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昇らないお日さま (4) お月さまの告白

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「それで、お前がここに留まっている理由と、お日さまが何か関係あるのかね」

年を取って、少々せっかちになったパーパスが話を促します。

「はい。空にポッカリ浮かんでいる事、一日に一回みなさんに姿を見せる事、そして何より真ん丸な事。私とお日さまには共通点が沢山あると気がついたのです。だから、きっと良いお友達になれるのではないかと思いました」

ここでお月さまはその頬をちょっと桃色に染めました。多分、地上から眺めると、それはピンクムーンに見えたでしょう。

「友達にね……。だが、お前と太陽が会うのは不可能じゃ。どうやって、友達になるつもりなのかね」

パーパスは杖に座ったお尻が少し痛くなってきたので、お尻の位置をずらしながら聞きました。

「はい。聞くところによると、下界では文通という方法があるらしいですね。手紙のやりとりです。それなら私にも出来ると思い、お日さまに便りを出そうと考えました」

お日さまとお月さまの文通。何かとてもロマンチックな話です。なぜならお日さまは立派なジェントルマンなので、素敵なレディーのお月さまとはお似合いなのでした。

妙なやり方を考えるものだとパーパスは感心しましたが、そのままじっと聞いています。

「でもどうやって手紙を渡そうかと考えていた時に、ふと下界に目をやると、森の中で一羽のゴクラクチョウが眠っていました。そこで閃いたのです。あの者に手紙を運んでもらおうと」

ゴクラクチョウというのは、きれいな飾りをした鳥の名前です。

「声をかけたところ、彼は快く引き受けてくれました。私はさっそく手紙を書いて、ゴクラクチョウに託したのです」

お月さまは、遠くを見て思い出すように話しました。なにかとてもうれしそうです。

「で、返事は来たのかね」

少し興味の沸いたパーパスは、身を乗り出して聞きました。おかげで危うく、杖から落ちそうになりましたが。

「はい!」

お月さまが、喜々として答えます。よほど返事が来たのが嬉しかったのでしょう。

「内容は、是非とも文通をしたいとの事でした。それからというもの、お日さまと私は何度も何度も手紙のやり取りを重ね、やがて下界で言うところの、恋人同士になりました。

会う事は出来ませんが、心のつながりがあれば立派な愛が生まれます」

お月さまはここまで言うと、更に顔を赤らめました。多分、地上では「月が燃えるような真っ赤になった。良くない前触れに違いない」と騒ぎになっている事でしょう。

「まぁ、恋愛は結構な事じゃが、今回の騒ぎと何か関係があるのかい?」

パーパスは、さっそく聞いてみました。

「……」

お月さまは答えません。普段は執事兼召使いのシュプリンと二人きりの生活をしているお年寄りとしては無理もないのかも知れませんが、乙女の恋愛事情を聞くには多少急ぎすぎな気もしますね。大魔法使いといえど、そういう所はちょっと疑問です。

「答えてくれんかの。わかっているとは思うが、下界では皆が心配しておるのじゃよ」

パーパスの言葉に、お月さまがやっと口を開きます。

「返事が来なくなったのです。しかも突然に……。それまでの手紙にはもちろん、最後に来た手紙にも、イザコザとか厄介事とか、そういう内容は少しもありませんでした。それなのに……」

お月さまが、また大粒の涙を流します。

「行き違いという事もあろう。それからも手紙を出したのかね」

パーパスは、再びお尻の位置を変えながら聞きました。

「えぇ、あれから三度も出しました。もちろん、知らず知らずのうちに怒らせてしまったのならご免なさい、といった言葉もきちんと添えました。でも、返事は全くありません」

お月さまは、更に涙を何粒も流します。

「だから私、もうどうしていいのかわからず、ここから一歩も動けないのです。動く気力すらもうありません」

男女の間には他人の入り込めないものがあるとは思いますが、パーパスは困り果ててしまいました。

「じゃぁ、こうしよう。もう一度、太陽に手紙を書きなさい。そこに、ワシも一筆そえてしんぜよう。返事をよこすようにな。いかに太陽が頑固とはいえ、ワシの願いをむげにする事は出来んじゃろう」

そうなんです。パーパスは大魔法使いとはいえ、一人のヒト妖精にすぎません。でも、お月さまや太陽が一目置くような存在なんです。

「ダメです。ダメなんです」

お月さまは、その丸い顔を左右に振りました。

「いつの間にか、手紙を運ぶゴクラクチョウも来なくなってしまったんです。だから、もうどうにもなりません。お日さまに手紙を送る事すら出来ないんです」

お月さまの声は、絶望に打ちひしがれていました。

そこでパーパスは一計を案じました。このまま夜がずっと続いては困るからです。

「そうだ。ではワシが手ずから、そなたの恋文を太陽に渡してやろう。そのあと、ゴクラクチョウも探してあげる」

パーパスは、そう提案をします。

「まぁ、そんな。恋文だなんて」

お月さまは更に顔を赤らめましたが、思いもよらぬ提案に大変喜びました。

お月さまは、さっそく手紙をしたためてパーパスに渡します。手紙を受け取った大魔法使いは、杖を再び手に呪文を唱えると、杖は東の空へと勢いよく飛んでいきました。そして杖につかまったパーパスを、お日さまのいる場所へと運びます。

パーパスを引き連れた杖は、あっという間に忘却の草原の上空へと入りました。

あぁ、ここで忘却の森について、少し説明をしておきますね。

ヴォルノースの森は、輪っかのようなカクリン山脈帯に囲まれています。その更に外側に広がっているのが忘却の草原です。名前の通り、彼の草原に足をふみいれた者は記憶の殆どを失います。ただヴォルノースの森に住む圧倒的多数の人にとって、それは恐ろしいうわさ話に過ぎません。だって草原に立ち入った者は記憶を失ってしまうので、実際に何がどうなっているのかを人に伝えるのは不可能だからです。

忘却の草原を見下ろしながら、パーパスはため息をつきました。嫌な思い出が頭をよぎります

えっ? パーパスは記憶を失わないのかって? そうですね。本当ならば忘却の草原は、そこを通った者はもちろんの事、上空を飛ぶ者の記憶すら消してしまいます。だから本当だったら、パーパスの記憶も消えてしまうはずです。

でもね、大丈夫なんです。どうしてかというと、大昔、何の変哲もない只の草原にそういう魔法をかけたのは、他ならぬパーパス自身だったからです。だから自分がかけた魔法の効果を、自分が受けないようにする工夫をしていました。

パーパスが何故そんな事をしたのかは、この物語の終わりに明らかになるでしょう。それがいつなのかは、わかりませんが。

「いやいや、今は朝が来ない事態を解決するのを最優先にしよう」

パーパスは、そう自分に言い聞かせ先を急ぎます。

どれくらい杖につかまって飛んだでしょうか。だんだんと向こうの空が白んできました。お日さまが近づいてきた証拠です。パーパスは服のポケットを上から触って、お月さまが書いた手紙を確かめます。

ようやっとお日さまの所へと辿り着いたパーパスは、ちょっとおかしな事に気がつきました。何かほの暗いのです。パーパスが六百年前にお日さまと話をした時には、もっとハツラツとした明るさに満ちていたはずなのに。
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