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ザレドスが球体を乗せた手のひらを前方へ突き出すようにすると、三つの球体はフワフワと前方のエリアへと浮遊し近づいた。

あぁ、もしかして……。そう思った瞬間、両壁から凄まじい炎が噴き出し彼の球体を焼き尽くす。炎自体はボクたちのいる場所まで届かないものの、紅蓮の炎から発せられる熱波がボクたちの頬を赤く染めた。

「なんだ!? は!?」

ゲルドーシュが目をまわす。

「見ての通り、フレイム系のトラップですよ。罠自体は珍しくありませんが、巧妙に隠蔽されていました。ポピッカが持ち帰ってくれた、残存魔力が残っている瓦礫の一部を解析していなければ、気づけなかったかも知れません」

ふう~っ、危なかった。背中に冷たい汗が滲むのを感じる。さすがにあの炎だけで全滅する事はないだろうが、もろに食らっていたら、浅からぬ傷を負っていたのは間違いないだろう。

妨害者もついに本領を発揮してきたというところか。しかしここまで来たからには、やすやすと引き下がるわけには行かない。それこそ精神的な不安定さを助長する事になりかねないからだ。

「結構、危なかったなぁ。ありがとうよ、ザレドス」

襲いかかって来る敵に対しては勇猛果敢に立ち向かう戦士であったが、この手の罠には対抗のしようがない。ゲルドーシュも細工師の有難みを前にも増して感じているようだ。

「早速という感じですわね」

「今までにもまして、気を引き締めていこう」

ボクは皆に注意を促す……というよりも、これはボク自身に対する戒めだ。今、ボクの心の中では言いようのない不審が渦巻いている。最深部の謎、妨害者の意図、そして更にはその外部に感じとれる思惑。どれか一つでも踏み間違えれば、自分自身はもちろんの事、仲間までもが命の危険に晒されるのではないかという不安。

ただ、それを皆に気取られてはいけない。彼らはボクを信じて命を預けてくれたのだ。その僕が不安を感じていると知れば、それは即座に皆へと伝染する。

暫く行くと、またもやザレドスの探索用魔使具に反応があった。細工師は先ほどと同じようにボクらの身代わりとなる球体を送り出す。

「おや、変ですね」

ザレドスの顔が曇る。

それもそのはず、球体は浮遊したまま罠が仕掛けれらているだろう場所に到達するも、何一つ周りに変化は起こらない。

「魔使具の故障じゃないのか? 大丈夫かよ」

ゲルドーシュが怪訝そうな顔をする。先ほどまで細工師に感謝していた戦士であるが、その事はすっかり忘れてしまっているようだ。ゲルドーシュの懐疑的な言葉を尻目に、ザレドスは球体と魔使具の間のやり取りを続ける。

「あぁ、もしや」

独り言のようなつぶやきを発した後、細工師は球体を呼び戻しバッグへと収めた。そして今度は逆四角錐の道具を一つ出してくる。大きさは先ほどの球体よりも、やや大きい。

「これは高価なので、あまり使いたくはないんですがね。まぁ、ここまで来たら仕方ない」

何か言い訳をするようにも聞こえるボヤキのあと、彼は新たな魔使具を問題の場所へと放った。

「へぇ、今度は何だい?」

「まぁ、見ていてくださいな」

ゲルドーシュの問いかけに、自信ありげな返答をするザレドス。

逆四角錐の魔使具がフワフワと目的の場所へ届いた頃、ザレドスが手元にあったスイッチらしきものを押すと、その魔使具は淡い光を放ち始めた。途端に魔使具が浮かんでいるあたりの天井より、凄まじい電流が杭のように何本もほとばしる。ザレドスの魔使具は真っ黒こげとなった。

「何だい! どういうこった!?」

ゲルドーシュが目をパチクリとさせる。

「罠もどんどん巧妙になっていくみたいですね。

前の罠は単純に所定の場所を物体が通過すると発動するタイプでしたが、今度の罠は生体反応がある物体が通過して初めて発動するタイプのようです。

新たに送り出した逆四角錐の魔使具ですがね、あれは疑似的な生体反応を発する事が出来るんですよ」

ザレドスの説明を聞いたボクは、驚きを隠すのに腐心した。

彼が言った”巧妙”の意味は二つある。

一つは単純に、罠の発見が困難になった事だ。罠の危険が分かっている場合、ザレドスが最初に使ったような魔使具が無くても、極端な話、石ころでも投げて逐一確認する事は十分可能である。

しかし生体反応を感知して発動するタイプでは、そういうわけにはいかない。たまたまザレドスが対応できる魔使具を持っていたから良いものの、普通だったらまず気が付かないであろう。

二つ目は最初の罠に、敢えて簡単な発動方法を選んだ点である。普通に考えれば生体反応を感知するほうが難しいのだから、最初からそっちを使えば良さそうなものであろう。

しかし敵は敢えてそうはしなかった。

妨害者からすれば、最初の簡便な罠が成功すればそれで良し、見破られても次の罠にかかれば、先だっての成功体験があるだけに、ボクたちが受ける精神的ダメージは大きいと踏んだに違いない。

「妨害者の”先へは進むな”という意思表示が、どんどんハッキリと現れてきていますわね」

ポピッカの推察は、ボクの不安を掻き立てる。なるほど全くその通りだろう。妨害者の行動は、実に明確な段階を踏んでいる。ボクたちが大人しくしていれば、それ以上は危害を加えない。しかしあくまでも最深部を目指すのなら……、という警告が鮮明に見て取れる。

「しかしモンスターのレベルといい、罠の巧妙さといい、何か私たちを試しているようにも見えますね」

「そうですわね。となると、今度はもっと強力な邪魔が入る事になりますわ」

ザレドスが難しい顔をし、ポピッカがそれに呼応した。

「フン!生意気な。あっちがその気なら、こっちはことごとくぶっ飛ばすまでさ」

ボクの心配をよそに、ゲルドーシュが勇ましい気勢を上げる。

「まぁ、本当に気を付けて行こう」

彼らに心底を悟られぬよう、ボクは精一杯冷静に振る舞った。これからどんな危険が待っているのだろうか、最深部へ向かうというボクの判断は正しかったのだろうか。

しかし”お前の心配は杞憂である”とあざ笑うかのように、その後は再び何の不都合もなく探索は続いた。

でも、それは何を意味するのだろうか。

ボクたちを油断させておいて、いきなり今までとは段違いの脅威をぶつけてくるつもりなのか、単純にボクたちが妨害者の想定以上の能力を持っていたので、既に奴が”ネタ切れ”を起こしたのか……。

色々な可能性がボクの中で交錯する。

妨害者がこのまま諦めてくれれば……。そんな都合の良い考えがフト頭に浮かんだが、それはすぐに脆くも崩れ去った。
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