よろず魔法使いの日記帳 【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

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逆転の兆し

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「旦那、八つの内のどれでもいい。一か八かブッ潰そうぜ!」

戦線に復帰したゲルドーシュが叫ぶ。

そうなのか、もうそうするしか手はないのか……。

自問自答している間にもボクの体内のマジックエッセンスはどんどん減り続け、もはや魔獣を繋ぎ止めておけない程に弱まってきている。

だがゲルドーシュの進言を受け入れようとしたその時、広間の角から鋭い矢のような叫びがあたりに響いた。

「まだ……、まだ最後の賭けに出る時ではありませんわ! スタン、ご自慢のガドゼラン製スピードローダーからマジックエッセンスを補給して、コンシダレーションの魔法を使って下さいまし」

いつの間にか、足元がおぼつかないながらも立ち上がったポピッカが咆哮する。

「だ、駄目だ! いくらローダーの性能が良くても、補充している時間なんてとてもない」

ボクは僧侶に絶望的な見解を示す。

「大丈夫です。私が時間を稼ぎますわ!」

ポピッカは何を言ってるんだ? 遠目でも彼女の衰弱ぶりは分かる。今の彼女に何が出来ると言うのか。

「ポピッカ、意地張らねぇで、俺たちに任せとけって!」

ゲルドーシュが僧侶に向かって言い放つ。

「ゲル、あなたの筋肉脳は、さっき私が”取って置きの……”と言ったのをもう忘れてしまったんですの?」

「だって、ありゃぁ、お前の強がり……」

「スタン、今度は私を信じて!」

ゲルドーシュが言い終える間もなく、ポピッカが必死に懇願する。

ポピッカがこの期に及んで嘘をついたり、ハッタリをかますとは思えない。それに"私を信じて”という言葉……。そうか、ボクはまたリーダー失格の判断を下そうとしていたらしい。

ゲルドーシュの事ならば、ボクは奴の実力を十分に知っている。しかしポピッカに関してボクは何を知っているというのだろうか? ともにダンジョンでの苦しい戦いを経てきたとはいえ、それが彼女の全てではあるまい。

それなのにボクは、あたかも彼女の全てを把握していると思い込んでいたのだ。ボクが考える範疇の力しか、彼女が持ち合わせていないと。

「わかった、ポピッカの思うようにしてくれ!」

ボクは素早く方針を転換する。

「信じてくれて有難うございます。では……」

傷つきながらもその瞳に笑みを浮かべた僧侶は、首から下げているロザリオの鎖を引きちぎり、それを天高くかざした。

「……神剣王、スウォードルの血において、今ここに聖剣霊獣ロゼリットスを召喚す。汝、古の誓約の元、速やかに我の前に姿を現せ!」

僧侶の手に握られたロザリオからまばゆい光が放たれて、それは何かの形を取ろうと揺れ動いている。

スウォードル……、ボクは記憶の片隅からその名前を引っ張り出す。まだ世界が神と悪魔の戦いに巻き込まれ混沌としていた神話の時代。四大精霊から剣の腕前を認められ、その代行者の任を命じられた剣聖スウォードル。

彼は剣の力で世界の半分を平定したと言われる伝説上の人物だ。その身は「神剣王」と称えられたという。確か彼を支えた”盾の女王”は妖精だったとか……。

そうか、ゲルドーシュはポピッカの話し方を"お姫様のようだ"と揶揄していたが、これはもしかして。

「なんだぁ、こりゃ!?」

ゲルドーシュが光の塊に仰天している間にも、その聖なる輝きは確かな形を形成し始めた。人型にも見えるその身は金色の光に包まれ、背丈は魔獣より少し高い。両手両足は剣の形をしており地面より少し浮かんで揺れている。

「わが聖なる従者よ。魔獣の動きを封じよ!」

ポピッカの鋭い声と共に、光り輝く人型の獣は魔獣の元へと疾風の如く迫り寄る。そして光の四肢を伸長し、魔獣の手足を貫き床へと釘付けにした。

激しいうめき声をあげた魔獣は、ちょうど四つん這いの格好をする形でその場に固定される。

よし、今の内だ。ボクは素早く魔奏スティックを手放して、腰に付けたマジックエッセンスのモバイラーへと手を伸ばす。

「ポピッカ、おめぇ、こんな魔法使って、大丈夫なのか!?」

目の前で繰り広げられる光景に唖然としながらも、ゲルドーシュが僧侶を気遣った。

「大丈夫、これは魔法で出しているわけじゃないから、体には全く影響ありませんわ!」

そう答えながらも、この機を逃すまいと自らもモバイラーからマジックエッセンスを補充するポピッカ。

「スタン、これは長くても2~3分しかも持ちませんわ。早くコンシダレーションの魔法を!」

意外と短い効果時間に多少の焦りを覚えたものの、なに、それだけあれば十分だとボクは思った。

モバイラーの中身を全て充填したわけではないが、これは濃縮したマジックエッセンスである。かの魔法を使うのに、十分な量を補給する事は出来た。今は時間との戦いである、これ以上の充填はかえってマイナスだ。

僅かばかり見え始めた希望の光を感じながら、ボクは魔法の呪文をつぶやいた。
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