろず魔法使いの日記帳 【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

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最後の賭け

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「コンシダレーション!」

ボクの一言に魔句呂コーラーが反応する。途端に目の前の風景は激変し、この世の中で、ボクの意識だけが動いているかのような錯覚に陥った。

コンシダレーションの魔法は、自分の意識が働くサイクルを驚異的に速める効果がある。魔法が効いている間は、周囲はスローモーションで動いているように感じられるが、あくまで効果範囲は意識のみであり、体は周りと同じ速さでしか動かない。

さぁ、考えろ! どうする? 

さぁ、どうする!? どうする!?

ボクはあらん限りの想像力を動員する。

ゲルドーシュの言うように、いちかばちか八つあるように見える奴の弱点"ビートブラックパイ”のどれかを攻撃するか。

当てずっぽうで?

いや、駄目だ。

確率は八分の一だから、そう高いものではない。ゲルドーシュが剣に爆裂効果を付けられるのはあと一回だ。失敗したらそれで終わりである。

じゃあどうやって、本物の黒斑点を見つけるのか?

見た目では全く差異はない。ザレドスが近寄って調べればわかるかも知れないが、その余裕は全くない。

万事休すなのか……。

いや、待て。諦めちゃいけないぞ。ボクはリーダーであり、皆、ボクの事を信頼して命を懸けてくれている。

考えろ、考えるんだ……!

状況を整理しよう。

魔獣の弱点"ビートブラックパイ"、つまり直径三十センチ大の黒い斑点は、外界のマジックエッセンスを吸収する為の器官である。それは奴の全ての内臓器官に通じている。だからこそ、そこに爆裂を叩き込めば衝撃は全内臓器官に及び、奴は自壊するはずだ。

でも、本物の弱点を貫かねば意味がない。

……弱点、それが何故弱点なのかと言えば、全ての内臓と繋がっているから……、繋がって……、繋がって……。……そして弱点の名前は、ビートブラックパイ……。

一瞬、様々な条件の中の一つが、頭の中で別の条件と繋がった。それが次の一つ、また次の一つへと繋がり、瞬く間にネットワークを広げていく。

そうか!

ボクの心に一筋の光が差し込んだ。

ボクは即座にシミュレーションを行い、この作戦の成功を確信した。今の条件でならギリギリ実行できるだろうが、一つのミスも許されない。

ボクはコンシダレーションの効果が切れる直前まで何度も反芻し、覚悟を決めて魔法を解いた。

眼前の魔獣を見ると、奴を抑え込んでいるポピッカの放った聖獣は段々と姿が透き通り始め、その消滅が近い事を物語っている。もう、一刻の猶予もない。

「みんな、聞いてくれ! 作戦を思いついた。最後の作戦だ。これに全てを掛ける!」

皆が一斉にボクの方を見る。

「まってました!!」

ゲルドーシュが歓喜の声をあげた。

「ポピッカ! 聖獣の効果が消えかかっている。このままでは拘束し続けるのは無理だ。魔獣の腕の戒めを解いて、それを足の方へ向けてそっちを強化してくれ。腕の方はボクが引き受ける!」

ボクは魔獣の両肩から伸びる触手を絡めとっていた、鞭状の電撃を発する二本の魔奏スティックを握りしめた。再び奴の両腕の自由を奪う為である。

それを確認した僧侶の一声で、聖なる下僕は魔獣の両腕から剣を抜き、既に拘束している両足にそれを突き立てる。これであと1~2分は確実に奴を繋ぎ止め、背中の弱点をさらけ出しておける。

「ポピッカ、今使える全てのマジックエッセンスを使って、ボクの言う通りにしてくれ」

「はい!」

ポピッカが決死の表情で身構えた。

「まずリバースのフィールドを奴の真上に展開して、そこへ癒しの魔法をありったけ放ってくれ!」

「え?」

僧侶の顔が混乱しているのが、ここからでも見て取れる。

「それだと効果は”毒”になりますが、奴を倒し切るほどの効果は期待できませんわ!」

もっともな言い分だ。しかし問答している暇はない。

「頼む、言う事を聞いてくれ! ゲルは奴に毒が回るのを見計らって、あいつの背中に乗るんだ!」

「おおし、わかった!何だかわかんねぇが、その作戦に乗ったぜ!

おい、ポピッカ! リーダーは旦那だ。まだ、それがわかんねぇか!」

ハッとした表情を見せるポピッカ。

「わかりました。 全力を尽くしますわ!」

本来ならボクが毒の魔法を使いたいところだが、マジックエッセンスを補充したとはいえ、魔獣を抑え込むための筋力増強魔法を維持するだけで手いっぱいだ。

それに僧侶は職業柄、毒の魔法は使えない。リバースで癒しを毒に変換する裏技を使うしかないのである。魔獣の戒めが解かれる瞬間が刻一刻と迫っている。これが最後の賭けになるだろう。

「リバース!」

僧侶が叫ぶと、魔獣の上に青白く光る布の様なフィールドが展開された。このフィールドを通過した魔法は、その効力を全く逆のものへと変質させるのだ。

続けてポピッカが放った癒しの魔法が、魔獣の頭上に降り注ぐ。

「グワッ、ギューッ!! ガーァァァッ!!」

猛毒と化した癒しの魔法を浴びた魔獣ガノザイラは、聖獣とボクが施している拘束を解こうと必死にのたうち回る。

「ゲル! 奴の背中に乗れ。そして全てのビートブラックパイを観察しろ」

魔奏スティックに握りしめながらボクは叫んだ。

「よっしゃ!」

目にもとまらぬ速さで魔獣の上に踊り出る戦士ゲルドーシュ。あとは奴の観察眼に全てを掛けるしかない。

ゲルドーシュが烈しく暴れる魔獣に振り落とされないよう、ボクは必死に力を籠めた。しかしもうあまり時間がない。ポピッカの放った聖獣が消失するのも時間の問題だ。

「どうだ、ゲル!」

「だ、だめだ。何も変わらねぇ。何もわからねぇ!」

懇願するように問うた僕の耳に、狼狽した戦士の声が響く。
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