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昇らないお日さま (6) ゴクラクチョウ
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「ワシは大魔法使いのパーパスじゃ。その名を聞いた事くらいはあるじゃろう」
自分で自分の事を”大魔法使い”というのもどうかと思いますが、この言い方はひとつの称号のようになっていますので、そう名乗った方が話の通りが早いとパーパスは考えたのでした。
「え? 大魔法使いのパーパスさま!?」
ゴクラクチョウは驚きます。あの伝説的な魔法使いが目の前にいるなどとは、にわかには信じられなかったのです。でも自分が、お月さまとお日さまの手紙の配達をしていた事を知っているとなると、これはもう信じるしかありません。それに噂に聞いていた「そうとう古くさい衣装」という格好とも一致します。
「今、世の中では一大事が起こっておる。ワシは騒動の原因が、お前であると考えているのだよ」
パーパスはいきなり切り出します。この性格は治らないようですね。
「えっ!? それは一体どういう事で……」
ゴクラクチョウは、またもや驚きました。
「なんだ、お前は気づいていないのか。……あぁ、そうか。もしかしてお前は、ずっとここにいたのかね?」
パーパスの質問に、ゴクラクチョウは不安げにうなづきます。
「なるほどな。この真暗な洞窟の奥にいたのなら気がつかなくても無理はないが、今、本当は昼近い時刻なのに、空にはポッカリと月が昇っておるのじゃよ。おかげで世の中は、真っ暗闇の大混乱じゃ」
再三に渡るストレートな物言いです。本当にもう、一生治らないでしょう。
「お月さまが? でも、それが何で僕のせいなのでしょうか?」
本当はゴクラクチョウも、うすうす気がついていましたが、余りの事態に思わず知らぬふりを決め込みました。
相手の態度に確信を得たパーパスは、
「フン。本当にわからないのかの? 実のところ、お前さんも気がついているんじゃないのかい?」
と、ゴクラクチョウの穏やかならざる心を刺激します。
図星を当てられたゴクラクチョウは、パーパスの言葉に心臓が破裂しそうになりました。
「月は太陽から手紙が来ないと嘆いている。そしてどういうわけか、太陽も同じ事を言うておる。
それはお前が二人から受け取った手紙を、届けていないからじゃないのかの?」
更に更にパーパスはズバリと言いました。ただ今回は、大変わかりやすくてよろしい。
ゴクラクチョウは一瞬翼をバタつかせたかと思うと、観念したかのようにうつむきました。
そして暫くすると顔を上げて、
「はい、その通りです。全くその通り。僕は手紙を運ぶメッセンジャーの役割なのに、途中から手紙をお二人に渡さなくなりました」
美しく、そして罪深い鳥の告白が始まります。
「何で、そんな風になるのじゃな。月か太陽が、お前に何か無理難題でも押しつけたのか? まぁ、恋愛というのは周りが見えなくなるものと相場が決まっておるからな。本人たちも気づかぬ内に、お前に酷い事をしたのかも知れないの」
パーパスが、ゴクラクチョウの告白を手助けします。
「いいえ、滅相もない。お二人は僕に大変感謝をして下さり、良くしてくれました」
ゴクラクチョウが、首を振ります。
「では、なぜじゃ」
パーパスは、核心に触れようとします。
「今、あなたさまは”恋愛というのは周りが見えなくなるもの”とおっしゃいました。まさにそれなのです」
ゴクラクチョウの懺悔の言葉に、人並み外れて鈍感なパーパスもハッと気がつきました。
「おまえ、もしかして……」
パーパスが、問い詰めます。
「はい、僕は手紙のやり取りをお手伝いしている内に、お月さまに恋をしてしまったのです。
あの青く美しい光、たおやかなさま、そして大変優しいビロードのような声。どれをとっても、その魅力に僕は心を奪われました」
ゴクラクチョウは、苦しそうに続けます。
「でもそうなると、お二人の元へ手紙を届けるのが本当に辛くなりました。いえ、もちろん預かった手紙を盗み見るなどという、下品な真似は致しません。
しかし手紙を読んでいる時のお二人の表情、その返事をしたためている時の嬉しそうな様子。お月さまとお日さまが、互いに想い想われているのは僕にだってわかります」
ゴクラクチョウは、ボロボロと涙をこぼしました。
「それで嫉妬のあまり、手紙を届けるのをやめてしまったのじゃな」
パーパスが、話を締めくくります。
「はい、お二人の相思相愛ぶりを見るのが辛かった事もありますが、手紙のやり取りをしない事で、お二人の仲が壊れてしまうのを、全く願っていなかったと言えばウソになると思います。
本当に、恥ずかしい限りです」
遂にゴクラクチョウは、地面に突っ伏して号泣しました。
「ワシのような年寄りには、既に恋愛云々の話はピンとこないが、まぁ、お前の言うのは真実なのだろう。だが、これで一件落着じゃ、真実を月と太陽に話せば……」
パーパスがそう言いかけた時、思いがけない事が起こりました。ゴクラクチョウの体がドンドン赤くなり、煙を出し始めたのです。
「あぁ、恥ずかしい、恥ずかしい。僕は何という事をしてしまったんだろう! 本当に恥ずかしい!!」
何が起こったのでしょう。
ゴクラクチョウは恥ずかしさのあまり、その身を焦がしていったのでした。顔から火が出るなんて言いますでしょ? それが全身で起こったのですね。
そしてパーパスが何かをする間もなく、彼の体は炎に包まれ燃え尽きてしまいます。やがて燃え尽きたゴクラクチョウの魂は、そのまま天に昇って星になりました。
「なんと……」
余りの事態に呆然とするパーパスでしたが、そこは腐っても大魔法使い。すぐに落ち着きを取り戻し、星になったゴクラクチョウへと言いました
「お前には責任を取って貰わなければ困る。辛いだろうが、これからも月と太陽のメッセンジャーを務めるのじゃ」
パーパスはそう語りかけると、杖をその星に向けて呪文を唱えます。すると、どうでしょう。天上に留まり輝いていたゴクラクチョウの星は「彗星」へと姿を変えたのです。
彗星というのは、広い大宇宙をあてどなく移動する特別な星の事です。天に昇った鳥は「ゴクラクチョウ彗星」になったのでした。
さて、それからどうなったかですって?
パーパスはその足で、お月さまとお日さまに事情を話しました。二人はゴクラクチョウの気持ちを察してやれなかった事を大変悔やみましたが、お互いに嫌われたのではないとわかって喜びました。
そして今でもお月さまとお日さまは文通を続けています。もちろん、彗星となったゴクラクチョウが手紙を携えて、二人の間を行ったり来たりしているのでした。
でもどことなく、三人の間には気まずい雰囲気が残っているようです。なぜかって? だって彗星というのは、尾を引くものと相場が決まっているではありませんか。
【昇らない お日さま・終】
自分で自分の事を”大魔法使い”というのもどうかと思いますが、この言い方はひとつの称号のようになっていますので、そう名乗った方が話の通りが早いとパーパスは考えたのでした。
「え? 大魔法使いのパーパスさま!?」
ゴクラクチョウは驚きます。あの伝説的な魔法使いが目の前にいるなどとは、にわかには信じられなかったのです。でも自分が、お月さまとお日さまの手紙の配達をしていた事を知っているとなると、これはもう信じるしかありません。それに噂に聞いていた「そうとう古くさい衣装」という格好とも一致します。
「今、世の中では一大事が起こっておる。ワシは騒動の原因が、お前であると考えているのだよ」
パーパスはいきなり切り出します。この性格は治らないようですね。
「えっ!? それは一体どういう事で……」
ゴクラクチョウは、またもや驚きました。
「なんだ、お前は気づいていないのか。……あぁ、そうか。もしかしてお前は、ずっとここにいたのかね?」
パーパスの質問に、ゴクラクチョウは不安げにうなづきます。
「なるほどな。この真暗な洞窟の奥にいたのなら気がつかなくても無理はないが、今、本当は昼近い時刻なのに、空にはポッカリと月が昇っておるのじゃよ。おかげで世の中は、真っ暗闇の大混乱じゃ」
再三に渡るストレートな物言いです。本当にもう、一生治らないでしょう。
「お月さまが? でも、それが何で僕のせいなのでしょうか?」
本当はゴクラクチョウも、うすうす気がついていましたが、余りの事態に思わず知らぬふりを決め込みました。
相手の態度に確信を得たパーパスは、
「フン。本当にわからないのかの? 実のところ、お前さんも気がついているんじゃないのかい?」
と、ゴクラクチョウの穏やかならざる心を刺激します。
図星を当てられたゴクラクチョウは、パーパスの言葉に心臓が破裂しそうになりました。
「月は太陽から手紙が来ないと嘆いている。そしてどういうわけか、太陽も同じ事を言うておる。
それはお前が二人から受け取った手紙を、届けていないからじゃないのかの?」
更に更にパーパスはズバリと言いました。ただ今回は、大変わかりやすくてよろしい。
ゴクラクチョウは一瞬翼をバタつかせたかと思うと、観念したかのようにうつむきました。
そして暫くすると顔を上げて、
「はい、その通りです。全くその通り。僕は手紙を運ぶメッセンジャーの役割なのに、途中から手紙をお二人に渡さなくなりました」
美しく、そして罪深い鳥の告白が始まります。
「何で、そんな風になるのじゃな。月か太陽が、お前に何か無理難題でも押しつけたのか? まぁ、恋愛というのは周りが見えなくなるものと相場が決まっておるからな。本人たちも気づかぬ内に、お前に酷い事をしたのかも知れないの」
パーパスが、ゴクラクチョウの告白を手助けします。
「いいえ、滅相もない。お二人は僕に大変感謝をして下さり、良くしてくれました」
ゴクラクチョウが、首を振ります。
「では、なぜじゃ」
パーパスは、核心に触れようとします。
「今、あなたさまは”恋愛というのは周りが見えなくなるもの”とおっしゃいました。まさにそれなのです」
ゴクラクチョウの懺悔の言葉に、人並み外れて鈍感なパーパスもハッと気がつきました。
「おまえ、もしかして……」
パーパスが、問い詰めます。
「はい、僕は手紙のやり取りをお手伝いしている内に、お月さまに恋をしてしまったのです。
あの青く美しい光、たおやかなさま、そして大変優しいビロードのような声。どれをとっても、その魅力に僕は心を奪われました」
ゴクラクチョウは、苦しそうに続けます。
「でもそうなると、お二人の元へ手紙を届けるのが本当に辛くなりました。いえ、もちろん預かった手紙を盗み見るなどという、下品な真似は致しません。
しかし手紙を読んでいる時のお二人の表情、その返事をしたためている時の嬉しそうな様子。お月さまとお日さまが、互いに想い想われているのは僕にだってわかります」
ゴクラクチョウは、ボロボロと涙をこぼしました。
「それで嫉妬のあまり、手紙を届けるのをやめてしまったのじゃな」
パーパスが、話を締めくくります。
「はい、お二人の相思相愛ぶりを見るのが辛かった事もありますが、手紙のやり取りをしない事で、お二人の仲が壊れてしまうのを、全く願っていなかったと言えばウソになると思います。
本当に、恥ずかしい限りです」
遂にゴクラクチョウは、地面に突っ伏して号泣しました。
「ワシのような年寄りには、既に恋愛云々の話はピンとこないが、まぁ、お前の言うのは真実なのだろう。だが、これで一件落着じゃ、真実を月と太陽に話せば……」
パーパスがそう言いかけた時、思いがけない事が起こりました。ゴクラクチョウの体がドンドン赤くなり、煙を出し始めたのです。
「あぁ、恥ずかしい、恥ずかしい。僕は何という事をしてしまったんだろう! 本当に恥ずかしい!!」
何が起こったのでしょう。
ゴクラクチョウは恥ずかしさのあまり、その身を焦がしていったのでした。顔から火が出るなんて言いますでしょ? それが全身で起こったのですね。
そしてパーパスが何かをする間もなく、彼の体は炎に包まれ燃え尽きてしまいます。やがて燃え尽きたゴクラクチョウの魂は、そのまま天に昇って星になりました。
「なんと……」
余りの事態に呆然とするパーパスでしたが、そこは腐っても大魔法使い。すぐに落ち着きを取り戻し、星になったゴクラクチョウへと言いました
「お前には責任を取って貰わなければ困る。辛いだろうが、これからも月と太陽のメッセンジャーを務めるのじゃ」
パーパスはそう語りかけると、杖をその星に向けて呪文を唱えます。すると、どうでしょう。天上に留まり輝いていたゴクラクチョウの星は「彗星」へと姿を変えたのです。
彗星というのは、広い大宇宙をあてどなく移動する特別な星の事です。天に昇った鳥は「ゴクラクチョウ彗星」になったのでした。
さて、それからどうなったかですって?
パーパスはその足で、お月さまとお日さまに事情を話しました。二人はゴクラクチョウの気持ちを察してやれなかった事を大変悔やみましたが、お互いに嫌われたのではないとわかって喜びました。
そして今でもお月さまとお日さまは文通を続けています。もちろん、彗星となったゴクラクチョウが手紙を携えて、二人の間を行ったり来たりしているのでした。
でもどことなく、三人の間には気まずい雰囲気が残っているようです。なぜかって? だって彗星というのは、尾を引くものと相場が決まっているではありませんか。
【昇らない お日さま・終】
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