騎士をやめて機能付加職人になったけど、妹が厳しすぎて困ります 【第一部 ホントウ】

藻ノかたり

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切り札

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「おい、ゴワドン。余裕かましているみたいだがな。お前は、もう終わりだぞ。炎の魔人なしで何が出来る!」

吐き捨てるように、リュランが言った。

「ふう、詰めが甘いなぁ、ホーネット君。私が。このまま終わるとでも?」

この期に及んで、未だに余裕を見せるゴワドン侯爵。

「負け惜しみを!」

リュランはそのスピードを生かし、深紅の騎士に迫る。もちろんドッペルゲンガー・オブ・デスを使った分身つきの攻撃だ。重力の力を借りた剣を振りかざし、リュランはゴワドンを真正面に見据えてそれを振り降ろす。たとえ二振りの剣で受け止めたとしても、そのガードを撥ね退けてクリーンヒットする……はずだった。

リュランは、自らを襲った予想外の衝撃に困惑する。彼の剣は突然ガクンと停止をし、そこから全く動かなくなってしまったのだ。

なんだ?

彼は目の前で起こっている事が、すぐには理解出来なかった、しかし重力を乗せた自らの剣が、ゴワドンの剣一本に防がれ止まっている事実を認めぬわけにはいかない。

反射的に、後ろへ飛ぶリュラン。

バカな、そんなはずはない。さっきまで深紅の騎士は、この剣の威力を受け止められないでいたじゃないか。どうして急に……。

「はははっ……、切り札は最後まで取っておくものだよ、リュラン君。もっともこの教訓を、君が生かす事はもう無いだろうがね」

ゴワドンが、嘲笑する。

「リュラン、気をつけろ! 彼も既に……」

「ネッド君、やはり。君は殺すには惜しい人材だよ。もう気づいたのか」

ゴワドンがネッドを称賛したかと思うと、彼の周りに歪んだガラスのような膜がまとわり始めた。

「こ、これは、さっきのアスティと同じ……」

リュランの背中に、悪寒が走る。

「あなたも魂石を体に練り込んでいたのですね、ゴワドン卿」

旧友の隣に並び立ったネッドが言及した。

「じゃぁ、俺の剣を防いだのも……」

「あぁ、力を発現し始めた証拠さ」

考えてみれば、不思議でも何でもない事態である。策士としてだけではなく、自らも深紅の騎士として参戦するほどの強者なのだ。他の人間で実験済みの成果を、自らの肉体に施しているのはむしろ当然だと言えるだろう。

「来るぞ!」

ガラスのベールが少しずつ薄らいでいく。ネッドは、リュランに注意を促した。

果たしてそこに現れたのは、身長二メートルを超すサイクロプスであった。一つしかない巨大な目は殺戮に飢えたギラギラとした輝きを放ち、皮膚はくすんだ緑色をしている。体躯は炎の魔人より逞しく。いかにも絶大な筋力を誇るかのようだ。

「はは、どうだね、諸君。これが私の手に入れた力だよ」

威嚇するように、額に延びた太く大きい角をつき出す一つ目魔人。

「おい、こりゃちょっと、ヤバイんじゃないのか」

リュランはネッドの方へ首を向けたが、その目を見てゾッとした。友人が非業の死を遂げた直後だというのに、怒りに燃える瞳などではなく、むしろ氷の様につめたい眼差しをしていたからだ。

これは、ガドッツとボッゾルの兄弟と戦った時に見せたものと同じ眼差しだ。いつもの優しなど、微塵も感じさせない。

”あれ”が、始まったのか? どうする。いや、今はむしろ好都合かも知れない。

友の異変に気付くも、リュランはこの状況に乗る事にした。

「リュラン、最初から飛ばしていくぞ。様子を見ようなんて思うな」

いつよりぞんざいで、冷淡な声が響く。

「わかってるさ!」

リュランは、機先を制しようと分身と共に一つ目魔人めがけて駆け出した。出し惜しみをする状況でないのは、彼にもわかっている。諜報騎士としての勘が、炎の魔人以上に危険な奴だとささやいているからだ。

「おりゃぁ!」

分身たちに四方から攻撃させ、魔人がそれらを振り払っている隙を狙って、重力剣を思い切り敵の肩口に叩きつける。普通なら、全身鎧を身に着けた屈強な戦士でさえ、鎖骨はもちろんの事、あばらの中央付近まで砕いてしまう威力があった。

だが予想通りというべきか。魔人は苦痛などおくびにもださず、全く意に介さない表情だ。

「なめやがって」

リュランが体勢を立て直そうとした時、魔人の大きな目に、黄色い光が宿ったように見えた。

「逃げろ、リュラン!」

ネッドは、大声で叫んだ。
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