よろず魔法使いの日記帳 【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

文字の大きさ
上 下
67 / 115

車座

しおりを挟む
同じ場所で天井と床を激しくバウンドし続ける者。敵であるボクたちを全く無視した方向へジグザグで飛んでいく者。バウンサーズ同士、執拗にぶつかり合う者……。

カオスの魔法にかかった彼らの心中は、おぞましいほどの不安と恐怖が交錯しているのだろう。特にこの魔法はバウンサーのような知性の低い、それでいて集団行動を得意とする類の連中には絶大な効果を発揮する。

ただ、当然ながら高等な生き物にも影響はあるので、ポピッカ達には予め対魔法用の障壁を準備させた。また広間の角であれば敵に後ろを取られる事はないので、偶然に連中が飛んできた場合でも、ゲルドーシュが剣だけを障壁の外へ突き出して難を逃れる事は容易であろう。

ボクは狂ったモンスターのサーカスを暫く見学した後、カオスの魔法を解いた。彼らの周辺にまとわりついていた暗黒の光の帯が徐々に消え始める。

辺りを見回すと、先ほどの勢いはどこへやら、全てのバウンサーは動きを止めるか、非常に緩慢な動作に終始していた。

「ゲル、連中にトドメを」

「おう!」

ゲルドーシュが魔法障壁から飛び出し、既にふやけたゴムボールと成り下がったバウンサーズを一匹ずつ仕留めていく。

「ふう……、上手く行った」

そう思ったの途端、膝が緩みボクは図らずも床に片膝をついた。

「大丈夫ですか、スタン!」

魔法障壁を解除したポピッカとザレドスが駆け寄って来る。

「あぁ、大丈夫。ちょっと気が抜けただけだよ」

ボクは心配はいらないと手を振ったが、二人はまだ不安そうな顔をしている。

「いやぁ、驚きました。カオスの魔法って普通は単独の敵に対して使うものですよね。相手が下等なモンスターとはいえ、あれだけの数に対して同時に仕掛けられるなんて……」

ザレドスが驚きと関心を示してボクを称える。

「だから言ったろ? 旦那を信じろって」

バウンサーズの後始末を終え、ゲルドーシュがボクたちの方へ戻って来る。

「でも、スタン。今回もわからない事がテンコ盛りですわ。一体……」

「ポピッカ、もう少しスタンに休んでもらいましょうよ」

ポピッカが洪水のように疑問を投げかけようとするも、ザレドスが年長者らしい気遣いを見せた。

「あ、あぁ、スイマセン。つい……」

「いや、いいんだ。ボクの方も、みんなに伝えたい事が沢山あるしね。……ザレドス、改めて周囲をスキャンしてくれないか、新たな脅威が存在するかどうか」

ポピッカのしおらしい謝罪に満足しつつ、ボクはこの戦いで得た決定的とも思れる情報を仲間に知らせる準備をする。

「大丈夫のようです。一本道の通路の向こう側も含めて、これといった反応はありませんね」

「そう、じゃあどこから話そうかな……。あぁ、みんなとにかく座ろうよ。少し長い話になるかも知れない」

皆、戦いの緊張が続いたせいで、疲労している事も忘れているようだ。心を落ち着かせる意味もあって、ボクは他のメンバーを床に座らせ車座になる。

「まず、ボクがザレドスの提案した”一本道の向こう側でバウンサーズを迎え撃つ”を聞き入れなかった理由だけど……」

「いや、面目ない。通路にトキシンワームが潜んでいるなどとは、夢にも思わなくて……」

「そりゃあ、違うよ、ザレドス。いつもだったら、ザレドスは確実に毒虫の潜んでいる隠ぺい魔法を探知していたと思う。でもバウンサーズの攻撃があったんで、とてもその余裕はなかったって事さ」

ボクは、後悔しきりの細工師の面目を施すのに腐心する。

「今までザレドスは、妨害者の罠を幾つも見破って来た。奴からすれば、口惜しい限りだったろうね。だから普通に罠を仕掛けてもダメだと悟ったんだろう」

「……だから、ザレドスがまともに探査できない状況を作ったというわけですわね?」

「その通り。あれだけの数のバウンサーズが飛び交う中で、まともに探索できる者なんていやしないよ。特にバウンサーズは非常に賑やかな攻撃をするから、平常心を失わせるにはもってこいの”囮”だったのさ」

ボクは成り行きを説明する。

「今までの出来事から分かるように、妨害者は人の心理を巧みについてくる。そう考えた時に、脱出路に罠が仕掛けられている可能性に気づいたんだ」

「なるほど、さすが旦那」

ゲルドーシュの称賛と共に、最初の謎解きが終る。

「さぁて、ここからが本題だ。今回、妨害者は罠を仕掛けるためにバウンサーズを差し向けたわけだけど、それについて疑問はないかい?」

ボクは車座になったメンバーを見回す。

「そうですね。確かに変ですね。妨害者はダンジョン自体は壊したくない様子でした。それなのに構造が脆弱だと分かっているこの広間で、あちこちに衝撃を与えるのが前提のモンスターをよこしました。

これだと私たちを仕留めるのに成功したとしても、バウンサーズがきっかけで、ダンジョンそのものの崩壊が起きたかも知れません」

「なるほど……、矛盾しますわね。実際、天井から石の欠片のような粉が、かなり降って来たと記憶していますわ」

ザレドスとポピッカは、ボクと同じ疑問に行きついたようである。

「う~ん。俺にはさっぱり意味が分からん。妨害者はダンジョンを壊したいのか壊したくないのか、どっちなんだ?」

続いてゲルドーシュも、同じ疑問に辿りつく。

「ボクは奴がダンジョンを潰しても構わないと思っているとは考えていない。崩落させる階層を選ぶといった配慮をしているわけだしね」

「じゃぁ、どういう事なんだよ旦那」

ボクは僅かな間をおいて核心に触れる。

「妨害者は、わかっていたんだよ。バウンサーズが暴れまくっても、広間や最下層が”崩壊しない”って」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2025.2月下旬コミックス2巻出荷予定 2024.7月下旬5巻刊行 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

月で逢おうよ

chatetlune
BL
幸也×勝浩。高校時代、自分をからかってばかりの遊び人だった1学年上の長谷川幸也への思いを消化しきれないまま大学に進学した勝浩は、先輩の検見崎に強引に連れられて行ったコンパで、当の幸也と思いがけなく再会する。何の前触れもなく現れた幸也の前で、勝浩の中の幸也への思いが一気に溢れ、対処できないうちに、幸也はまるで高校時代の続きのようにぐいぐい近づいてくる。

そうして、誰かの一冊に。

浅野新
ライト文芸
「想像だけどこの本は国を移動してるんじゃないかと思う」 一冊の本を手にかつて弾んだ声で友人が言った。 英会話サークルが縁で出会い、親しくなった「僕」と年上の「友人」。 ある日友人は一冊の変わったらくがきのある本を僕に貸し出す。 大人になってからできた親しい友人とこのまま友情が続いていくと思っていたが__。 三月の雪深い北海道を時に背景に絡めながら大人の友情と別れを静かに書き出す。 一部実話を元に書いた、静かな喪失と再生の物語。

婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?

恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢 この婚約破棄はどうなる? ザッ思いつき作品 恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
フィア・リウゼンシュタインは、奔放な噂の多い麗しき女騎士団長だ。真実を煙に巻きながら、その振る舞いで噂をはねのけてきていた。「王都の人間とは絶対に深い仲にならない」と公言していたにもかかわらず……。出立前夜に、片思い相手の第一師団長であり総督の息子、ゼクス・シュレーベンと一夜を共にしてしまう。 宰相娘と婚約関係にあるゼクスとの、たしかな記憶のない一夜に不安を覚えつつも、自国で反乱が起きたとの報告を受け、フィアは帰国を余儀なくされた。リュオクス国と敵対関係にある自国では、テオドールとの束縛婚が始まる。 フィアを溺愛し閉じこめるテオドールは、フィアとの子を求め、ひたすらに愛を注ぐが……。 フィアは抑制剤や抑制魔法により、懐妊を断固拒否! その後、フィアの懐妊が分かるが、テオドールの子ではないのは明らかで……。フィアは子ども逃がすための作戦を開始する。 作戦には大きな見落としがあり、フィアは子どもを護るためにテオドールと取り引きをする。 テオドールが求めたのは、フィアが国を出てから今までの記憶だった――――。 フィアは記憶も王位継承権も奪われてしまうが、ワケアリの子どもは着実に成長していき……。半ば強制的に、「父親」達は育児開始となる。 記憶も継承権も失ったフィアは母国を奪取出来るのか? そして、初恋は実る気配はあるのか? すれ違うゼクスとの思いと、不器用すぎるテオドールとの夫婦関係、そして、怪物たちとの奇妙な親子関係。 母国奪還を目指すフィアの三角育児恋愛関係×あべこべ怪物育児ストーリー♡ ~友愛女王爆誕編~ 第一部:母国帰還編 第二部:王都探索編 第三部:地下国冒険編 第四部:王位奪還編 第四部で友愛女王爆誕編は完結です。

処理中です...