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仮契約
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店に戻ると、接客の娘が早速に声をかけて来た。
「どうでした。お気に召していただけたでしょうか……!」
若い職人を信用してはいるものの、心配でたまらないといった面持ちだ。
「えぇ、大変気に入りました。出来れば
、今から仮契約をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「は? 今からですか!」
娘の素っ頓狂な声が店内に響く。
「えぇ、無理でしょうか。そのための
お金は持ってきているのですが……」
「と、とんでもない! 是非!是非お願いします!」
彼女が驚くのも無理はない。新しく魔使具屋と契約するという事は、それまで使っていた魔使具一式を全て買い替えるという事だ。魔使具は店によってそれぞれの作り方があり、それを別の店で調整するというのは難しい。ゆえに一度契約した店を変える事は、魔法使いにとってもリスクがある行為なのである。
一方、新たな顧客を得た魔使具屋は、それなり以上の商品をまとめて買ってもらえる事になるので、大きな臨時収入となる。よって魔法使い用の魔使具を扱う店は、顧客の取り合いになっているのが実情だ。
ただ魔法使い側にしても一度に大きな出費となるわけで、普通は即決をしない。最低でも一週間程度は考えてから、新たな契約をするのが通例である。それを即決したのだから、彼女の驚きも十分に理解ができる。
こんな浮かれている状態で、ちゃんと仮契約の手続きが出来るのかと心配もしたが、いざ契約書類作成の段になると、ヤリ手のベテラン店員のようにテキパキと仕事をこなしていった。
接客の妙といい、この娘はかなりの商才に恵まれているようだ。なるほど、だからこのような風が変わりな店も潰れずに踏み留まっていられるのだろう。
奥から再び出て来た頑固主人に向かって、
「お父さん、こちらのお客さん、仮契約してくれるって!
良かったぁ、これで今月分の問屋への支払いは問題なくなったわ。もう、どうしようかと思っていたもの」
商才に恵まれているとはいえ、まだ二十歳そこそこの娘らしいあどけなさである。ボクは笑いをこらえるのに必死だった。
「なぁ、あんた。そんなに急いで決めてしまって良いのかの。あとでやっぱりやめたと言っても、その時に返す金はもうないぞ」
頑固オヤジが、こちらをねめつける。とことん、商売には向いていない人物である。
「魔使具の出来の良さ。あの若い職人さんの腕の良さ。全く問題ありませんよ」
これは社交辞令抜きの感想だ。言っている本人ですら多少の気恥ずかしがある。
「ふん。あまり世辞を言いなさんな。ウチの若造なんざ、まだまだ駆け出しで、海のものとも山のものともわからん代物さ。余りおだてないでくれ、本人の為にもならん」
もう天然記念物に指定して、保存しておきたいような頑固オヤジだよ、まったく!
だが確かになまじ才能があるとそれに溺れてしまい、成長に著しい悪影響を及ぼす例が少なくない。このオヤジも長い経験の中で、何人もそういう連中を見てきたのだろう。もしかしたら今までとった弟子の中にも、そういう奴がいたのかも知れない。
しかしその不愛想な言いようの中にも、弟子を褒められて嬉しいという感覚が僅かに滲み出ている。ボクはそれを見逃さず、再び笑いをこらえるのに必死になった。
「もう、お父さん! せっかく仮契約をして下さるのに、水を差さないの!」
どうやらボクの支払う契約金や魔使具代に店の浮沈がかかっているようで、娘の剣幕も尋常ではない。こちらがとりあえず必要とする魔使具のリストと調整の日程を決め、商品がそろい次第本契約と残金の支払いという事で話がまとまった。
店を出たボクの心は安心感に満ちていた。あの若い職人が順調に育って店を継ぐようにでもなれば、あと何十年かは魔使具について悩む必要はなくなるだろう。でもまぁ、店を継ぐとなるとあの娘と結婚するのが普通だから、頑固オヤジがそれを許すかどうかが大きな問題だろうなぁ……、と他人の家の事情を心配している自分がいる事に、一人ケラケラと笑うボクであった。
「どうでした。お気に召していただけたでしょうか……!」
若い職人を信用してはいるものの、心配でたまらないといった面持ちだ。
「えぇ、大変気に入りました。出来れば
、今から仮契約をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「は? 今からですか!」
娘の素っ頓狂な声が店内に響く。
「えぇ、無理でしょうか。そのための
お金は持ってきているのですが……」
「と、とんでもない! 是非!是非お願いします!」
彼女が驚くのも無理はない。新しく魔使具屋と契約するという事は、それまで使っていた魔使具一式を全て買い替えるという事だ。魔使具は店によってそれぞれの作り方があり、それを別の店で調整するというのは難しい。ゆえに一度契約した店を変える事は、魔法使いにとってもリスクがある行為なのである。
一方、新たな顧客を得た魔使具屋は、それなり以上の商品をまとめて買ってもらえる事になるので、大きな臨時収入となる。よって魔法使い用の魔使具を扱う店は、顧客の取り合いになっているのが実情だ。
ただ魔法使い側にしても一度に大きな出費となるわけで、普通は即決をしない。最低でも一週間程度は考えてから、新たな契約をするのが通例である。それを即決したのだから、彼女の驚きも十分に理解ができる。
こんな浮かれている状態で、ちゃんと仮契約の手続きが出来るのかと心配もしたが、いざ契約書類作成の段になると、ヤリ手のベテラン店員のようにテキパキと仕事をこなしていった。
接客の妙といい、この娘はかなりの商才に恵まれているようだ。なるほど、だからこのような風が変わりな店も潰れずに踏み留まっていられるのだろう。
奥から再び出て来た頑固主人に向かって、
「お父さん、こちらのお客さん、仮契約してくれるって!
良かったぁ、これで今月分の問屋への支払いは問題なくなったわ。もう、どうしようかと思っていたもの」
商才に恵まれているとはいえ、まだ二十歳そこそこの娘らしいあどけなさである。ボクは笑いをこらえるのに必死だった。
「なぁ、あんた。そんなに急いで決めてしまって良いのかの。あとでやっぱりやめたと言っても、その時に返す金はもうないぞ」
頑固オヤジが、こちらをねめつける。とことん、商売には向いていない人物である。
「魔使具の出来の良さ。あの若い職人さんの腕の良さ。全く問題ありませんよ」
これは社交辞令抜きの感想だ。言っている本人ですら多少の気恥ずかしがある。
「ふん。あまり世辞を言いなさんな。ウチの若造なんざ、まだまだ駆け出しで、海のものとも山のものともわからん代物さ。余りおだてないでくれ、本人の為にもならん」
もう天然記念物に指定して、保存しておきたいような頑固オヤジだよ、まったく!
だが確かになまじ才能があるとそれに溺れてしまい、成長に著しい悪影響を及ぼす例が少なくない。このオヤジも長い経験の中で、何人もそういう連中を見てきたのだろう。もしかしたら今までとった弟子の中にも、そういう奴がいたのかも知れない。
しかしその不愛想な言いようの中にも、弟子を褒められて嬉しいという感覚が僅かに滲み出ている。ボクはそれを見逃さず、再び笑いをこらえるのに必死になった。
「もう、お父さん! せっかく仮契約をして下さるのに、水を差さないの!」
どうやらボクの支払う契約金や魔使具代に店の浮沈がかかっているようで、娘の剣幕も尋常ではない。こちらがとりあえず必要とする魔使具のリストと調整の日程を決め、商品がそろい次第本契約と残金の支払いという事で話がまとまった。
店を出たボクの心は安心感に満ちていた。あの若い職人が順調に育って店を継ぐようにでもなれば、あと何十年かは魔使具について悩む必要はなくなるだろう。でもまぁ、店を継ぐとなるとあの娘と結婚するのが普通だから、頑固オヤジがそれを許すかどうかが大きな問題だろうなぁ……、と他人の家の事情を心配している自分がいる事に、一人ケラケラと笑うボクであった。
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