ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

文字の大きさ
上 下
143 / 218

魔女と奇妙な男 (20) 安堵

しおりを挟む
彼女の足が、ほんの少しずつですが動き始めます。

お爺ちゃんに会いたい、師匠に会いたい、オリビアさんに会いたい、フレディさんに会いたい、レアロンは……、まいっか。

大切な人とまた会いたいという気持ちが、ネリスの希望をますます大きく熱くしました。彼女は遂に走り出します。そして、全速力で通りに出る事に成功しました。そこには既に十人ばかりの人だかりが出来ていて、ほうほうのていで逃げ出してきたネリスを受け止めます。

「お嬢ちゃん、どうした」

恰幅の良いおじさんが、まずはネリスに声をかけました。彼女は横道を指し「あそこに!」とだけ言います。それが今の彼女の精一杯です。

皆がこぞって横道の奥を覗き込みました。突然の事に驚いた怪物は辺りを見回した後、暗闇に閉ざされた奥の方へと一目散に逃げて行きます。

「あれは、なんだ?」

「あれって? 何が?」

「見なかったのかよ、今の」

「もしかして、例の化け物?」

集まった人々が、互いに疑問やら何やらをぶつけ合います。しかし暗がりであった事や、肝心の何かが既に消えてしまっていた事から、議論はすぐに打ち切りとなりました。

ネリスは最初に声をかけてくれた人にお礼を言おうと思い、その場にいた一群に尋ね回りました。男の人の声であるのは確かでしたから、彼女は手あたり次第、その場にいた男性に声をかけます。でも、心当たりのある人はおりません。

そもそもネリス自身、異常とも言える緊張感の中で、突然耳に入った声でしたから、はっきりと聞き分けられていたわけじゃあないんです。

集まった人からの「大丈夫? 送って行こうか」という申し出を丁寧に辞退して、ネリスは出来るだけ慎重に、でも出来るだけ早くコリスの屋敷へと急ぎました。あれだけの騒ぎを起こしたんです。今日はもう襲われないだろうと、以前のような遠回りはしませんでした。とにもかくにも、少しでも早く帰りたかったのです。

暗闇の向こうに、仮住まいとはいえ屋敷の明かりが見えた時には、嬉しさのあまり危うく自転車ごと転んでしまいそうになりました。これまで窮屈でしょうがなかった自分の居場所が、とても頼もしく大きく見えたのです。これは屋敷の大きさの話ではありません。そこに住んでいる人達の、存在の大きさの話です。

屋敷の裏口から、中へ入ったネリス。

「あら、おかえりなさい」

まずは、台所で夕ご飯の準備をしていたオリビアが、ネリスを迎えます。

ネリスは何も言わず、いきなりオリビアに抱き着きました。ネリスの目から、堰を切ったように涙がこぼれ落ちます。無理もありません。まだ十五歳の少女が、命を奪われるかも知れない恐怖を味わったのです。

「ど、どうしたの、ネリスちゃん!」

いつも明るく、レアロンと丁々発止のやり取りをするような気の強い娘が、いきなり泣き出した事でオリビアは大変ビックリしました。

突然のアクシデントに、オリビアは夫のフレディーを呼びます。しかし、二人が色々尋ねても要領を得られません。やがてオロオロする二人よりも先に、ネリスの方が落ち着きを取り戻しました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

農業機器無双! ~農業機器は世界を救う!~

あきさけ
ファンタジー
異世界の地に大型農作機械降臨! 世界樹の枝がある森を舞台に、農業機械を生み出すスキルを授かった少年『バオア』とその仲間が繰り広げるスローライフ誕生! 十歳になると誰もが神の祝福『スキル』を授かる世界。 その世界で『農業機器』というスキルを授かった少年バオア。 彼は地方貴族の三男だったがこれをきっかけに家から追放され、『闇の樹海』と呼ばれる森へ置き去りにされてしまう。 しかし、そこにいたのはケットシー族の賢者ホーフーン。 彼との出会いで『農業機器』のスキルに目覚めたバオアは、人の世界で『闇の樹海』と呼ばれていた地で農業無双を開始する! 芝刈り機と耕運機から始まる農業ファンタジー、ここに開幕! たどり着くは巨大トラクターで畑を耕し、ドローンで農薬をまき、大型コンバインで麦を刈り、水耕栽培で野菜を栽培する大農園だ! 米 この作品はカクヨム様でも連載しております。その他のサイトでは掲載しておりません。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

調達屋~どんな物でも必ず手に入れましょう~

バン
ファンタジー
とある国でひっそりと暮らすある男。 その国には様々な職業があり、中でも人気の職業は冒険者。 しかし巷で密かに囁かれている無名の職業があった。 それは調達屋。 金さえ払えばどんな物でも必ず手に入れてくれる職業。 そう…どんな物でも。 依頼する時のルールはただ一つ、金を払う事。 それを破った者は最も大事な物を奪われる。 それでも調達屋を利用する者は多い。金さえあれば全てが手に入るのだから。 今日もまた、強欲な客が調達屋の元へ訪れる。 これは1人の調達屋の生活を記した物語。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...