ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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魔女と奇妙な男 (70) 千載一遇

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まずアテロットが、どうして背後から迫るサジルに気がつかなかったのか? これは単純な話です。彼はもうサジルが死んでいるだろうと考えていましたし、生きていたとしても、まさかここまで歩いて来るとは夢にも思っていませんでした。そして何よりも、メサイトとクレオンの攻防に心を奪われ、サジルの接近に気がつかなかったのですね。

一方、メサイトの方はどうでしょう? 化け物になった彼には、遠くの音を聞き分ける超感覚が備わっています。サジルの接近など、いともたやすく探知出来たのではないでしょうか。

確かに、普段であればそうでした。しかし彼もアテロットの報告から、サジルは死んだものと決めつけていましたし、とにもかくにもクレオンとの決闘に夢中であり、そこまで気が回らなかったのです。

悪党二人、結局は詰めが甘かったという話なのでしょう。

これは奇跡か!? はたまた、魔女の神様がくだされた御加護であるか!?

クレオンは、突如訪れた千載一遇のチャンスを逃しません。

彼は素早く見た事もない構えをして、右足を大きく前へ投げ出しました。足は床の水たまりを越えてメサイトのすぐ傍に着地をします。すると”ドン!”という、ホール全体を揺るがすような爆音が鳴り響きました。

まるで建物全体が小刻みに震えるような感触を得たネリスは、思わずサジルからクレオンたちの方へ目を移します。

「なんだ、貴様!」

アテロットが思わぬ伏兵に倒されて、一瞬、眼前の敵を見失ったメサイトが慌てて叫びます。

凄まじい右足着地の衝撃でヒビの入った床を、クレオンは更にグイッと踏み込みます。そして体を横にしてメサイトへ体当たりをしました。これは彼が会得している秘儀の一つであり、爆発的な破壊力を生み出す奥義です。しかも今はまだ、ゴリラの力がわずかに残っていますので、その威力は更にアップしています。

「ぐわぁっ!!」

不意を突かれたメサイトは、なす術もありません。

そしてクレオンは、更に念入りな仕上げを施します。通常、この体当たりは自分はその場に留まり、相手だけが吹っ飛びます。しかしクレオンは、その場に留まる力さえも、体当たりの力に加えたのでした。

しかしこのやり方は、諸刃の剣です。威力が倍増する代わりに、自分も相手と一緒に吹っ飛ぶのです。ダメージこそありませんが、飛んだ先でどういう体勢になるのかはわかりません。場合によっては、非常に不利な状況になる可能性もあるのです。

しかしクレオンは迷いなく、この方法を選びました。ネリスを逃がすのに、少しでも有利になると考えたからです。そのかいあって、クレオンとメサイトは、ホールの端の方まで飛ぶ矢の如く押しやられました。

化け物の巨体にぶつかられた石造りの壁が、大きな音を立てて粉々に砕けます。呆気にとられたメサイトは、すぐに反応が出来ません。クレオンはその機を逃さず、すぐさま体勢を立て直しました。

そして後ろを振り向き、

「ネリス、逃げろ!」

と、一声叫びます。

それは雷のように、ネリスを直撃しました。クレオンが、命を捨てて作ったチャンスです。ネリスはサジルの方を一瞬見ましたが、先ほどとは状況が違います。

サジルさんは、もう動く事が出来ないし、私にはこの人を担いで歩くだけの腕力がない。今は私一人で逃げて、一刻も早く助けを呼んで来なくては……。

そう思ったネリスですが、頭の片方では別の考えが閃きます。
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