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無様な兄
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「ネッド!」
リュランが、その名を思わず口にする。
「ネッド君! どうして君がここに? 妹君を見捨てたのかね!?」
ゴワドンは動揺した。思惑が全く外れたからである。
さて、ここで時間は少し遡り、シャミーが誘拐されたネッドの家へと巻き戻る。
妹が連れ去られ、混乱の極みに陥るネッド・ライザー。
ピンポーン。
その時、欝々とした空気が支配するリビングに玄関チャイムが鳴り響いた。
「シャミー!?」
ネッドは、飛ぶように玄関へと向かった。よく考えてみれば、鍵を持っているシャミーがチャイムを鳴らすはずがない。だが、心が揉みくちゃにされた状態のネッドには、その判断がつかなかった。
ノブを引きちぎるのではないかという勢いで、ネッドはドアを開く。
「あぁ、こんばんわネッド。……どうしたの? そんな怖い顔をして?」
玄関の前に立っていたのはメルだった。娘の成長を確信したギルドマスターは、彼女に全てを打ち明けた。そして、メタルゴーレム討伐の報酬としてライルたちが供託した”謎の戦士”の分け前を、ネッドに届けるようメルに命じたのである。先ほど、気まずい思いをして別れたネッドとの仲を取り持とうとする親心であった。
「あぁ、メル姉、メル姉か」
ネッドの顔から、僅かな希望が消え失せる。
幼い頃からネッドと付き合いのあるメルは、一瞬にして何事か重大な事態が起こっているのを察した。
「本当にどうしたの、何があったの?」
携えた報酬の袋をテーブルに置き、メルがネッドを問いただす。
「シャミーが、誘拐された」
「えっ!?」
心臓を誰かにギュッと掴まれたような、不愉快極まりない感覚を覚えながら、ネッドは力なく答えた。そして、驚きの色を隠せないメル。
「どうしよう……」
「どうしようって、助けに行くに決まってるでしょ!?」
脅迫状を読み終えたメルが、間髪入れずに怒鳴った。
「ダメだ。恐らく今、リュランが危機に晒されているんだ。奴が助けを求めている」
顔面蒼白となり、当惑の極みに達するネッド。
「リュラン? リュランって、王都側の若い奴? 何で?」
メルが聞き返した。アリシアはリュランを良く知っていたが、メルは彼がネッドの友人だとは知らなかったのだ。
「ネッドとリュランは、腐れ縁の悪友ですわ」
アリシアの代弁に、メルは大よその状況を把握する。
リュラン・ホーネットが、常にゴワドンの傍に張り付いていたのを、メルはよく目にしていた。あれは、付き従っているという感じではない。むしろ、監視をしているような趣さえあった。メルが父から聞いた話を鑑みれば、リュランという男とゴワドンの間の緊張状態を、彼女が想像するのに時間はかからなかった。
「どうしよう。僕は、どうしたらいいんだ。シャミーを助けに行ってたら、リュランの方へは間に合わないだろう。それじゃぁ、あいつが……」
ネッドの頭の中では、凄まじい勢いで堂々巡りが続いていた。
「状況を考えれば、連中があなたをリュランさんのところへ行かせないために、シャミーを誘拐したのは明らかじゃない。何を迷ってるのよ。ネッドは、リュランさんを助けに行くべきでしょ」
メルが、きっぱりと言い放つ。
「だけど、それじゃシャミーが、シャミーが!」
ネッドは、無様なほど取り乱した。
パン!
乾いた音が居間に響く。部屋は一瞬、静寂に包まれた。
「ちょっと! あなた、何ネッドをひっぱたいてるんですの!?」
驚いたアリシアが叫ぶ。
「しっかりしなさい、ネッド・ライザー! この前の晩の事があるから、私も偉そうな事は言えないけど、自分のすべき事を実行しなさい!」
叩かれた頬に手を当てるのも忘れ、ネッドは、ただ眼前のメルの顔を見つめた。
「でも、それじゃぁ、シャミーが、シャミーが……」
ネッドは、先ほどの言葉を繰り返す。
「あぁ、情けない! どうして私たちに、シャミーを助けに行ってくれって言えないのよ。そんなに、私たちを信用できないの? 頼りにならない?」
メルが、本気で激高した。
彼女の剣幕を目の当たりにしたアリシアの胸がズキンと痛む。まるで小さな針を心臓に打ち込まれたようだった。
”負けた”
それが、アリシアの心が発した第一声だった。この女は余計な事は何も考えず、まずリュランとシャミーの命を心配している。
自分は、どうだろう?
ネッドが命じればシャミーを助けに行ったかも知れないが、自分から言い出すなんて思ってもみなかったではないか。しかも彼女は”私たち”と言った。自分だけが、ネッドの歓心を買おうなんて考えちゃいない。
ネッドの心をつかむには、戦いでこの女に勝つだけじゃだめだ。心でも勝たなくてはだめだ。
シャミーは、ライバルとの差を思い知る。
「そうですわ。私はあなたの使い魔よ。何処へでも行きますわ」
遅ればせながらアリシアも助力を申し出た。
リュランが、その名を思わず口にする。
「ネッド君! どうして君がここに? 妹君を見捨てたのかね!?」
ゴワドンは動揺した。思惑が全く外れたからである。
さて、ここで時間は少し遡り、シャミーが誘拐されたネッドの家へと巻き戻る。
妹が連れ去られ、混乱の極みに陥るネッド・ライザー。
ピンポーン。
その時、欝々とした空気が支配するリビングに玄関チャイムが鳴り響いた。
「シャミー!?」
ネッドは、飛ぶように玄関へと向かった。よく考えてみれば、鍵を持っているシャミーがチャイムを鳴らすはずがない。だが、心が揉みくちゃにされた状態のネッドには、その判断がつかなかった。
ノブを引きちぎるのではないかという勢いで、ネッドはドアを開く。
「あぁ、こんばんわネッド。……どうしたの? そんな怖い顔をして?」
玄関の前に立っていたのはメルだった。娘の成長を確信したギルドマスターは、彼女に全てを打ち明けた。そして、メタルゴーレム討伐の報酬としてライルたちが供託した”謎の戦士”の分け前を、ネッドに届けるようメルに命じたのである。先ほど、気まずい思いをして別れたネッドとの仲を取り持とうとする親心であった。
「あぁ、メル姉、メル姉か」
ネッドの顔から、僅かな希望が消え失せる。
幼い頃からネッドと付き合いのあるメルは、一瞬にして何事か重大な事態が起こっているのを察した。
「本当にどうしたの、何があったの?」
携えた報酬の袋をテーブルに置き、メルがネッドを問いただす。
「シャミーが、誘拐された」
「えっ!?」
心臓を誰かにギュッと掴まれたような、不愉快極まりない感覚を覚えながら、ネッドは力なく答えた。そして、驚きの色を隠せないメル。
「どうしよう……」
「どうしようって、助けに行くに決まってるでしょ!?」
脅迫状を読み終えたメルが、間髪入れずに怒鳴った。
「ダメだ。恐らく今、リュランが危機に晒されているんだ。奴が助けを求めている」
顔面蒼白となり、当惑の極みに達するネッド。
「リュラン? リュランって、王都側の若い奴? 何で?」
メルが聞き返した。アリシアはリュランを良く知っていたが、メルは彼がネッドの友人だとは知らなかったのだ。
「ネッドとリュランは、腐れ縁の悪友ですわ」
アリシアの代弁に、メルは大よその状況を把握する。
リュラン・ホーネットが、常にゴワドンの傍に張り付いていたのを、メルはよく目にしていた。あれは、付き従っているという感じではない。むしろ、監視をしているような趣さえあった。メルが父から聞いた話を鑑みれば、リュランという男とゴワドンの間の緊張状態を、彼女が想像するのに時間はかからなかった。
「どうしよう。僕は、どうしたらいいんだ。シャミーを助けに行ってたら、リュランの方へは間に合わないだろう。それじゃぁ、あいつが……」
ネッドの頭の中では、凄まじい勢いで堂々巡りが続いていた。
「状況を考えれば、連中があなたをリュランさんのところへ行かせないために、シャミーを誘拐したのは明らかじゃない。何を迷ってるのよ。ネッドは、リュランさんを助けに行くべきでしょ」
メルが、きっぱりと言い放つ。
「だけど、それじゃシャミーが、シャミーが!」
ネッドは、無様なほど取り乱した。
パン!
乾いた音が居間に響く。部屋は一瞬、静寂に包まれた。
「ちょっと! あなた、何ネッドをひっぱたいてるんですの!?」
驚いたアリシアが叫ぶ。
「しっかりしなさい、ネッド・ライザー! この前の晩の事があるから、私も偉そうな事は言えないけど、自分のすべき事を実行しなさい!」
叩かれた頬に手を当てるのも忘れ、ネッドは、ただ眼前のメルの顔を見つめた。
「でも、それじゃぁ、シャミーが、シャミーが……」
ネッドは、先ほどの言葉を繰り返す。
「あぁ、情けない! どうして私たちに、シャミーを助けに行ってくれって言えないのよ。そんなに、私たちを信用できないの? 頼りにならない?」
メルが、本気で激高した。
彼女の剣幕を目の当たりにしたアリシアの胸がズキンと痛む。まるで小さな針を心臓に打ち込まれたようだった。
”負けた”
それが、アリシアの心が発した第一声だった。この女は余計な事は何も考えず、まずリュランとシャミーの命を心配している。
自分は、どうだろう?
ネッドが命じればシャミーを助けに行ったかも知れないが、自分から言い出すなんて思ってもみなかったではないか。しかも彼女は”私たち”と言った。自分だけが、ネッドの歓心を買おうなんて考えちゃいない。
ネッドの心をつかむには、戦いでこの女に勝つだけじゃだめだ。心でも勝たなくてはだめだ。
シャミーは、ライバルとの差を思い知る。
「そうですわ。私はあなたの使い魔よ。何処へでも行きますわ」
遅ればせながらアリシアも助力を申し出た。
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