騎士をやめて機能付加職人になったけど、妹が厳しすぎて困ります 【第一部 ホントウ】

藻ノかたり

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アスティの店

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「誰? お客さんなら申し訳ないけど、暫く休業中です」

確かにアスティの、ただかなり弱々しい声がドアの向こうから聞こえて来た。やはり、具合が悪いのだろうか。

「僕だよ、ネッド。ずっと会っていなかったから、心配になって来てみたんだ。大丈夫かい?」

ガドッツたちの件はもちろん、先日訪ねて来た話も持ち出さない。何が彼の気を悪くするかわからないからだ。

「えっ? ネッド? いや、何でもないよ、大した事ない。そう言えば最近、会っていなかったね。ちょっと隣町まで商売に出かけた時に、風邪をうつされたみたいで、寝込んでいたんだ」

アスティが、少し驚いたように応えた。

「風邪? そりゃ、大丈夫かい?」

差しさわりのない受け答えをするネッド。

「あ、あぁ、大丈夫だよ。ただ、今も余り快適とは言えないけどね」

ドア越しのせいか、アスティの声はくぐもっていた。

「具合の悪い時に、尋ねて来てごめん。お大事にね。今日は、これで帰るよ」

「あぁ、そういえばリルゴットの森で大規模な探索が行われてるって……、君も、それに参加するのかい?」

アスティが意外な話を持ち出した。ネッドの心が少し揺れる。

「うん。シャミーが賞金、賞金ってうるさいんだ。貧乏暇なしってところさ」

扉の向こうで、アスティがククっと笑った。ネッドも思わず一緒に笑った。

「じゃあ、今日はこれで失礼するよ。本当にお大事にね。元気になったら、またミレッズオレンジのパイを食べに、あの喫茶店へ行こう」

ネッドが、別れの挨拶をする。

「そうだね。楽しみにしているよ、本当に……」

心なしか、アスティが寂しげな様子で応えた気がした。

ネッドは踵を返し、先ほど通った門扉に再び手をかける。ネッドは心の表面が鉛で覆われているような、重く、締め付けられるような気持になった。

”ドアを開けてくれないか”

ネッドは、さっき何度も言おうとした言葉を心の中で繰り返す。彼にはそれを言う勇気がなかった。

ネッドはその足でギルド館を訪れ、二日目探索の手続きをする。辺りを見回すが、メルの姿はどこにも見えない。ネッドは昨晩の事が気にかかったが、今は伯父の為に全力を尽くすしかないと決意を新たにする。

二日目の探索は、ギルド館で確認をした後に、各々がリルゴットの森へと入る事になっていた。昨日と違って参加者が一堂に会するわけではない。冒険者がパラパラと目的地へ向かう中、ネッドも彼らに交じって、災い渦巻く森へと入って行った。

ギルド館でもらったプリントには、早速、前の日の探索結果が記されている。昨日の今日で、良くこれだけの資料が作れたものだとネッドは感心した。少しでも冒険者の安全を守ろうとするギルドマスターの願いが、一枚の紙から滲み出ているのを感じずにはいられない。

ネッドは昨日と同じように人気のない茂みに入り、自分が活躍する様を他人に気づかれない対策をとった。今日の探索では、多くの冒険者が森の奥まで分け入ってくるだろう。

この対策を怠るわけには行かない。普段は機能付加職人をしている低ランクの冒険者が、八面六臂の活躍をしているところを見られては都合が悪いのだ。今の穏やかでつつましい生活が、保てなくなる恐れがあるからである。

ネッドは取りあえず、昨日繰り広げられた死闘の場所へと赴く事にした。そもそも魔石から放出される魔力残差を追っている時に、炎の魔人と出会ったのだ。あのルートの先には、必ず何かあるに違いない。

ネッドの頭の中には様々な思いが交錯していたが、今は深く考えず、森の中で起こっている”何か”の正体を暴く事に全力を尽くそうと早駆けの靴に力を込める

だが今日は昨日のように、ネッドは思い通りには先を急げなかった。冒険者たちが森の比較的奥の方まで入ろうとして、ネッドの進路を塞いでいたからである。もちろん対策をしている以上、彼らに見つかってもどうという事はないのだが、それでもなるべく行動は隠密裏にしたい。

ネッドは手間をかけ、人がいれば迂回をしながら、前日の現場へと急ぐ。

「こりゃあ、昨日みたいにはいかないぞ」

ネッドの頭の中に、悪い予感が幾つも芽をふき出していた。
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