騎士をやめて機能付加職人になったけど、妹が厳しすぎて困ります 【第一部 ホントウ】

藻ノかたり

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新たな真実

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それは数カ月前、王宮に密かに流れた噂。

王都の南側にある森で、何らかの異変が起きた。目撃した者の話では空間が歪み、その先からドス黒い”何か”が押し寄せようとしていたらしい。だが大きな衝撃が森を覆ったかと思うと、まるで何事もなかったかのように、全てはいつも通りに戻った。

その真相は調べられる事も語られる事もなく、それどころか目撃者いっさいに厳しいかん口令が敷かれ、多くの者は王都を強制的に追われたという。これとて侯爵の地位にあるゴワドンが、持てる力をフルに使って調べた結果だ。だが、殆ど何もわからずじまいだった。

その中で彼が得た、希少な情報が二つ。一つは、騎士であるネッドとリュランが関係していたらしい事。ゴワドン、すなわちマリオンが、ネッドを人知れず目にかけていたからこそ得られた情報だ。

そしてもう一つ。それは”凶魔王”という謎の存在。これについては、その名前以外は一切わからなかった。

……恐らく秘密を知っているのは、王をはじめ数人の重臣のみ。この私でさえ真相の欠片にすら辿り着けなかった。そしてネッド君の急な騎士引退。それを引き留める気配すらなかった王や側近たち。

マリオンは今のネッドの変貌に、この謎の事件が深くかかわっていると確信した。

「ネッド君。君の姿、その力には”凶魔王”という、何かが関わっているのかね?」

憎悪の魔人が、痛みをこらえつつネッドに尋ねる。

その問いかけに僅かに動揺したものの、ネッドは微動だにせず黙して語らない。

「そうなのだな? 凶魔王とは何なのだ。もしかしたら、何かの魂石が絡んでいるのではないのかね。例えば、君の体に大いなる力を持った魂石が……」

「マリオンさん、降伏して下さい。でなければ、僕はあなたを葬らねばならない!」

魔人の言葉を遮るように、ネッドは声を張り上げた。

自らの問いを無視された魔人の腹は煮えくり返る。

「私を無視するな!私を怒らすな!私を軽んずるな!私がせっかく誠意をもって聞いているのに、答えないとは何事だ!」

既にドラゼルの心に支配されているマリオンは、自分の思い通りにならない状況に激高した。

「まぁ、いい。君を倒して、無理矢理にでも解明してやる!」

憎悪の魔人は、ネッドに猛攻撃をかける。四本の腕は既に使えないものの、強力な二門の破壊光線を連続して撃ちまくり、触手状の足を縦横無尽に繰り出した。

だがネッドは、それを事もなげにかわしていく。

「ジャイアントの腕力を機能付加」

ネッドが、静かに言った。その落ち着いた声とは裏腹に、彼の体は異様な闘気に包まれる。

「大人しく、私に従え!」

迫りくる魔人の横っ面に、ネッドのパンチがヒットする。本来なら著しい体格差のため、魔人には毛ほどのダメージも与えられないはずであった。だが、物理法則を無視したかのように、魔人は地面に叩きつけられ何度もバウンドをする。その軌跡にある多くの木々が、轟音と共になぎ倒された。

「バカな、バカな、バカな!」

魔人は恐ろしい程の異様な叫びで、この理不尽な状況を嘆く。

「私は敗けない。私は屈しない。勝利するのは、この私だ!」

魔人は再びネッドに挑むが、結果は変わらない。顔面と言わずボディと言わず、彼は何度もネッドの拳や蹴りを当てられて、その度にもんどりうって地面に激突する。

満身創痍の魔人が何とか立ち上がろうとした時、三度目の大きな雷が襲った。体から焼け焦げた煙が何本も立ち昇る。

うつ伏せに倒れている魔人の頭に近づくネッド。気絶しているフリをしていた魔人は、おもむろに顔をあげ、破壊の光をネッドに浴びせようとした。だが何一つ慌てる事なく、彼は魔人の顔面に強力な蹴りを放つ。魔人はその巨体を宙に浮かせ、再び地面に激突した。

勝負は、完全に決した。

「もう、やめましょう」

ネッドが、冷徹に繰り返す。

「私は敗けない。絶対に敗けない。もしここで敗けてしまったら、この四十年は無駄になる。意味がなくなってしまう。

これで終わったら、私は父と同じ侘しい存在になってしまうではないか! 惨めに人生を終える事になってしまうではないか!」

憎悪の魔人は、膝まづき天を仰いだ。

「そんな事はありません。あなたの父親ガナレットさんは、惨めに死んだりなんてしていない」

ネッドが、魔人を見上げる。

「気休めを言うな。侯爵が全てを不問に付したのにも関わらず、それでも気を病んで死を選んだじゃないか。これ以上、惨めな最期があるものか!」

おぞましい姿の魔人が嗚咽をもらす。

「違います。多分……ですが、ガナレットさんは、全てを知っていたと思います。つまり、あなたがドラゼル少年を手にかけ、成り代わった事を」

「何?」

「だからガナレットさんは、あなたの代わりに罪を償ったんだ。全てをその胸にしまって、息子の幸せを願って」

ネッドの思わぬ言葉に、魔人は動揺した。

「嘘をつけ、どうしてそんな事が分かるんだ」

魔人は、ネッドを責める。

「ガナレットさんの遺書には、こう書いてあったそうです。

”息子の罪を知るにあたり、せめてもの償いをする。息子の魂が救われんことを切に祈る"

と……」

ネッドは、伯父に聞いた話を魔人に聞かせた。

「だから、私が侯爵の息子を守り切れず、精神崩壊に追いやった事を罪だと言って、死んだんだろう?」

魔人は、いやマリオンは、それまでずっと思っていた認識を持ち出して反論する。

「そこが違うんです。あなたは、勘違いをしている」

「何が勘違いか。その通りじゃないか」

マリオンが、食って掛かった。

「あなたはガナレットさんが、ドラゼルが精神を病んだのは、息子の責任だと認識していたから、それを苦に命を絶ったと言った。

それが、間違いなんです」

「そりゃ、どういう事だ、ネッド」

リュランが、口を挟む。

「精神崩壊の話は、最初、侯爵家側しか知らない事実だったんですよ。ドラゼルに化けたあなたを見つけた数人を除いてはね。一職人のガナレットさんが、それを知ってるわけがない。

伯父の話では、当時のゴワドン侯爵は自らのメンツを保つため、対外的には”息子は気丈に振る舞って、城へ帰って行った”と言っていたそうです。当然、ガナレットさんもそう思っていたはずです。

あなたは、その事を知らないでしょう?」

「……確かにメンツ第一の人だったから、さもありなんという所だな。

……あっ!」

マリオンは、ネッドが言わんとしている事に気が付いた。

「そうか。ガナレットはドラゼルが精神崩壊したなんて知らなかったんだから、命を絶つ理由がない……」

リュランが、ネッドの話を補足する。

「ま、まさか……」

マリオンの脳裏に、四十年前の記憶が甦った。

私が家にミミックの面と早駆けの靴を取りに行った時、玄関の方で物音がした。もしあれが、父さんだったとしたら……。私が走り去る姿を見ていたとしたら……。

当然、ミミックの面が、それも子供用の面が無くなっているのに気がついたろう……。そして……。

「わかったでしょう。あなたのお父さんは、責任感の強い立派な人だったって」

ネッドが、話を締めくくる。

これで奴が納得してくれたら……。リュランは、そうなる事を心から期待した。だが、それは虚しく打ち砕かれる。

「た、たとえそうだとしても、何も変わらない。あの惨めだった暮らしが変わるわけじゃない。父さんが憐れな機能付加職人のまま、寂しくこの世を去った事に変わりはない。

やはり、この国を変えなければならないんだ。私が英雄として、革命を成功させなければならないんだ」

その時、不自然に練り込まれた魂石が、マリオンの激情に過敏に反応した。

「な、なんだ?」

リュランは、魔人の体から異常な魔力が大量に放出されるのを見逃さなかった。


 
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