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邂逅

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その頃、ネッドの家で何が起こっているか知る由もないリュランは、ゴワドン卿に指定された森の奥へ到着しようとしていた。一人で来いと言われたが、そんなものをバカ正直に守る気はサラサラない。彼は、数名の部下をつかず離れずの距離で後を追わせていた。

俺を呼び出したからには、奴も勝負をかけてきたという事か。つまり俺の考えは、かなり核心をついているわけだ。さて、どんな手を使って来るやら。

勿論、リュランは罠の可能性も考えたが、ここは一番、それに乗ってやる腹積もりを決めたのだ。もし誘いを断れば、完全に奴は逃げ延びてしまうだろう。探索終了の折の、鮮やかな手並みを見ればわかる。

魔人や深紅の騎士の話は気になるが、奴らの”性能”は、ネッドに聞いて分かっている。いざとなれば、逃げればいいさ。あいつが間に合えば、協力して連中を捕縛する事だって出来るかもな。リュランは、久しぶりにネッドと一緒に戦えるかも知れないという高揚感に満たされる。

「さてと、ここら辺のはずだが……」

目的の場所へたどり着いたリュランは、辺りを見回した。

「ゴワドン閣下、お召しによりリュラン・ホーネット参上いたしました」

誰もいない森に、諜報騎士の声がこだまする。それに驚いた森の動物たちであろうか、茂みのあちこちでガサガサと草を揺らす物音が聞こえた。

陽動作戦にでも引っ掛ったかな。リュランは、ふと考える。だが自分をおびき寄せておいて、その間に何かをする理由がわからない。……考えすぎか。

リュランの思索が正しい事は、すぐに証明された。

「はるばるご苦労。夜分にすまないね」

暗闇の奥からゴワドンの声が聞こえ、その顔が月明かりに、すぅーっと照らし出される。周りに、供の者は見当たらない。

「閣下。こんなところで、一体何をなさろうというのでしょうか」

流石に、いきなり”お前が首謀者だろ”などと問いただす事も出来ず、表面的な礼節をもって対応するリュラン。

「なぁ、ホーネット君。君は、この国についてどう思うかね」

ゴワドンは、いきなり尋ねて来た。

「そうですね。自由と秩序に満たされた素晴らしい国だと思います」

リュランは、教科書通りの回答をする。敵の狙いがハッキリしない以上、致し方のない対応だ。

「本当にそう思うかね? 確かに表面上はそう見えるかも知れないが、一歩、街の裏手に入れば貧困、差別、格差……、あらゆる不幸のるつぼに満ち満ちているよ」

穏やかな口調であるが、ゴワドンはリュランの目を厳しく見つめた。

「そりゃあ、不幸が全くない国なんかありませんよ。我が国は、相当マシな方だと思いますが……」

「それは貴族や大商人からみた世界だろう。苦しんでいる人達から見れば、他人事の評論だ!」

ゴワドンはリュランを遮り、強い口調でまくしたてが、すぐにいつもの笑みを浮かべた穏やかな表情に戻る。

「だから、この国を根本から変えなければならないと?」

リュランは、核心に触れた。

ゴワドンが、俺をはじめとする諜報省の監視をすり抜けるため、様々な画策をした事は分かっている。つまりは、後ろ暗い何かがあるって事だ。その上で俺を呼び出したのだから、このまま取り留めのない会話を続けるのは意味がない。リュランの率直な性格が滲み出る。

「そうだ、その通り。いや、すまない。君ほど優秀な者ならば、私がこんな場所に呼び出した時点で、全てを察しているのだろう。だが、いきなりこちらの用を切り出すのも品がないと思ってね」

ゴワドンの顔から笑みが消えた。

「それは、反乱を画策しているとお認めになるという事でよろしいか?」

リュランの目に緊張が走る。

「やはり気づいていたか。いや、我が国の諜報省は本当に並外れているねぇ。そこで相談なんだがホーネット君。この国の為に、もう暫く目をつむっていてもらえないだろうか」

手を広げ、少しおどけたそぶりを見せるゴワドン。

「出来るわけないでしょう。反乱が起こって、一番被害を受けるのは立場の弱い人達だ。貴族のあなたには、それがわからんのでしょうね」

辺りが不穏な空気で満ちて行く。

「君だって、貴族じゃないか。弱い者たちの本当の苦しみなぞ分かるまい」

「あなたには、わかるのか!? とにかく、今のは反乱を企てた自白とみなします。おとなしく私と一緒に来て下さい」

「私が素直に従うとでも?」

……だろうな。当たり前の返答にリュランは苦笑した。
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