ヴォルノースの森の なんてことない毎日

魔女の薬 (８) ママが忘れたのは

キャシーはこれまで彼女の人生を支えてきたものを、すっかり思い出せなくなっていたのです。開け放たれた窓の向こうには、いつもの光景が広がります。でも、そこには普段と全然違う自分がいる事に、キャシーは愕然としていました。


「パパ、何処にいるの！？ もうお昼ご飯の時間よ！」

ヒト妖精の男の子ニールのお家で、パパを呼ぶママの声が響きます。実は前の晩にパパとやりあってしまって、朝からご機嫌斜めなのでした。

「休みの日だからって、あんまり自由にされちゃ、家事がすすまなくて本当に困っちゃうわ」

パパの特別な魔法の事、専業主婦の自分の事、ママは最近、人生に悩んでいるのです。それがちょっと、パパへの八つ当たりにもなっているのですね。

そんなママの金切り声を聞きつけたのか、息子のニールの方が先に食堂へやって来ました。いつもなら外で元気に遊んでいるのですが、今日はたまたま、お家の中で絵本を読んでいたからです。

「ママ、絵本をたくさん読んだから、もう頭がお腹ペコペコだよ」

子供ながらも、ニールがちょっと気の利いた事を言いました。

普段のように自分の席につき、ママが給仕するのを待っているニールでしたが、そのママが変な顔をしてニールを見つめます。

「……ママ、どうしたの？」

ママのいつもと違う様子に気がついたニールは、心配そうに尋ねました。

「ママ？ ……っていうか、一体あなたは何処の子なの？ ここら辺では見かけない顔ね。人の家へ、勝手に入っちゃいけないわよっ」

ママは不思議さと、とまどいの表情でニールを見つめます。

「えぇっ？ ママどうしたの。何でそんな事を言うの？ ボク、ちゃんと呼ばれる前に食堂へ来たでしょう？」

ママの意外過ぎる一言に、ニールは慌てたように反論しました。何かママを怒らせるような失敗をしたのかしらと思っているようです。

「だから、私はあなたのママじゃありません。う～ん、困ったわ。何か事情がありそうだし、このまま追い出すわけにも……」

ママは本当に、見知らぬ子供を持て余しているようでした。ただ、小さい子供を容赦なく叩き出す様な薄情者ではありません。

「ママ、ママ！ 何かいけない事をしたのなら謝るよ。だから、そんな事言わないで！」

ニールは追い出されては大変と、必死に懇願します。彼の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちました。

「じゃぁ、ぼく、名前はなんていうの？」

ママは、解決の糸口を探ろうとします。

「ニールだよ。わかっているじゃないか。ママの息子のニールだよ」

小さな被害者は必死に食い下がりました。