ヴォルノースの森の なんてことない毎日

大魔法使いの死 (５) 意外な告白

それから一週間後、馬場すなわち大魔法使いパーパスと篠原は、かつて「ヴォルノースの森」と呼ばれた喫茶店の二階にいた。

「さぁ、次に帰れるのは少し先になります。何か気になる事があれば言って下さい」

篠原が、努めて明るく話す。病状が安定したパーパスは、一時帰宅を許されたのである。篠原の語ったように、その家は上から下まで、全てファンタジーに彩られた場所であった。

一階の店舗部分は言うに及ばず、二階の住居部分も、どこから手に入れたのかわからないような、怪しげなアイテムで埋め尽くされている。本棚には、古今東西のファンタジー小説がぎっしりだ。

「いやぁ、でも凄いもんですねぇ。いつ見ても壮観の一言だ」

篠原が、魔法の家を誉めそやす。

ここが、ワシの家なのか……。

パーパスは冷静な目で、辺りを見回した。実はここ数日、彼には自分でも納得がいかない自覚症状があった。それは、この何もかもが見た事のない世界。知識の範疇にない世界。そのはずの世界の”記憶”が、少しずつ甦って来たのである。それと同時に、ヴォルノースでの数百年にわたる日々が、段々と薄れていくのを感じていた。

なぜ、知らない記憶がワシの中に現れるのだ。こんな全くの異世界。見た事も聞いた事もないのに。

最初は、見るもの聞くもの全てが新鮮で驚きに満ちていた。ヴォルノースとは全く違う世界だからである。魔法は存在せず、その代わりに科学技術が異様に発展している社会。彼はここ数日。病院の図書室でありとあらゆる本を読んだ。看護師がやめさせるのに、苦労をするほどに。

パーパスは、本棚にある古い書籍を手に取った。幾つかのページに様々な書き込みがあり、どれほど熱心に読み込んだのかが分かる。表紙にはファンタジー小説の古典とも言うべきタイトルが書かれており、奥付を見ると、今から五十年は昔の日付が記されていた。

こんな文字が、読めるわけないのに……。

パーパスは心の中で呟くが、ヴォルノースの言葉とは全く違うその言葉を、パーパスは早い段階で理解する事が出来ていた。そして考えまいとしてきた恐ろしい結論を、今この場に来て反芻しているのだった。

「シュプリン……、いや篠原君。ワシは、この世界の住人なのかの。ヴォルノースの思い出はワシの妄想で、ワシはファンタジーの世界と現実世界の区別がつかなくなった、ボケ老人なんだろうか……」

パーパスは、図書室で仕入れた知識の一端を披露する。

「マスター……」

篠原が、目の前の小さな老人を見下ろした。

「マスター、言おうかどうか迷っていたんですけど……、思い切って言いますね」

急に真面目な顔をした篠原が、背中を丸めて座り込む老人の隣に正座をする。

「”私たち”は、どうやら、異世界に飛ばされてしまったようなんですよ。原因は恐らく、マスターが行っていた、ハラモイド草とヒカリゴケの実験のせいだと思われます」

その言葉に老人は、思わず篠原の顔を凝視した。ハラモイド草とヒカリゴケの実験。それはパーパスとシュプリンしか知らない事柄である。この世界に来てからも、誰にも話した事はない。それを知っているという事は……。

「お、お前、やっぱりシュプリンなのか？」

篠原の両腕を掴み、パーパスは詰問する。

「えぇ、そうです。私はあなたの執事兼、召使いのシュプリンです」

「おぉ、そうか、やっぱり。では、これまでの事を説明せい。今すぐにじゃ」

すっかり大魔法使いパーパスに戻った老人は、頬を紅潮させながら目の前の男に謎解きを求めた。

「はい、今も言ったように、例の実験が時空の歪みを生じさせたようなのです。で、そこに現れた時空の裂け目を、我々が通ってしまったわけなんですね。もっとも裂け目は単純な”穴”というわけではないので、色々と複雑な現象が起きてしまっているのです」

パーパスは食い入るように、シュプリンの解説に耳を傾ける。