騎士をやめて機能付加職人になったけど、妹が厳しすぎて困ります 【第一部 ホントウ】

藻ノかたり

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伝令

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メルの抗議にも、ガントは押し黙ったままだ。それは、メルの言っている事が正論だからである。

だが彼女の具申を、受け入れるわけには行かない。受け入れてしまえば、それは領主に対し、いやひいては国家に対して公然と弓を引く行為になりかねないからだ。

「もう、いいわ!」

いつまでも口を開かない父親に業を煮やしたメルは、やって来た方向へと廊下を歩いて行った。

「メル姉!」

去って行くメルを呼び止めるように、ネッドが叫ぶ。

「伯父さん!」

今度はギルマスの方を振り返るネッド。

「大丈夫だ、ネッド。あいつも、心の中ではわかっているんだろう。だが、あの気性だ。感情をどこかへぶつけなければ、やりきれないんだろうよ」

ガントはため息をつく。そして微笑んだ。

「伯父さん?」

ガントの思わぬ表情に、ネッドは不審な顔をする。

「ネッド、私は嬉しいんだよ。メルは、あれだけ嫌っていたガドッツを”仲間”と呼んだ。そして怒りをあらわにした。

なぁ、ネッド。ギルマスにとって一番重要な資質ってわかるかい? それはな、好き嫌いはあっても冒険者を皆、自分の仲間だと思える事なんだと私は考えている。それは冒険者たちの命を預かる者として、とても大切な事なんだ。

あいつの心の中にも、その灯火があるとわかった。メルは将来、必ず優れたギルマスになれる。私は、そう思うんだ。

親バカかな……?」

恐らく数日後には、ギルマス職の引退を発表するだろう伯父を、ネッドは黙って見ているしかなかった。彼はガントが自室に入るのを見届け、早々にギルド館を後にする。

明日からは、またいつもの日常が始まるのだろう。いや、そんな日々を送れるのか僕に……。空には既に月が昇っていたが、そこに掛かる雲はネッドの心を映しているかのようだった。

欝々として家路を辿るネッド。頭の中には、様々なものが渦巻いている。だが後の方から、何か音がしてくるのをぼんやりと感じた。

「……ドさーん、待って下さい。ネッドさーん!」

何だろう。呼ばれている? ネッドが振り返ると、月明かりの中、誰かが彼の名を呼び走ってくるのが見えた。 聞き覚えのある声だけど……。足を止めた彼の元に、一人の男が駆け寄って来た。

「あぁ、良かった。追いついた」

男は大急ぎで走って来たのか、膝に手を当て中腰になり、ゼイゼイと肩で息をしている。

「呼び止めて、すいません。リュラン・ホーネットからの伝言です」

あぁ、そうか。彼はリュラン配下の諜報部員だ。王宮に居た頃、何度かリュランと話しているのを見たっけな。男はネッドに紙片を渡すと、丁寧に挨拶をして、もと来た道を走って行った。

なんだろう、あいつが伝言なんて。何故、自分でやって来ないんだろうか。ネッドは訝しみながらも、渡されたメモのような物を月明かりに晒した。

「う~ん、良く見えないなぁ」

メモには、余り上手くはない文字で短い文章が書いてあったが、さすがに月明かりだけで確認するには無理がある。彼はポケットら携帯用の明かりを取り出した。以前、何度も夜間の外出で痛い目を見た教訓から、小型の物を持ち歩く習慣がついていたのである。

《ゴワドンに呼び出しを受けた。大事な話があるから、一人で来てくれとの事。場所は……》

ネッドは一瞬、心臓が止まりそうな衝撃を受けた。短い文章である。だが、そこにはリュランの迷いと助力を乞う意思がありありと見て取れた。助けに来てくれなんて、一言も書いてはいない。だがこれは彼一流の気持ちの伝え方で”あくまで自分で考えて行動しろ”とのメッセージが込められているのをネッドは知っていた。

リュランが助力を求めるなんて、只事じゃない。そもそも人にものを頼む事自体、あいつにとっては屈辱なんだ。それが……。

「ちくしょう、今は何も持っていない」

祝賀会に出るだけの目的でギルド館に赴いたネッドは、護身用の小型ナイフしか持っていない。こんなもので、深紅の騎士や炎の魔人に対抗できるわけがない。深紅の騎士が出来損ないと言った、虫の魔人にすら後れを取るだろう。
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