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魔獣
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「そりゃ、こっちのセリフだぜ。やいやい、今までとんだ目に遭わせてくれたよな。とっ捕まえて役人に突きだしてやる。覚悟しろ!」
これまでの事を思い出し、フツフツと怒りが込み上げてきたのだろう。ゲルドーシュは今にも奴に飛びかかる勢いだ。
「ふっ、出来るものならやってみるがいい。お前らはもうお終いだ。こうなったのもお前らが悪いんだからな。恨むなら俺ではなく自分たちを恨め!! あばよ!」
そう言うや否や、妨害者は体の向きを変える事無く、スッ―っと滑るように一本道の通路の奥へと消えていく。
「待ちやがれ!」
ゲルドーシュが追いかけようとした時、広間から抜ける一本道の入り口付近に結界が張られる様な音がした。
皆、突然の事に呆気にとられる。
「向こうへ抜ける一本道の入り口に結界が張られたようです。ここからでは詳しく分析できませんが、特別なものではなく、通行を妨害するだけの物理フィールドのようですね」
ザレドスが即座に分析結果を知らせる。
「……おかしいな。あれだけの捨て台詞を残したのにもかかわらず、単にボクたちを一時的に閉じ込めただけなんて」
ボクは首をひねった。
「要するに”口だけ野郎”って事なんじゃねぇのか? 」
「まぁ、逃げる時間を稼ぐくらいにはなるでしょうが……。彼が今まで私たちにしてきた事を考えると、ただ逃げるだけというのは納得しがたいですわね」
ゲルドーシュの軽率な発言に、ポピッカが釘を刺す。
「ん~、それもそうか……。でもよ、一つわからねぇんだが、あいつは俺たちがこの部屋の秘密を暴くのを、ただじっと見ていたわけだよな。途中で邪魔する事は幾らでも出来たんじゃないのか?」
戦士が不思議そうに腕を組む。
「それは多分、見極めていたんだと思う。ボクたちにこの部屋の秘密を暴くだけの力量があるかどうかをね。途中で邪魔をして作業を一時的に中断させたとしても、結局は今までみたいな小競り合いの繰り返しになるだけだと考えたんじゃないかな」
「そうかも知れませんね。ですが、やはり奴の吐き捨てた台詞が気になります。あれだと、次に仕掛けるのが最後のような感じだったですよね」
ザレドスの言う通り、ボクもそこが少し気になっている。
「とりあえず、奴が張った結界を解きましょう。レベルは高いようですが、なに、二十分もあれば無力化できますよ」
ザレドスはそう言うと、一本道の方へと歩き始めた。その時である。突然、結界の一部が消失し、何かが投げ入れられた。それが床に落ちると同時に結界は素早く元に戻る。
投げ入れられた物は、直径20センチくらいの円盤状の形をしていて、明らかに召喚魔使具と分かるものであった。しかも既に召喚工程が一部始まっている。
「こ、これは……! 皆さん、気を付けて! 下がって!!」
投げ入れられた異物を測定していたザレドスの顔色が、みるみる変わっていく。
「何ですの? どうしましたの?」
普段は冷静沈着なザレドスの豹変ぶりに、ポピッカが狼狽する。
「出来るだけあの召喚魔使具から離れてください。これは非常に強力なモンスターが封じられている魔使具です。下手をすれば”魔獣”レベルの!」
細工師の声は、自分でも信じられぬと言わんばかりに震えていた。
「ま、魔獣だって!?」
ボクは思わず、ザレドスの言葉をくり返す。
単に魔法を使える獣が「魔物」だが、魔獣はそれとは別次元の存在だ。普通は、人里離れた奥地のそのまた奥に稀に存在するような化け物である。魔獣のレベルにもよるが、王立軍の一個小隊でかかっても、全滅の憂き目にあう覚悟がなくては手を出してはいけない代物だ。
「そんな、バカな! そもそも魔獣を封じた召喚魔使具なんて有り得ませんわ」
「いや、ポピッカ、現実を見ろ。ザレドスが、そう言うんだ。あれが魔獣レベルの召喚魔使具だって事は間違いねぇだろうよ」
禍々しい妖気を漂わせながら発動し続ける円盤を睨みつけるゲルドーシュの声が響く。奴はザレドスの実力と自らの戦士の勘を総合し、これから現れる敵が魔獣であると確信したのだろう。
その事実は、いまや否定しようのないもののようだ。
「奴はボクたちを見極めたんだ。”殺さなければならない相手”だと!」
ボクの言葉に、そこにいる誰もが、最大限の緊張とそれに続く絶望を予感した。
ザレドスは出入り口の結界を無力化するのに二十分かかると言った。しかし彼を除く三人で、魔獣相手にそれだけの時間を稼げるわけがない。つまり広間はボクたちパーティーと魔獣との脱出不可能なデスマッチ闘技場と化したのだ。しかも明らかにボクたちにとって勝機の薄い戦いである。
「ザレドス、今から召喚を停止できないんですの?」
「無理です! 奴はそれを見越して召喚を停止できない段階まで進めてから、召喚魔使具を広間へ投げ込んだんです」
ポピッカの一縷の望みを打ち砕くかのように、ザレドスが絶望的な答えを返す。
「くそっ、奴はボクたちを皆殺しにした後、得意の隠ぺい術を使って、何事もなかったように工作するんだろうな。パーティーのメンバーが閉じ込められた不安から争いになって、互いの命を奪ったように見せかけて……」
ボクは激しく動揺した。
探索を続行したのは、やはり間違いだったのだ。大人しく救助を待つべきだった。もちろん、精神的な不安にさいなまれる危険性はあるものの、今、遭遇している危機に比べたらほんの小さな最悪に過ぎない。
ボクはリーダーとして、皆を危険にさらしてしまった。それも命がなくなる事が濃厚な危険に……! 最深部の謎を解き、妨害者をあぶりだしたという高揚感は既に消え失せ、ボクの心身は、迫りくる”死”という名の冷気にさらされている。
ボクのミスだ。それまでの敵をさしたる被害もなく退け、最深部の謎を解き、しかも妨害者を引きずり出した。いつしかそういった成果に慢心し、油断をしていたんだ。今さらながら、悔やんでも悔やみきれない間違いだ。ボクの精神は暗黒のカオスによって、急激にさいなまれ始める。
その時、ゲルドーシュの叫び声がボクの耳をつんざいた。
これまでの事を思い出し、フツフツと怒りが込み上げてきたのだろう。ゲルドーシュは今にも奴に飛びかかる勢いだ。
「ふっ、出来るものならやってみるがいい。お前らはもうお終いだ。こうなったのもお前らが悪いんだからな。恨むなら俺ではなく自分たちを恨め!! あばよ!」
そう言うや否や、妨害者は体の向きを変える事無く、スッ―っと滑るように一本道の通路の奥へと消えていく。
「待ちやがれ!」
ゲルドーシュが追いかけようとした時、広間から抜ける一本道の入り口付近に結界が張られる様な音がした。
皆、突然の事に呆気にとられる。
「向こうへ抜ける一本道の入り口に結界が張られたようです。ここからでは詳しく分析できませんが、特別なものではなく、通行を妨害するだけの物理フィールドのようですね」
ザレドスが即座に分析結果を知らせる。
「……おかしいな。あれだけの捨て台詞を残したのにもかかわらず、単にボクたちを一時的に閉じ込めただけなんて」
ボクは首をひねった。
「要するに”口だけ野郎”って事なんじゃねぇのか? 」
「まぁ、逃げる時間を稼ぐくらいにはなるでしょうが……。彼が今まで私たちにしてきた事を考えると、ただ逃げるだけというのは納得しがたいですわね」
ゲルドーシュの軽率な発言に、ポピッカが釘を刺す。
「ん~、それもそうか……。でもよ、一つわからねぇんだが、あいつは俺たちがこの部屋の秘密を暴くのを、ただじっと見ていたわけだよな。途中で邪魔する事は幾らでも出来たんじゃないのか?」
戦士が不思議そうに腕を組む。
「それは多分、見極めていたんだと思う。ボクたちにこの部屋の秘密を暴くだけの力量があるかどうかをね。途中で邪魔をして作業を一時的に中断させたとしても、結局は今までみたいな小競り合いの繰り返しになるだけだと考えたんじゃないかな」
「そうかも知れませんね。ですが、やはり奴の吐き捨てた台詞が気になります。あれだと、次に仕掛けるのが最後のような感じだったですよね」
ザレドスの言う通り、ボクもそこが少し気になっている。
「とりあえず、奴が張った結界を解きましょう。レベルは高いようですが、なに、二十分もあれば無力化できますよ」
ザレドスはそう言うと、一本道の方へと歩き始めた。その時である。突然、結界の一部が消失し、何かが投げ入れられた。それが床に落ちると同時に結界は素早く元に戻る。
投げ入れられた物は、直径20センチくらいの円盤状の形をしていて、明らかに召喚魔使具と分かるものであった。しかも既に召喚工程が一部始まっている。
「こ、これは……! 皆さん、気を付けて! 下がって!!」
投げ入れられた異物を測定していたザレドスの顔色が、みるみる変わっていく。
「何ですの? どうしましたの?」
普段は冷静沈着なザレドスの豹変ぶりに、ポピッカが狼狽する。
「出来るだけあの召喚魔使具から離れてください。これは非常に強力なモンスターが封じられている魔使具です。下手をすれば”魔獣”レベルの!」
細工師の声は、自分でも信じられぬと言わんばかりに震えていた。
「ま、魔獣だって!?」
ボクは思わず、ザレドスの言葉をくり返す。
単に魔法を使える獣が「魔物」だが、魔獣はそれとは別次元の存在だ。普通は、人里離れた奥地のそのまた奥に稀に存在するような化け物である。魔獣のレベルにもよるが、王立軍の一個小隊でかかっても、全滅の憂き目にあう覚悟がなくては手を出してはいけない代物だ。
「そんな、バカな! そもそも魔獣を封じた召喚魔使具なんて有り得ませんわ」
「いや、ポピッカ、現実を見ろ。ザレドスが、そう言うんだ。あれが魔獣レベルの召喚魔使具だって事は間違いねぇだろうよ」
禍々しい妖気を漂わせながら発動し続ける円盤を睨みつけるゲルドーシュの声が響く。奴はザレドスの実力と自らの戦士の勘を総合し、これから現れる敵が魔獣であると確信したのだろう。
その事実は、いまや否定しようのないもののようだ。
「奴はボクたちを見極めたんだ。”殺さなければならない相手”だと!」
ボクの言葉に、そこにいる誰もが、最大限の緊張とそれに続く絶望を予感した。
ザレドスは出入り口の結界を無力化するのに二十分かかると言った。しかし彼を除く三人で、魔獣相手にそれだけの時間を稼げるわけがない。つまり広間はボクたちパーティーと魔獣との脱出不可能なデスマッチ闘技場と化したのだ。しかも明らかにボクたちにとって勝機の薄い戦いである。
「ザレドス、今から召喚を停止できないんですの?」
「無理です! 奴はそれを見越して召喚を停止できない段階まで進めてから、召喚魔使具を広間へ投げ込んだんです」
ポピッカの一縷の望みを打ち砕くかのように、ザレドスが絶望的な答えを返す。
「くそっ、奴はボクたちを皆殺しにした後、得意の隠ぺい術を使って、何事もなかったように工作するんだろうな。パーティーのメンバーが閉じ込められた不安から争いになって、互いの命を奪ったように見せかけて……」
ボクは激しく動揺した。
探索を続行したのは、やはり間違いだったのだ。大人しく救助を待つべきだった。もちろん、精神的な不安にさいなまれる危険性はあるものの、今、遭遇している危機に比べたらほんの小さな最悪に過ぎない。
ボクはリーダーとして、皆を危険にさらしてしまった。それも命がなくなる事が濃厚な危険に……! 最深部の謎を解き、妨害者をあぶりだしたという高揚感は既に消え失せ、ボクの心身は、迫りくる”死”という名の冷気にさらされている。
ボクのミスだ。それまでの敵をさしたる被害もなく退け、最深部の謎を解き、しかも妨害者を引きずり出した。いつしかそういった成果に慢心し、油断をしていたんだ。今さらながら、悔やんでも悔やみきれない間違いだ。ボクの精神は暗黒のカオスによって、急激にさいなまれ始める。
その時、ゲルドーシュの叫び声がボクの耳をつんざいた。
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