騎士をやめて機能付加職人になったけど、妹が厳しすぎて困ります 【第一部 ホントウ】

藻ノかたり

文字の大きさ
上 下
151 / 153

後日談

しおりを挟む
激烈な戦いの日から一週間。ネッドは、ギルド館の向かいにある、カフェ「ポラルゾ」にいた。

窓際のテーブルには、紅茶とミレッズオレンジを使った食べかけのパイが並んでいる。その向こう側にも同じメニューが並んでいて、その脇にはボンボンのついたニット帽が置かれていた。

あれは、本当に起こった事なのだろうか。

半月以上前、アスティとここで楽しく語らったのが現実だったのか、炎の魔人と化した彼と、命のやり取りをしたのが現実だったのか。今となっては、どちらも夢だったのではないかと
思えてしまう。

そんな取り留めもない事を考えながら、ネッドは通りをぼんやりと眺めていた。正面に見えるギルド館には、今日も冒険者たちが大勢出入りをしている。

彼らの知っている現実と、僕の知っている現実は違う。

そう思うと、ネッドは心にぽっかりと穴の開いたような孤独を感じた。彼はやがて席を立ち、表に出る。

ギルド館に寄って行こうかとも考えたが、今日はやめておく事にした。何かこう、やる気が出ないのだ。凶魔王になった後遺症かも知れないなとネッドは思う。

ところであれから尋ねて来たメルの話によると、ガントがギルマスを辞める話は無くなったそうである。彼が領主へ辞任を申し出ると、それは絶対にならぬと言われたらしい。

今回の探索、表向きは王都・ギルド協力の元、大成功の内に終わった事になっている。それなのにギルドマスターが突然の辞任をしては、人々は何事かと思い、ギルドはもちろんの事、領主、果ては王宮にまで疑問の目を向ける輩が出るのは避けられない。下手をすれば、ゴワドン侯爵が革命を企んでいた事すら、噂として漏れ出てしまうだろう。

事態の後始末は諜報省主導で、ゴワドン侯爵は無理がたたって突然の病死という話でケリがついているし、その他諸々の都合の悪い事実も全て闇から闇へと葬られた。今更それを蒸し返されて、特をする者など誰一人としていない。

ギルドマスターのガントも領主の命令には逆らえず、総合的な見地からギルマス辞職を思いとどまったのである。


気持ちを切り替えなくっちゃ。

ネッドは両手で頬を叩く。これで全てが終わったわけじゃない。明日も明後日も日々の生活は続くし、頑張って暮らしていかなくちゃいけない。ぼんやりしていたら、またシャミーに怒られてしまうだろう。店舗兼自宅である「ハッピーアディション」が見える辺りまで来たネッドは、努めて明るい表情をするように心がけた。

「ただいま、シャミー」

ネッドは朗らかな声とともに、居間のドアを開ける。

「よぉ、ネッド。どこをほっつき歩いてたんだ? お前の為に、はるばる王都から尋ねて来てやったのにさ」

居間に入ったネッドの耳に、聞き覚えのある横柄な声が飛び込んできた。

「……リュラン。まぁ、来るなとは言わないけどさ。今度の一件で、滅茶苦茶忙しいんじゃないのかよ。こんなところで、油を売ってていいのか?」

気の置けない者同士の、他愛もない会話が始まる。

「油を売っているとは、ご挨拶だな。そんなこと言っていいのかよ。なぁ、シャミー」

「そうよ、お兄ちゃん。リュランがわざわざ来てくれたのに、その言い草はないわよね」

二人のやりとりを聞いたネッドが妹の方を見ると、彼女は如何にも上機嫌という顔をしている。さてはまた、高価な土産でも持ってきたのかとネッドは訝しんだ。

「これだよ、これ」

ネッドが全く事情を理解していないと察したリュランは、テーブルの上に置いてある、同じくらいの大きさの二つの布袋を指さす。それは硬貨を入れる定番の袋であり、中身もそれなり以上の額が入っているサイズに見えた。

「で、それが?」

未だに、状況を把握できないネッド。

「これは、王宮からお前への報奨金だよ。まぁ、表ざたには出来ない金だから、そのつもりでな。上の連中は、今回のお前の活躍をかなり高く評価してる。もっとも、俺の伝え方が上手かったせいもあるけどよ」

さりげなく、恩を着せるリュランであった。

「ところでリュラン。どうして袋が二つあるの?」

少しでも早く、袋の中身を確認したいシャミーが尋ねる。

「あぁ、これね。片っぽは、俺の取り分」

シャミーの目が、キッとつり上がる。

「おい、お前の取り分ていうのは何だよ」

妹の爆発を未然に防ごうと、ネッドは間髪入れずに尋ねた。

「言葉の通りさ。王宮からお前に支払われた報奨金の内の、俺の取り分。まぁ、お前の取り分だけを持って来ても良かったんだけど、こういう事は透明性が大事だろ? 俺の公平極まりない、清浄な心のあらわれだよ」

両手を広げ、好人物を気取るリュラン。

「だから、何で僕がもらう報酬から、お前に支払わなきゃならないんだ?」

ネッドが、食って掛かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)

屯神 焔
ファンタジー
 魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』  この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。  そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。  それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。  しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。  正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。  そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。  スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。  迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。  父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。  一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。  そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。  毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。  そんなある日。  『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』  「・・・・・・え?」  祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。  「祠が消えた?」  彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。  「ま、いっか。」  この日から、彼の生活は一変する。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

処理中です...