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スタンの煩慮
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「旦那! 早くこっちに来て陣形を整えろ!
旦那の事だから、どうせ”自分のせいで、みんなを危険な目に合わせている”とかなんとか、勝手に自虐してるんだろう!?
でも、それは違うぞ。
俺は、ここまで来た事を後悔なんてしてないぜ!旦那を信じてついてきて良かったと思ってる!
だから俺は泣き言を言って死ぬのは嫌だ。抗って抗って、それでも駄目なら最後にテュラフィーの名前を呼んで死にてぇ!
しっかりしろ! スタン・リンソード!! 」
ゲルドーシュの咆哮は、ボクに目いっぱいの冷や水を浴びせかけた。
戦士がその職責を思う存分果たせる期間は短い。種族が人間であるゲルドーシュの場合、肉体の衰えを経験で補ったとしても、あと十五年といったところだろう。その後はどうなるのか、誇りをもって生きていけるのか、戦士はみな不安を抱えている。
だからこそ現役の内は、命を懸けて仕事に全力を傾ける。その覚悟がある。だからこそ人は戦士を尊敬し憧れるのだ。彼の何十倍もの時間を生きてきたボクにそれと同等の覚悟があるかと問われれば、情けないが自信を持って”ある”とは言えない。
ボクは人の何十倍も生きてきた。しかしだからといって、仙人になったわけではない。”只の”魔法使いが、偶然にも時間魔法を発見し、そのおかげで長生きをしているだけなのだ。本来なら凡人として一生を終えるはずだったボクが、ゲルドーシュやザレドスそしてポピッカのような才気あふれる者たちと肩を並べていられるのも、単に”人並みをはるかに超えた経験と知識”があるがゆえに過ぎない。
逆に言えば、ボクにはそれしかないのである。
どれだけ長生きをして経験や知識を得たとしても、凡人が英雄になれるわけではない。しかし長い人生を過ごす内に、その自覚はドンドン心の奥底へと身を潜めてしまう。
ボクが、彼らの仲間としての資格を得るためにやらなければならない事、それは時間魔法というイレギュラーな方法で手に入れた経験と知識、それらを総動員して精一杯苦難に立ち向かう事しかない。ボクは、そんな当たり前の事を今の今まで忘れていた。いや、ズルをしているという負い目を誤魔化すために忘れたフリをしてきたのだ。
ボクは腹をくくった。
「迷惑をかけた。でも、もう大丈夫。
多分、これが最後の戦いになるだろう。
今さら気休めを言う気はないからハッキリ言うけれど、死を覚悟しなければならない戦いだ。
悔いのないように、全力を尽くそう」
ボクは一人一人の顔を見渡す。意外な事に、皆ほほ笑んでいた。
だがそれは決して死の恐怖を誤魔化すための笑みではない。明鏡止水の境地に達し、静かに覚悟を決めた者だけが出来るほほ笑みである。
「フォラシムの教えに、こんなのがありますわ。
”死の恐怖を跳ね返す盾は、全力で生きた者にだけ与えられる”って」
「へぇ、フォラシムの神さん、いいこというじゃねぇか」
ゲルドーシュが、感心したように言う。
「当たり前ですわ。私の、そしてあなたのテュラフィーさんが信じる神様ですもの」
ポピッカの、これはある意味神父としての説教といって良いのだろうか。とにもかくにも、この一節は皆を勇気づけたに違いない。
前衛についたボクは、十数メートル先で赤黒い妖気を発し続けている召喚魔方陣に目をやった。
「あと十数秒で魔獣が現れるはずです。良い知らせと言えるかどうかわかりませんが、この反応の具合だと、C級の魔獣だと思われます」
なるほど。魔獣の強さとしては、下から二番目か。ただ、それは気休めにしかならないだろう。一人対百人の戦いが、一人対三十人になった程度の話である。それでも僅かに希望の火が灯った事に違いはない。
「魔獣の種類がハッキリしたら、ザレドスは解析に全力を尽くしてくれ。ボクとゲルが出来るだけ時間を稼ぐ。ポピッカは可能な限りザレドスの護衛を……。ボクとゲルで抑えきれないようだったら、援護に入ってくれ」
「C級程度の魔獣なんざ、俺と旦那で十分さ。っていうか、ポピッカ、おめぇ戦闘攻撃なんて出来んのかよ?」
「ふん、まぁ、見ていてくださいな。奥の手は最後まで取っておくものですわ」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ!」
ゲルドーシュとポピッカが、最後の掛け合いを楽しむ。
「来ます! ……出て来るのはC級魔獣、ガノザイラです!!」
ガノザイラ。一度だけ博物館で標本を見た事がある。身の丈5メートル、上半身は筋骨隆々の亜人であり、下半身は逞しい脚部が逆関節になっている。その為、体躯に比べて身長は低い。両側の側頭部からは上に伸びる長い角が天を突いており、また顔に目鼻はなく、縦長の口が醜い牙をむいている異形の怪物だ。
また厄介な事に、奴の両肩には先が銛状になった細い触手が十本程度ずつ生えている。話によれば、この触手はボヨムルのように毒こそないが、かなりの貫通力を持っているという。
「ふっ、相手にとって不足はねぇ。俺の全てをぶつけるのに相応しい怪物だ」
ゲルドーシュが武者震いをしているのがわかる。
ほぼ召喚作業が終った魔獣は、目のない顔で、こちらをねめつけた。
「戦いが長引けば、ボクたちに勝ち目はない。何としても、短期決戦で仕留める!
いくぞ!!」
ボクの号令とともに、皆も時の声をあげる。
賽は投げられた。あとは生き残るため、全身全霊の戦いを繰り広げるのみ!
旦那の事だから、どうせ”自分のせいで、みんなを危険な目に合わせている”とかなんとか、勝手に自虐してるんだろう!?
でも、それは違うぞ。
俺は、ここまで来た事を後悔なんてしてないぜ!旦那を信じてついてきて良かったと思ってる!
だから俺は泣き言を言って死ぬのは嫌だ。抗って抗って、それでも駄目なら最後にテュラフィーの名前を呼んで死にてぇ!
しっかりしろ! スタン・リンソード!! 」
ゲルドーシュの咆哮は、ボクに目いっぱいの冷や水を浴びせかけた。
戦士がその職責を思う存分果たせる期間は短い。種族が人間であるゲルドーシュの場合、肉体の衰えを経験で補ったとしても、あと十五年といったところだろう。その後はどうなるのか、誇りをもって生きていけるのか、戦士はみな不安を抱えている。
だからこそ現役の内は、命を懸けて仕事に全力を傾ける。その覚悟がある。だからこそ人は戦士を尊敬し憧れるのだ。彼の何十倍もの時間を生きてきたボクにそれと同等の覚悟があるかと問われれば、情けないが自信を持って”ある”とは言えない。
ボクは人の何十倍も生きてきた。しかしだからといって、仙人になったわけではない。”只の”魔法使いが、偶然にも時間魔法を発見し、そのおかげで長生きをしているだけなのだ。本来なら凡人として一生を終えるはずだったボクが、ゲルドーシュやザレドスそしてポピッカのような才気あふれる者たちと肩を並べていられるのも、単に”人並みをはるかに超えた経験と知識”があるがゆえに過ぎない。
逆に言えば、ボクにはそれしかないのである。
どれだけ長生きをして経験や知識を得たとしても、凡人が英雄になれるわけではない。しかし長い人生を過ごす内に、その自覚はドンドン心の奥底へと身を潜めてしまう。
ボクが、彼らの仲間としての資格を得るためにやらなければならない事、それは時間魔法というイレギュラーな方法で手に入れた経験と知識、それらを総動員して精一杯苦難に立ち向かう事しかない。ボクは、そんな当たり前の事を今の今まで忘れていた。いや、ズルをしているという負い目を誤魔化すために忘れたフリをしてきたのだ。
ボクは腹をくくった。
「迷惑をかけた。でも、もう大丈夫。
多分、これが最後の戦いになるだろう。
今さら気休めを言う気はないからハッキリ言うけれど、死を覚悟しなければならない戦いだ。
悔いのないように、全力を尽くそう」
ボクは一人一人の顔を見渡す。意外な事に、皆ほほ笑んでいた。
だがそれは決して死の恐怖を誤魔化すための笑みではない。明鏡止水の境地に達し、静かに覚悟を決めた者だけが出来るほほ笑みである。
「フォラシムの教えに、こんなのがありますわ。
”死の恐怖を跳ね返す盾は、全力で生きた者にだけ与えられる”って」
「へぇ、フォラシムの神さん、いいこというじゃねぇか」
ゲルドーシュが、感心したように言う。
「当たり前ですわ。私の、そしてあなたのテュラフィーさんが信じる神様ですもの」
ポピッカの、これはある意味神父としての説教といって良いのだろうか。とにもかくにも、この一節は皆を勇気づけたに違いない。
前衛についたボクは、十数メートル先で赤黒い妖気を発し続けている召喚魔方陣に目をやった。
「あと十数秒で魔獣が現れるはずです。良い知らせと言えるかどうかわかりませんが、この反応の具合だと、C級の魔獣だと思われます」
なるほど。魔獣の強さとしては、下から二番目か。ただ、それは気休めにしかならないだろう。一人対百人の戦いが、一人対三十人になった程度の話である。それでも僅かに希望の火が灯った事に違いはない。
「魔獣の種類がハッキリしたら、ザレドスは解析に全力を尽くしてくれ。ボクとゲルが出来るだけ時間を稼ぐ。ポピッカは可能な限りザレドスの護衛を……。ボクとゲルで抑えきれないようだったら、援護に入ってくれ」
「C級程度の魔獣なんざ、俺と旦那で十分さ。っていうか、ポピッカ、おめぇ戦闘攻撃なんて出来んのかよ?」
「ふん、まぁ、見ていてくださいな。奥の手は最後まで取っておくものですわ」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ!」
ゲルドーシュとポピッカが、最後の掛け合いを楽しむ。
「来ます! ……出て来るのはC級魔獣、ガノザイラです!!」
ガノザイラ。一度だけ博物館で標本を見た事がある。身の丈5メートル、上半身は筋骨隆々の亜人であり、下半身は逞しい脚部が逆関節になっている。その為、体躯に比べて身長は低い。両側の側頭部からは上に伸びる長い角が天を突いており、また顔に目鼻はなく、縦長の口が醜い牙をむいている異形の怪物だ。
また厄介な事に、奴の両肩には先が銛状になった細い触手が十本程度ずつ生えている。話によれば、この触手はボヨムルのように毒こそないが、かなりの貫通力を持っているという。
「ふっ、相手にとって不足はねぇ。俺の全てをぶつけるのに相応しい怪物だ」
ゲルドーシュが武者震いをしているのがわかる。
ほぼ召喚作業が終った魔獣は、目のない顔で、こちらをねめつけた。
「戦いが長引けば、ボクたちに勝ち目はない。何としても、短期決戦で仕留める!
いくぞ!!」
ボクの号令とともに、皆も時の声をあげる。
賽は投げられた。あとは生き残るため、全身全霊の戦いを繰り広げるのみ!
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