ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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魔女と奇妙な男 (20) 安堵

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彼女の足が、ほんの少しずつですが動き始めます。

お爺ちゃんに会いたい、師匠に会いたい、オリビアさんに会いたい、フレディさんに会いたい、レアロンは……、まいっか。

大切な人とまた会いたいという気持ちが、ネリスの希望をますます大きく熱くしました。彼女は遂に走り出します。そして、全速力で通りに出る事に成功しました。そこには既に十人ばかりの人だかりが出来ていて、ほうほうのていで逃げ出してきたネリスを受け止めます。

「お嬢ちゃん、どうした」

恰幅の良いおじさんが、まずはネリスに声をかけました。彼女は横道を指し「あそこに!」とだけ言います。それが今の彼女の精一杯です。

皆がこぞって横道の奥を覗き込みました。突然の事に驚いた怪物は辺りを見回した後、暗闇に閉ざされた奥の方へと一目散に逃げて行きます。

「あれは、なんだ?」

「あれって? 何が?」

「見なかったのかよ、今の」

「もしかして、例の化け物?」

集まった人々が、互いに疑問やら何やらをぶつけ合います。しかし暗がりであった事や、肝心の何かが既に消えてしまっていた事から、議論はすぐに打ち切りとなりました。

ネリスは最初に声をかけてくれた人にお礼を言おうと思い、その場にいた一群に尋ね回りました。男の人の声であるのは確かでしたから、彼女は手あたり次第、その場にいた男性に声をかけます。でも、心当たりのある人はおりません。

そもそもネリス自身、異常とも言える緊張感の中で、突然耳に入った声でしたから、はっきりと聞き分けられていたわけじゃあないんです。

集まった人からの「大丈夫? 送って行こうか」という申し出を丁寧に辞退して、ネリスは出来るだけ慎重に、でも出来るだけ早くコリスの屋敷へと急ぎました。あれだけの騒ぎを起こしたんです。今日はもう襲われないだろうと、以前のような遠回りはしませんでした。とにもかくにも、少しでも早く帰りたかったのです。

暗闇の向こうに、仮住まいとはいえ屋敷の明かりが見えた時には、嬉しさのあまり危うく自転車ごと転んでしまいそうになりました。これまで窮屈でしょうがなかった自分の居場所が、とても頼もしく大きく見えたのです。これは屋敷の大きさの話ではありません。そこに住んでいる人達の、存在の大きさの話です。

屋敷の裏口から、中へ入ったネリス。

「あら、おかえりなさい」

まずは、台所で夕ご飯の準備をしていたオリビアが、ネリスを迎えます。

ネリスは何も言わず、いきなりオリビアに抱き着きました。ネリスの目から、堰を切ったように涙がこぼれ落ちます。無理もありません。まだ十五歳の少女が、命を奪われるかも知れない恐怖を味わったのです。

「ど、どうしたの、ネリスちゃん!」

いつも明るく、レアロンと丁々発止のやり取りをするような気の強い娘が、いきなり泣き出した事でオリビアは大変ビックリしました。

突然のアクシデントに、オリビアは夫のフレディーを呼びます。しかし、二人が色々尋ねても要領を得られません。やがてオロオロする二人よりも先に、ネリスの方が落ち着きを取り戻しました。
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