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友の死
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ガシッという強い衝撃が、ネッドの体に伝わった。だがそれは、持てる力の全てを注いだ一撃が、魔人の胸を貫いた音ではない。
ネッドは、死を覚悟せざるを得なかった。何故ならば、彼の繰り出した剣は、魔人の炎をまとった両手にしっかりと握られ、その体には全く触れていなかったからだ。そして刀身は僅かに溶け始めており、早くも剣の握り部分に急速に熱が伝わって来くる。ネッドは、最後の力を振り絞って剣を押し進めようとしたが、ビクともしない。
「ネッド!」
「勝負あったな」
リュランは絶望的なシーンを目の当たりにしても、なお友の元へ駆けつけようとするが、深紅の騎士がそれを許さなかった。
だがその時、異変が起こった。剣の切っ先が僅かに動き、魔人の胸に少しだけ突き刺さったのだ。
「最後のあがきか。無駄な事はやめたまえ、ネッド君」
勝ち誇ったゴワドンは、余裕のアドバイスを送る。だが剣は、ジリジリと確実に魔人の胸奥深くにめり込んでいった。
「ネッド、そのままいっちまえ!」
友の応援に、力を発揮するかと思われたネッドは、突然、剣を手放した。高熱が持ち手にまで伝わり、剣に触れていられなくなったのである。
「これで、本当に終わりだ!」
ゴワドンは、勇ましく勝利宣言をした。
「ちくしょうが!」
リュランの吐き捨てた言葉と共に、全てが終ると誰もが疑わなかった時、異変が起こった。剣はネッドの手を離れているにもかかわらず、ドンドン魔人の体を貫き続ける。
「アスティ……、君は!」
もう間違いない。炎の魔人は自らの意思で、その命を屠る剣を自身の体に迎え入れているのだ。魔人がいっそう力を込めると、やがて切っ先は背中から勢いよく飛び出した。
両ひざをつき、天を仰ぎ咆哮する炎の魔人。彼の全身を包んでいた炎は徐々に消え失せ、その巨体は、か細い青年の姿に返って行く。
「バカな、何をやっているんだ炎の魔人!」
ゴワドンの叫喚をよそに、ネッドが友の傍へと駆け寄った。地面に崩れ落ちた友を抱きかかえ、その名を呼ぶ。
「アスティ、なんで!」
「……ネッド、こうするしかなかった。僕はもう、自分をどうする事も出来なかったんだ……。
僕たち親子は、貧しいながらも幸せに暮らしていた……。でも理不尽な目にあって父さんや母さんが死んで、それでも世の中は僕に冷たくて……、悲しくて、悔しくて、腹立たしくて、それでも僕は何も出来なかった……」
アスティの体が、少しずつ光の粒に変換されて行く。
「だから、力が欲しかったんだ。誰にも幸せを邪魔されない力が欲しかった……。そんな時、ゴワドン侯爵が声をかけて来たんだよ。嬉しかった。僕みたいな取るに足らない小さな存在に、雲の上の人が優しくしてくれたんだ。そして、力をくれるという……。
一も二もなく従ったよ。これで、僕にも幸せが来るんだと思った。父さんも母さんも、天国で喜んでくれると思ったんだ」
「アスティ、もう話すな、これ以上は……」
だが、消えゆく魔石職人は話し続ける。
「だけど、あの戦士や魔法使いを屠っても、何も満足できなかった。むしろ自分が恐ろしくなった。僕が求めてきた力とは、こんなものだったのかって……。
僕は、どこで間違ったんだろう……。
……あぁ……、もう一度、君とミレッズオレンジのパイを食べたかったなぁ……」
友の声が、徐々に弱まっていく。
「なに言ってんだ。またすぐに食べられるさ。今度は君が、おごってくれよな。でも、いま君は凄く疲れてる。少し眠った方がいい。それから、またあの喫茶店に行こう」
泣き出したいのを必死にこらえ、ネッドは友に最後の言葉をかけた。
「そうか、そうだね。眠い、本当に眠いよ……。……次に目が覚めたら…………」
その言葉を最後に、まぶたを静かに閉じるアスティ。彼の目から一筋の涙がこぼれ落ちるが、それは魔人の残り火に触れすぐに消えた。
ネッドは友を抱きしめる。アスティは無数の光の粒となり霧散した。
「アスティ……!」
ネッドは、その場にうずくまる。
「……うむ。魂石を二つ投入しても、弱い心は克服出来なかったか……。それに光の粒子になって消えるとは、初めての現象だ。魔人研究も、まだまだ発展途上というところかな」
ゴワドンは、額に手を当てた。
「てっめぇ、ふざけんなっ!。あのアスティって奴は、お前が救いたい苦しんでいる庶民だろうが。それを……」
リュランの目が血走る。
「まぁ、そう興奮するな、ホーネット君。月並みな答えで甚だ遺憾だが、偉業を成し遂げるには犠牲はつきものだよ。彼も革命の礎となって、喜んでいるだろう」
ゴワドンの冷徹な分析が、ネッドの耳にも届いた。
《お前の友は死んだ。理不尽に殺された》
《あいつを殺せ。この世に微塵も跡形を残すな》
ネッドの中で、再び声が響く。
ネッドは、死を覚悟せざるを得なかった。何故ならば、彼の繰り出した剣は、魔人の炎をまとった両手にしっかりと握られ、その体には全く触れていなかったからだ。そして刀身は僅かに溶け始めており、早くも剣の握り部分に急速に熱が伝わって来くる。ネッドは、最後の力を振り絞って剣を押し進めようとしたが、ビクともしない。
「ネッド!」
「勝負あったな」
リュランは絶望的なシーンを目の当たりにしても、なお友の元へ駆けつけようとするが、深紅の騎士がそれを許さなかった。
だがその時、異変が起こった。剣の切っ先が僅かに動き、魔人の胸に少しだけ突き刺さったのだ。
「最後のあがきか。無駄な事はやめたまえ、ネッド君」
勝ち誇ったゴワドンは、余裕のアドバイスを送る。だが剣は、ジリジリと確実に魔人の胸奥深くにめり込んでいった。
「ネッド、そのままいっちまえ!」
友の応援に、力を発揮するかと思われたネッドは、突然、剣を手放した。高熱が持ち手にまで伝わり、剣に触れていられなくなったのである。
「これで、本当に終わりだ!」
ゴワドンは、勇ましく勝利宣言をした。
「ちくしょうが!」
リュランの吐き捨てた言葉と共に、全てが終ると誰もが疑わなかった時、異変が起こった。剣はネッドの手を離れているにもかかわらず、ドンドン魔人の体を貫き続ける。
「アスティ……、君は!」
もう間違いない。炎の魔人は自らの意思で、その命を屠る剣を自身の体に迎え入れているのだ。魔人がいっそう力を込めると、やがて切っ先は背中から勢いよく飛び出した。
両ひざをつき、天を仰ぎ咆哮する炎の魔人。彼の全身を包んでいた炎は徐々に消え失せ、その巨体は、か細い青年の姿に返って行く。
「バカな、何をやっているんだ炎の魔人!」
ゴワドンの叫喚をよそに、ネッドが友の傍へと駆け寄った。地面に崩れ落ちた友を抱きかかえ、その名を呼ぶ。
「アスティ、なんで!」
「……ネッド、こうするしかなかった。僕はもう、自分をどうする事も出来なかったんだ……。
僕たち親子は、貧しいながらも幸せに暮らしていた……。でも理不尽な目にあって父さんや母さんが死んで、それでも世の中は僕に冷たくて……、悲しくて、悔しくて、腹立たしくて、それでも僕は何も出来なかった……」
アスティの体が、少しずつ光の粒に変換されて行く。
「だから、力が欲しかったんだ。誰にも幸せを邪魔されない力が欲しかった……。そんな時、ゴワドン侯爵が声をかけて来たんだよ。嬉しかった。僕みたいな取るに足らない小さな存在に、雲の上の人が優しくしてくれたんだ。そして、力をくれるという……。
一も二もなく従ったよ。これで、僕にも幸せが来るんだと思った。父さんも母さんも、天国で喜んでくれると思ったんだ」
「アスティ、もう話すな、これ以上は……」
だが、消えゆく魔石職人は話し続ける。
「だけど、あの戦士や魔法使いを屠っても、何も満足できなかった。むしろ自分が恐ろしくなった。僕が求めてきた力とは、こんなものだったのかって……。
僕は、どこで間違ったんだろう……。
……あぁ……、もう一度、君とミレッズオレンジのパイを食べたかったなぁ……」
友の声が、徐々に弱まっていく。
「なに言ってんだ。またすぐに食べられるさ。今度は君が、おごってくれよな。でも、いま君は凄く疲れてる。少し眠った方がいい。それから、またあの喫茶店に行こう」
泣き出したいのを必死にこらえ、ネッドは友に最後の言葉をかけた。
「そうか、そうだね。眠い、本当に眠いよ……。……次に目が覚めたら…………」
その言葉を最後に、まぶたを静かに閉じるアスティ。彼の目から一筋の涙がこぼれ落ちるが、それは魔人の残り火に触れすぐに消えた。
ネッドは友を抱きしめる。アスティは無数の光の粒となり霧散した。
「アスティ……!」
ネッドは、その場にうずくまる。
「……うむ。魂石を二つ投入しても、弱い心は克服出来なかったか……。それに光の粒子になって消えるとは、初めての現象だ。魔人研究も、まだまだ発展途上というところかな」
ゴワドンは、額に手を当てた。
「てっめぇ、ふざけんなっ!。あのアスティって奴は、お前が救いたい苦しんでいる庶民だろうが。それを……」
リュランの目が血走る。
「まぁ、そう興奮するな、ホーネット君。月並みな答えで甚だ遺憾だが、偉業を成し遂げるには犠牲はつきものだよ。彼も革命の礎となって、喜んでいるだろう」
ゴワドンの冷徹な分析が、ネッドの耳にも届いた。
《お前の友は死んだ。理不尽に殺された》
《あいつを殺せ。この世に微塵も跡形を残すな》
ネッドの中で、再び声が響く。
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