ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

文字の大きさ
上 下
17 / 216

癒しの剣 (6) 一世一代の仕事

しおりを挟む
「単刀直入に言おう。君は、非常に優秀な鍛冶屋だと聞いた。そこでだね。君には癒しの剣の”偽物”を作ってほしいんだ」

「偽物?」

ホンドレックは、余りに意外な話に耳を疑いました。

「そうだ。それも、そんじょそこらの偽物では駄目だ。誰が見ても本物の、たとえ王自身が手に取ったとしても決してわからない程の偽物を作ってほしいんだよ」

侯爵と鍛冶屋の問答が続きます。

「……でも、どうして……」

鍛冶屋が心配そうに尋ねました。それは、そうでしょう。国家レベルの宝物の偽物を作るんです。普通に考えれば、ばれたら只じゃ済みません。ギロチン台は間違いなしの話です。

「理由は簡単。さっき話した、剣を盗もうとする盗賊を欺くためだよ。いくら警備を厳重にしたって、優れた賊ならそんなもん屁とも思わないだろう。なにせ癒しの剣を狙っているのは、あの大盗賊”ガッテン・ボロッツ”なんだからね」

鍛冶屋は、更に驚きました。

「え? あのガッテン・ボロッツが!?」

彼が仰天したのも無理はありません。何せこの盗賊、庶民の味方、すなわち義賊と言われていたからです。

貧しい者、真面目な者からは奪わず、彼が仕事をする相手は、もっぱら悪徳商人や傲慢な貴族と相場が決まっています。中々希望の持てないこの時代、ガッテン・ボロッツはある種のヒーローでした。そんな彼が、みんなから慕われている王様の健康を損なうような真似をする……。ホンドレックは信じられません。

「君の言いたい事は分かるよ。”あの義賊のガッテン・ボロッツが、まさか……”というのだろう?しかし、しょせん盗賊は盗賊、悪党に変わりはないさ。君にはどうか、奴よりも私の事を信用してほしい」

レリドウ侯爵の温和な目が、憐れな鍛冶屋の目をじっと見つめました。彼にとってボロッツが義賊というのは、あくまで噂話のレベルです。目の前にいる、雲の上の人物とは比べ物になりませんでした。

そうした事情で、ホンドレックは今、城の奥深くで癒しの剣の偽物を作っているのです。なぜ城の奥深くなのかと言えば、偽物を作っている事をガッテン・ボロッツに知られては意味がないからなんですね。この事を知っているのは、本当にごく少数の人たちだけでした。


「私の作った一世一代の代物が、悪党の計画を妨げる。私の作品が、陰ながらこの国を救うんだ」

レリドウ侯爵が作業場を去った後も、ホンドレックは一心不乱に槌を振るい続けました。


「……という事は、この話、そのレリドウ侯爵と大盗賊ガッテン・ボロッツとの世紀の対決という内容なんですか?」

ちょっと長い話に飽きて来たシュプリンは、ステーキソースをお皿の周りに飛び散らせている行儀の悪い主人を見ながら言いました。

「さぁ、どうだかな」

パーパスは気を持たせるように、ニヤリとシュプリンを見やります。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

農業機器無双! ~農業機器は世界を救う!~

あきさけ
ファンタジー
異世界の地に大型農作機械降臨! 世界樹の枝がある森を舞台に、農業機械を生み出すスキルを授かった少年『バオア』とその仲間が繰り広げるスローライフ誕生! 十歳になると誰もが神の祝福『スキル』を授かる世界。 その世界で『農業機器』というスキルを授かった少年バオア。 彼は地方貴族の三男だったがこれをきっかけに家から追放され、『闇の樹海』と呼ばれる森へ置き去りにされてしまう。 しかし、そこにいたのはケットシー族の賢者ホーフーン。 彼との出会いで『農業機器』のスキルに目覚めたバオアは、人の世界で『闇の樹海』と呼ばれていた地で農業無双を開始する! 芝刈り機と耕運機から始まる農業ファンタジー、ここに開幕! たどり着くは巨大トラクターで畑を耕し、ドローンで農薬をまき、大型コンバインで麦を刈り、水耕栽培で野菜を栽培する大農園だ! 米 この作品はカクヨム様でも連載しております。その他のサイトでは掲載しておりません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...