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魔女の薬 (7) 流行作家の悲劇
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「あ、あぁリンか。おっと、もうお茶の時間だな……」
バイソンが、気の抜けたような声で答えます。
「何かうめき声のようなものが聞こえましたが、旦那様、大丈夫でしょうか?」
いつもと違う主人の様子に、リンは心からの気遣いを見せました。
「う、うん。私は大丈夫なのだが、不思議な事が起きているのだよ」
「不思議な事?」
主人の意外な一言に、リンは戸惑いました。何故ならば、部屋を一望する限り、これといった異変は見当たらないからです。普段通り、バイソンの前には札束が積まれており、フタの開いた金庫の中にもかなりのお金が詰まっていました。
「あぁ、お前は私の目の前にある、この紙片が何だかわかるかい?」
バイソンは、100枚単位で封をされた札束を手に取りメイドに見せました。リンには訳が分かりません。
「なにと申されましても、それは旦那様のお金ではございませんか」
メイドは見たままを話します。彼女の経験からして、バイソンは冗談を言って召使いたちを笑わせたり困らせたりする人物ではありません。そんな事は時間の無駄、時は金なりに反しているからです。
「お……、お金? この紙切れは”お金”というのかい? で、それは一体なんの事なんだ。 いや、そもそもなんでこんなものが、私の部屋に溢れているんだ」
主人の発した言葉に、ただ事ではないと判断したリンは、トレーを脇机の上に置いて、急いで執事の所へ駆けて行きました。
呆然としたバイソンの髪を、開け放った窓から入った風が揺らしました。
さてさて、次の舞台は町の有名作家、キャシー・キャシーのお部屋です。それは町はずれにある瀟洒なお家の二階にありました。彼女はヴォルノースの森の作家ランキングで常に5位以内に入る知名度を誇り、今日も来月出版される本の締め切りに追われていました。
ですが先ほどから、彼女の万年筆は一文字だって原稿用紙に何も書いてはいませんでした。本当に、只の一文字さえもです。
ですが、スランプになったわけではありません。その証拠にほんの三十分前までは、締め切り前の作家によくある”怒涛の勢い”で、原稿用紙を青いインクで埋めていたのですからね。
「どうしたっていうのよ、私は……」
三十路を過ぎたばかりの流行作家は、なす術もなく自らの手を見つめます。万年筆を持ったまま、ピクリとも動かない右手をです。ただ彼女の行動も、理由を知れば納得できるはずです。
だってこの瞬間にも彼女の頭の中は、溢れんばかりのイメージで満たされています。今回の本の内容は勿論、次回作の構想も一緒になって、脳内で押しくらまんじゅうをしているくらいなのですからね。
だけど、一文字も書けないのです。
「なんて事かしら、私は”文字”というものを全て忘れてしまった……」
バイソンが、気の抜けたような声で答えます。
「何かうめき声のようなものが聞こえましたが、旦那様、大丈夫でしょうか?」
いつもと違う主人の様子に、リンは心からの気遣いを見せました。
「う、うん。私は大丈夫なのだが、不思議な事が起きているのだよ」
「不思議な事?」
主人の意外な一言に、リンは戸惑いました。何故ならば、部屋を一望する限り、これといった異変は見当たらないからです。普段通り、バイソンの前には札束が積まれており、フタの開いた金庫の中にもかなりのお金が詰まっていました。
「あぁ、お前は私の目の前にある、この紙片が何だかわかるかい?」
バイソンは、100枚単位で封をされた札束を手に取りメイドに見せました。リンには訳が分かりません。
「なにと申されましても、それは旦那様のお金ではございませんか」
メイドは見たままを話します。彼女の経験からして、バイソンは冗談を言って召使いたちを笑わせたり困らせたりする人物ではありません。そんな事は時間の無駄、時は金なりに反しているからです。
「お……、お金? この紙切れは”お金”というのかい? で、それは一体なんの事なんだ。 いや、そもそもなんでこんなものが、私の部屋に溢れているんだ」
主人の発した言葉に、ただ事ではないと判断したリンは、トレーを脇机の上に置いて、急いで執事の所へ駆けて行きました。
呆然としたバイソンの髪を、開け放った窓から入った風が揺らしました。
さてさて、次の舞台は町の有名作家、キャシー・キャシーのお部屋です。それは町はずれにある瀟洒なお家の二階にありました。彼女はヴォルノースの森の作家ランキングで常に5位以内に入る知名度を誇り、今日も来月出版される本の締め切りに追われていました。
ですが先ほどから、彼女の万年筆は一文字だって原稿用紙に何も書いてはいませんでした。本当に、只の一文字さえもです。
ですが、スランプになったわけではありません。その証拠にほんの三十分前までは、締め切り前の作家によくある”怒涛の勢い”で、原稿用紙を青いインクで埋めていたのですからね。
「どうしたっていうのよ、私は……」
三十路を過ぎたばかりの流行作家は、なす術もなく自らの手を見つめます。万年筆を持ったまま、ピクリとも動かない右手をです。ただ彼女の行動も、理由を知れば納得できるはずです。
だってこの瞬間にも彼女の頭の中は、溢れんばかりのイメージで満たされています。今回の本の内容は勿論、次回作の構想も一緒になって、脳内で押しくらまんじゅうをしているくらいなのですからね。
だけど、一文字も書けないのです。
「なんて事かしら、私は”文字”というものを全て忘れてしまった……」
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