8 / 115
仮契約
しおりを挟む
店に戻ると、接客の娘が早速に声をかけて来た。
「どうでした。お気に召していただけたでしょうか……!」
若い職人を信用してはいるものの、心配でたまらないといった面持ちだ。
「えぇ、大変気に入りました。出来れば
、今から仮契約をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「は? 今からですか!」
娘の素っ頓狂な声が店内に響く。
「えぇ、無理でしょうか。そのための
お金は持ってきているのですが……」
「と、とんでもない! 是非!是非お願いします!」
彼女が驚くのも無理はない。新しく魔使具屋と契約するという事は、それまで使っていた魔使具一式を全て買い替えるという事だ。魔使具は店によってそれぞれの作り方があり、それを別の店で調整するというのは難しい。ゆえに一度契約した店を変える事は、魔法使いにとってもリスクがある行為なのである。
一方、新たな顧客を得た魔使具屋は、それなり以上の商品をまとめて買ってもらえる事になるので、大きな臨時収入となる。よって魔法使い用の魔使具を扱う店は、顧客の取り合いになっているのが実情だ。
ただ魔法使い側にしても一度に大きな出費となるわけで、普通は即決をしない。最低でも一週間程度は考えてから、新たな契約をするのが通例である。それを即決したのだから、彼女の驚きも十分に理解ができる。
こんな浮かれている状態で、ちゃんと仮契約の手続きが出来るのかと心配もしたが、いざ契約書類作成の段になると、ヤリ手のベテラン店員のようにテキパキと仕事をこなしていった。
接客の妙といい、この娘はかなりの商才に恵まれているようだ。なるほど、だからこのような風が変わりな店も潰れずに踏み留まっていられるのだろう。
奥から再び出て来た頑固主人に向かって、
「お父さん、こちらのお客さん、仮契約してくれるって!
良かったぁ、これで今月分の問屋への支払いは問題なくなったわ。もう、どうしようかと思っていたもの」
商才に恵まれているとはいえ、まだ二十歳そこそこの娘らしいあどけなさである。ボクは笑いをこらえるのに必死だった。
「なぁ、あんた。そんなに急いで決めてしまって良いのかの。あとでやっぱりやめたと言っても、その時に返す金はもうないぞ」
頑固オヤジが、こちらをねめつける。とことん、商売には向いていない人物である。
「魔使具の出来の良さ。あの若い職人さんの腕の良さ。全く問題ありませんよ」
これは社交辞令抜きの感想だ。言っている本人ですら多少の気恥ずかしがある。
「ふん。あまり世辞を言いなさんな。ウチの若造なんざ、まだまだ駆け出しで、海のものとも山のものともわからん代物さ。余りおだてないでくれ、本人の為にもならん」
もう天然記念物に指定して、保存しておきたいような頑固オヤジだよ、まったく!
だが確かになまじ才能があるとそれに溺れてしまい、成長に著しい悪影響を及ぼす例が少なくない。このオヤジも長い経験の中で、何人もそういう連中を見てきたのだろう。もしかしたら今までとった弟子の中にも、そういう奴がいたのかも知れない。
しかしその不愛想な言いようの中にも、弟子を褒められて嬉しいという感覚が僅かに滲み出ている。ボクはそれを見逃さず、再び笑いをこらえるのに必死になった。
「もう、お父さん! せっかく仮契約をして下さるのに、水を差さないの!」
どうやらボクの支払う契約金や魔使具代に店の浮沈がかかっているようで、娘の剣幕も尋常ではない。こちらがとりあえず必要とする魔使具のリストと調整の日程を決め、商品がそろい次第本契約と残金の支払いという事で話がまとまった。
店を出たボクの心は安心感に満ちていた。あの若い職人が順調に育って店を継ぐようにでもなれば、あと何十年かは魔使具について悩む必要はなくなるだろう。でもまぁ、店を継ぐとなるとあの娘と結婚するのが普通だから、頑固オヤジがそれを許すかどうかが大きな問題だろうなぁ……、と他人の家の事情を心配している自分がいる事に、一人ケラケラと笑うボクであった。
「どうでした。お気に召していただけたでしょうか……!」
若い職人を信用してはいるものの、心配でたまらないといった面持ちだ。
「えぇ、大変気に入りました。出来れば
、今から仮契約をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「は? 今からですか!」
娘の素っ頓狂な声が店内に響く。
「えぇ、無理でしょうか。そのための
お金は持ってきているのですが……」
「と、とんでもない! 是非!是非お願いします!」
彼女が驚くのも無理はない。新しく魔使具屋と契約するという事は、それまで使っていた魔使具一式を全て買い替えるという事だ。魔使具は店によってそれぞれの作り方があり、それを別の店で調整するというのは難しい。ゆえに一度契約した店を変える事は、魔法使いにとってもリスクがある行為なのである。
一方、新たな顧客を得た魔使具屋は、それなり以上の商品をまとめて買ってもらえる事になるので、大きな臨時収入となる。よって魔法使い用の魔使具を扱う店は、顧客の取り合いになっているのが実情だ。
ただ魔法使い側にしても一度に大きな出費となるわけで、普通は即決をしない。最低でも一週間程度は考えてから、新たな契約をするのが通例である。それを即決したのだから、彼女の驚きも十分に理解ができる。
こんな浮かれている状態で、ちゃんと仮契約の手続きが出来るのかと心配もしたが、いざ契約書類作成の段になると、ヤリ手のベテラン店員のようにテキパキと仕事をこなしていった。
接客の妙といい、この娘はかなりの商才に恵まれているようだ。なるほど、だからこのような風が変わりな店も潰れずに踏み留まっていられるのだろう。
奥から再び出て来た頑固主人に向かって、
「お父さん、こちらのお客さん、仮契約してくれるって!
良かったぁ、これで今月分の問屋への支払いは問題なくなったわ。もう、どうしようかと思っていたもの」
商才に恵まれているとはいえ、まだ二十歳そこそこの娘らしいあどけなさである。ボクは笑いをこらえるのに必死だった。
「なぁ、あんた。そんなに急いで決めてしまって良いのかの。あとでやっぱりやめたと言っても、その時に返す金はもうないぞ」
頑固オヤジが、こちらをねめつける。とことん、商売には向いていない人物である。
「魔使具の出来の良さ。あの若い職人さんの腕の良さ。全く問題ありませんよ」
これは社交辞令抜きの感想だ。言っている本人ですら多少の気恥ずかしがある。
「ふん。あまり世辞を言いなさんな。ウチの若造なんざ、まだまだ駆け出しで、海のものとも山のものともわからん代物さ。余りおだてないでくれ、本人の為にもならん」
もう天然記念物に指定して、保存しておきたいような頑固オヤジだよ、まったく!
だが確かになまじ才能があるとそれに溺れてしまい、成長に著しい悪影響を及ぼす例が少なくない。このオヤジも長い経験の中で、何人もそういう連中を見てきたのだろう。もしかしたら今までとった弟子の中にも、そういう奴がいたのかも知れない。
しかしその不愛想な言いようの中にも、弟子を褒められて嬉しいという感覚が僅かに滲み出ている。ボクはそれを見逃さず、再び笑いをこらえるのに必死になった。
「もう、お父さん! せっかく仮契約をして下さるのに、水を差さないの!」
どうやらボクの支払う契約金や魔使具代に店の浮沈がかかっているようで、娘の剣幕も尋常ではない。こちらがとりあえず必要とする魔使具のリストと調整の日程を決め、商品がそろい次第本契約と残金の支払いという事で話がまとまった。
店を出たボクの心は安心感に満ちていた。あの若い職人が順調に育って店を継ぐようにでもなれば、あと何十年かは魔使具について悩む必要はなくなるだろう。でもまぁ、店を継ぐとなるとあの娘と結婚するのが普通だから、頑固オヤジがそれを許すかどうかが大きな問題だろうなぁ……、と他人の家の事情を心配している自分がいる事に、一人ケラケラと笑うボクであった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

転移したらダンジョンの下層だった
Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。
もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。
そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄されましたが気にしません
翔王(とわ)
恋愛
夜会に参加していたらいきなり婚約者のクリフ王太子殿下から婚約破棄を宣言される。
「メロディ、貴様とは婚約破棄をする!!!義妹のミルカをいつも虐げてるらしいじゃないか、そんな事性悪な貴様とは婚約破棄だ!!」
「ミルカを次の婚約者とする!!」
突然のことで反論できず、失意のまま帰宅する。
帰宅すると父に呼ばれ、「婚約破棄されたお前を置いておけないから修道院に行け」と言われ、何もかもが嫌になったメロディは父と義母の前で転移魔法で逃亡した。
魔法を使えることを知らなかった父達は慌てるが、どこ行ったかも分からずじまいだった。

二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~
K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。
次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。
生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。
…決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる