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本当の心
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「何だ、どうなってる……!?」
マリオン自らが、体の異常を察知して叫ぶ。
只でさえ魂石を二つも体に入れた為、存在としての均衡を保ちにくくなっている上に、自らの生きる理由すら揺るがしかねない事実を知ったのだ。異常をきたすのは、むしろ当然であった。魂石と心のバランスが崩れたのだ。
憎悪の魔人の体は更に膨れ上がり、その巨体は十メートルを遥かに超えようとしている。そして体の中では魔力が暴走し、いつ爆発してもおかしくない状況になっていた。
「止まれ、止まれ、私の言う事を聞け!」
マリオンは必死に自分の体を制御しようとするが、彼の意思では、もうどうする事も出来ない。全てが終る。全てが無に帰す。だがこんな終わり方、私は望んでいない。マリオンは、薄れゆく意識の中で絶叫した。
「おい、ネッド、やばいぞコレ。奴の中で魔力がメチャクチャ大きくなっている。このまま爆発したら、リルゴットの森はもちろん、ポーナイザルの街だって只じゃ済まないぞ!」
リュランが、血相を変えてネッドに訴える。
そうしている間にも、意識を失った魔人の体はますます大きくなっていく。臨界点に達するのも時間の問題だ。
「ネッド!」
リュランは、自分の無力さを痛感する。今は、尋常ならざる力を有する友に頼るしかない。
ネッドは一度目をつぶると、渾身の力で大地を蹴った。その体は天を突くが如く上昇し、巨大化を続ける魔人の胸元近くまでに達する。
もう本当に、これしかないのか?
ネッドは自問自答する。だがそれ以外に街と、そして道を踏み外した男の心を助ける術はないと決意を固めた。
「ドラゴンブレスを機能付加!」
ネッドが叫ぶと彼の右手に大量の魔力が集まって来る。ものの数秒後、彼の右腕は白銀色の大きな球体に包まれていた。
「リュラン、岩陰に隠れろ!」
その声を聞いたリュランは、手近な岩を見つけ身を潜める。
マリオンさん……、父さん。
ネッドの心の中に、在りし日の父と、その友人の姿が浮かび上がる。二人は酒を酌み交わし、笑っていた。
こんな未来があったかも知れないのに……。
ネッドの心の中に一しずくの涙が落ちた時、彼の右腕から凄まじい高熱の息吹が放たれた。それは、憎悪の魔人をすっぽりと包み込むほどの大きさで広がっていく。やがてその銀色の光は、辺り一面を覆い尽くした。
『……ネッド君、私はどこで間違ったんだろうか。機能付加職人の惨めな暮らしを変えようとした事は、間違っていたのだろうか』
光の中で、マリオンがネッドに尋ねる。
『僕は機能付加職人の暮らしが、惨めだなんて思っていません。そりゃあ、生活は楽ではないし、酷い事を言う人もいます。だけどそんな時は、父の事を思い出すんです。
父は、仕事をしている時が一番輝いていた。惨めだなんて言った事も、一度だってない。自分のやるべき事を自分のいるべき場所で精いっぱい頑張っていれば、世の中や周りの事なんて気にならないんじゃありませんか。
僕は最近、ほんの少しずつですが、それが分かって来た気がします。
あなたのお父さんは、どうだったんです』
『……父さんは、ただ黙々と仕事をしていた。愚痴ひとつ言わずに、精一杯の仕事をしていた。そして一日が終わって道具を置く時、何とも言えない優しい顔をしていたのを覚えている。
私は、それを見るのが好きだった。
……どうして、今まで思い出さなかったんだろう。
……そうか、全てはあそこにあったんだ。
父さんの心も、私の心も、そして本当の幸せも……』
マリオンの瞳は光のそのまた先にある、懐かしく愛おしい日々を見つめていた。
銀色の炎は憎悪の魔人を焼き尽くし、その体は光の粒子に変換され夜空に消えて行く。一人の男の長い長い歳月と共に。
リュランが目を開けると、辺りは先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っており、その先には月明かりに照らされたネッドが立ち尽くしていた。
「ネッド、大丈夫か?」
リュランは、未だ異形の姿をしている友に声をかける。ネッドは、ふと気が付いたように、そちらへ顔を向けた。その瞳には事件を解決した満足感など微塵もうかがえない。
「ネッド、本当に……」
「来るな!」
友を気遣い、傍に寄ろうとしたリュランをネッドが制した。
「僕を、僕を殺してくれ。今すぐ、お前のその右腕で!」
マリオン自らが、体の異常を察知して叫ぶ。
只でさえ魂石を二つも体に入れた為、存在としての均衡を保ちにくくなっている上に、自らの生きる理由すら揺るがしかねない事実を知ったのだ。異常をきたすのは、むしろ当然であった。魂石と心のバランスが崩れたのだ。
憎悪の魔人の体は更に膨れ上がり、その巨体は十メートルを遥かに超えようとしている。そして体の中では魔力が暴走し、いつ爆発してもおかしくない状況になっていた。
「止まれ、止まれ、私の言う事を聞け!」
マリオンは必死に自分の体を制御しようとするが、彼の意思では、もうどうする事も出来ない。全てが終る。全てが無に帰す。だがこんな終わり方、私は望んでいない。マリオンは、薄れゆく意識の中で絶叫した。
「おい、ネッド、やばいぞコレ。奴の中で魔力がメチャクチャ大きくなっている。このまま爆発したら、リルゴットの森はもちろん、ポーナイザルの街だって只じゃ済まないぞ!」
リュランが、血相を変えてネッドに訴える。
そうしている間にも、意識を失った魔人の体はますます大きくなっていく。臨界点に達するのも時間の問題だ。
「ネッド!」
リュランは、自分の無力さを痛感する。今は、尋常ならざる力を有する友に頼るしかない。
ネッドは一度目をつぶると、渾身の力で大地を蹴った。その体は天を突くが如く上昇し、巨大化を続ける魔人の胸元近くまでに達する。
もう本当に、これしかないのか?
ネッドは自問自答する。だがそれ以外に街と、そして道を踏み外した男の心を助ける術はないと決意を固めた。
「ドラゴンブレスを機能付加!」
ネッドが叫ぶと彼の右手に大量の魔力が集まって来る。ものの数秒後、彼の右腕は白銀色の大きな球体に包まれていた。
「リュラン、岩陰に隠れろ!」
その声を聞いたリュランは、手近な岩を見つけ身を潜める。
マリオンさん……、父さん。
ネッドの心の中に、在りし日の父と、その友人の姿が浮かび上がる。二人は酒を酌み交わし、笑っていた。
こんな未来があったかも知れないのに……。
ネッドの心の中に一しずくの涙が落ちた時、彼の右腕から凄まじい高熱の息吹が放たれた。それは、憎悪の魔人をすっぽりと包み込むほどの大きさで広がっていく。やがてその銀色の光は、辺り一面を覆い尽くした。
『……ネッド君、私はどこで間違ったんだろうか。機能付加職人の惨めな暮らしを変えようとした事は、間違っていたのだろうか』
光の中で、マリオンがネッドに尋ねる。
『僕は機能付加職人の暮らしが、惨めだなんて思っていません。そりゃあ、生活は楽ではないし、酷い事を言う人もいます。だけどそんな時は、父の事を思い出すんです。
父は、仕事をしている時が一番輝いていた。惨めだなんて言った事も、一度だってない。自分のやるべき事を自分のいるべき場所で精いっぱい頑張っていれば、世の中や周りの事なんて気にならないんじゃありませんか。
僕は最近、ほんの少しずつですが、それが分かって来た気がします。
あなたのお父さんは、どうだったんです』
『……父さんは、ただ黙々と仕事をしていた。愚痴ひとつ言わずに、精一杯の仕事をしていた。そして一日が終わって道具を置く時、何とも言えない優しい顔をしていたのを覚えている。
私は、それを見るのが好きだった。
……どうして、今まで思い出さなかったんだろう。
……そうか、全てはあそこにあったんだ。
父さんの心も、私の心も、そして本当の幸せも……』
マリオンの瞳は光のそのまた先にある、懐かしく愛おしい日々を見つめていた。
銀色の炎は憎悪の魔人を焼き尽くし、その体は光の粒子に変換され夜空に消えて行く。一人の男の長い長い歳月と共に。
リュランが目を開けると、辺りは先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っており、その先には月明かりに照らされたネッドが立ち尽くしていた。
「ネッド、大丈夫か?」
リュランは、未だ異形の姿をしている友に声をかける。ネッドは、ふと気が付いたように、そちらへ顔を向けた。その瞳には事件を解決した満足感など微塵もうかがえない。
「ネッド、本当に……」
「来るな!」
友を気遣い、傍に寄ろうとしたリュランをネッドが制した。
「僕を、僕を殺してくれ。今すぐ、お前のその右腕で!」
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