よろず魔法使いの日記帳 【第一部 ダンジョンの謎】

藻ノかたり

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ザレドスのしくじり

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気が高ぶっているのか、昨晩は余り良く眠れなかった。他の者はどうだろうか。身支度を整えた後、一同揃って朝食を取るが口数は少ない。これから行われる討議に備えて考えをまとめているのだろう。

食事の後片付けが済み、皆一服したところでボクが会議を招集する。

「さて、これからどうするか。みんな考えてくれましたか?」

ボクは一同をぐるりと見まわす。

「あ、ちょっと待って下さい!」

珍しくザレドスが、ボクの話を遮った。

「実は……実は本当に申し訳ないのですが、私は大変な事を皆さんにお知らせするのを忘れていました。本当に申し訳ありません」

これまでに見た事もないような、慌てたような悔やむような表情をみせるザレドス。

「何です、ザレドスさん。あなたがこんなに取り乱すなんて」

話し合いがまだ始まってもいないにもかかわらず、ボクの心臓は不安に震えた。

「実は州兵の隊長さんから色々と情報を仕入れている時に話に出たのですが、ダンジョンの最深部、問題の行き止まりの壁の近くには魔法電信の道具があるそうなんです。

その部分、謎のメインの部分なわけですが、当然の事ながら私たちに依頼をする前から幾日も調査が行われていました。その時に地上との連携を密にするため、設置されたらしいのです」

ザレドスが続ける。

「これは皆さんが考える今後の方針にも、少なからず影響を与えたであろう情報です。私自身、崩落の一件ですっかり失念していました。本当に申し訳ありません」

ザレドスが、何度も頭を下げる。

一見、最も冷静であるように見えた細工師だったが、心の中ではそれなり以上に動揺していたという事か。なるほどこれは確かに重要な情報であり、もしかしたら今後の行動の指針に大きく関わる内容かも知れない。

何故なら魔法電信は、特殊なフィールドでも存在しない限り物理的な障壁をものともしない。崩落状態がどうであれ、必ず地上へ連絡がつく。その情報を失念していたとなれば、ザレドスが気に病むのも無理はない。

でもボクは、彼を責める気にはなれなかった。リーダーとして、彼にこんな凡ミスをさせるほどの不安を与え続けてしまったのだから、これはボクの責任でもある。

「え~! だったら昨日、あのまま最深部まで行って、外へ連絡を取った方が良かったんじゃねぇのか!?」

意外な事実を知り、ゲルドーシュが詰め寄る。ザレドスを責めるつもりはないだろうが、少々無神経な一言であると思った。

「す、すいま……」

青くなったザレドスが謝罪しかけるのをボクが制止する。

「いや、これはある意味、不幸中の幸いだったかも知れない」

「は? どういうこったよ、旦那!」

ゲルドーシュが切り返す。

「あの時すぐに今の事実が知れていた場合、多分、急いで最深部へ向かっていたかも知れない。今のキミと同じさ。だけどそれは、よくよく考えれば、余り賢明とは言えない行動だと思うんだ」

ここで仲間同士、責めたり責められたりする事は絶対に避けねばならない。ただでさえ不安定な精神状態の時に、それを増幅させるような雰囲気を作ってしまえば、最悪の結果を招く事だって十分に考えられる。それは、”妨害者”の思うつぼかも知れないのだ。

「あの時ボクたちは皆、すごくショックを受けていたろ?そこで魔法電信の話を聞いたら、何も考えないで不用意に最深部へ直行していたんじゃないかな。

妨害者は、ボクたちが魔法電信の情報を持っている事も知っていた可能性があるから、それこそ道筋に罠を仕掛ける事だって出来る。こっちは精神的に相当不安定になっているわけだし、いつも通りの警戒をする事なんかまず出来ない。

その結果、いとも簡単に奴の思い通りになっていたかも知れないよ。そうなれば、ボクらはますます動揺する。正に相手の計算通りになってしまうだろう」

ゲルドーシュが食い入るように、こちらを見続ける。

「それに妨害者が魔法電信の事を知っているならば、あらかじめそれを壊している可能性が高い。こちらが地上と連絡を取る事が、妨害者の有利に働く事はないだろうからね。つまり敵の罠にハマってダメージを負った上に、肝心の魔法電信は使えないなんていう、目も当てられない事態になっていたかも知れないんだ」

ボクはリーダーとして、戦士の説得に努め続ける。

「そうですわね。まさしくその通りですわ。もしあの時、魔法電信の事を知っていたら、不本意ながら私もゲルドーシュの意見に賛同していたかも知れませんわ。とてもじゃありませんが、今、リンシードさんが仰った事を考える余裕なんてなかったですもの」

今まで黙っていたポピッカが、援護射撃をしてくれる。

「……そ、そうか。そうだよな。ザレドスさんよ、すまねぇ、責めるような事を言っちまった……」

すっかりしょげ返るゲルドーシュ。

「い、いえ、とんでもない。これは私の……」

「さ、では気分を新たにするために、お茶でも入れましょうか。ザレドスさん、手伝っていただけますか?」

今度はポピッカがザレドスを遮り、リフレッシュのための音頭を取る。

二人が安全地帯に設置されたキッチンに向かい、その場にはボクとゲルドーシュが残された。

「まぁ、余り気にするな。今までが順調すぎたんだ。これを結束するいい機会にすればいいよ」

ボクは、うなだれるゲルドーシュを静かに励ました。
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