92 / 153
アスティの店
しおりを挟む
「誰? お客さんなら申し訳ないけど、暫く休業中です」
確かにアスティの、ただかなり弱々しい声がドアの向こうから聞こえて来た。やはり、具合が悪いのだろうか。
「僕だよ、ネッド。ずっと会っていなかったから、心配になって来てみたんだ。大丈夫かい?」
ガドッツたちの件はもちろん、先日訪ねて来た話も持ち出さない。何が彼の気を悪くするかわからないからだ。
「えっ? ネッド? いや、何でもないよ、大した事ない。そう言えば最近、会っていなかったね。ちょっと隣町まで商売に出かけた時に、風邪をうつされたみたいで、寝込んでいたんだ」
アスティが、少し驚いたように応えた。
「風邪? そりゃ、大丈夫かい?」
差しさわりのない受け答えをするネッド。
「あ、あぁ、大丈夫だよ。ただ、今も余り快適とは言えないけどね」
ドア越しのせいか、アスティの声はくぐもっていた。
「具合の悪い時に、尋ねて来てごめん。お大事にね。今日は、これで帰るよ」
「あぁ、そういえばリルゴットの森で大規模な探索が行われてるって……、君も、それに参加するのかい?」
アスティが意外な話を持ち出した。ネッドの心が少し揺れる。
「うん。シャミーが賞金、賞金ってうるさいんだ。貧乏暇なしってところさ」
扉の向こうで、アスティがククっと笑った。ネッドも思わず一緒に笑った。
「じゃあ、今日はこれで失礼するよ。本当にお大事にね。元気になったら、またミレッズオレンジのパイを食べに、あの喫茶店へ行こう」
ネッドが、別れの挨拶をする。
「そうだね。楽しみにしているよ、本当に……」
心なしか、アスティが寂しげな様子で応えた気がした。
ネッドは踵を返し、先ほど通った門扉に再び手をかける。ネッドは心の表面が鉛で覆われているような、重く、締め付けられるような気持になった。
”ドアを開けてくれないか”
ネッドは、さっき何度も言おうとした言葉を心の中で繰り返す。彼にはそれを言う勇気がなかった。
ネッドはその足でギルド館を訪れ、二日目探索の手続きをする。辺りを見回すが、メルの姿はどこにも見えない。ネッドは昨晩の事が気にかかったが、今は伯父の為に全力を尽くすしかないと決意を新たにする。
二日目の探索は、ギルド館で確認をした後に、各々がリルゴットの森へと入る事になっていた。昨日と違って参加者が一堂に会するわけではない。冒険者がパラパラと目的地へ向かう中、ネッドも彼らに交じって、災い渦巻く森へと入って行った。
ギルド館でもらったプリントには、早速、前の日の探索結果が記されている。昨日の今日で、良くこれだけの資料が作れたものだとネッドは感心した。少しでも冒険者の安全を守ろうとするギルドマスターの願いが、一枚の紙から滲み出ているのを感じずにはいられない。
ネッドは昨日と同じように人気のない茂みに入り、自分が活躍する様を他人に気づかれない対策をとった。今日の探索では、多くの冒険者が森の奥まで分け入ってくるだろう。
この対策を怠るわけには行かない。普段は機能付加職人をしている低ランクの冒険者が、八面六臂の活躍をしているところを見られては都合が悪いのだ。今の穏やかでつつましい生活が、保てなくなる恐れがあるからである。
ネッドは取りあえず、昨日繰り広げられた死闘の場所へと赴く事にした。そもそも魔石から放出される魔力残差を追っている時に、炎の魔人と出会ったのだ。あのルートの先には、必ず何かあるに違いない。
ネッドの頭の中には様々な思いが交錯していたが、今は深く考えず、森の中で起こっている”何か”の正体を暴く事に全力を尽くそうと早駆けの靴に力を込める
だが今日は昨日のように、ネッドは思い通りには先を急げなかった。冒険者たちが森の比較的奥の方まで入ろうとして、ネッドの進路を塞いでいたからである。もちろん対策をしている以上、彼らに見つかってもどうという事はないのだが、それでもなるべく行動は隠密裏にしたい。
ネッドは手間をかけ、人がいれば迂回をしながら、前日の現場へと急ぐ。
「こりゃあ、昨日みたいにはいかないぞ」
ネッドの頭の中に、悪い予感が幾つも芽をふき出していた。
確かにアスティの、ただかなり弱々しい声がドアの向こうから聞こえて来た。やはり、具合が悪いのだろうか。
「僕だよ、ネッド。ずっと会っていなかったから、心配になって来てみたんだ。大丈夫かい?」
ガドッツたちの件はもちろん、先日訪ねて来た話も持ち出さない。何が彼の気を悪くするかわからないからだ。
「えっ? ネッド? いや、何でもないよ、大した事ない。そう言えば最近、会っていなかったね。ちょっと隣町まで商売に出かけた時に、風邪をうつされたみたいで、寝込んでいたんだ」
アスティが、少し驚いたように応えた。
「風邪? そりゃ、大丈夫かい?」
差しさわりのない受け答えをするネッド。
「あ、あぁ、大丈夫だよ。ただ、今も余り快適とは言えないけどね」
ドア越しのせいか、アスティの声はくぐもっていた。
「具合の悪い時に、尋ねて来てごめん。お大事にね。今日は、これで帰るよ」
「あぁ、そういえばリルゴットの森で大規模な探索が行われてるって……、君も、それに参加するのかい?」
アスティが意外な話を持ち出した。ネッドの心が少し揺れる。
「うん。シャミーが賞金、賞金ってうるさいんだ。貧乏暇なしってところさ」
扉の向こうで、アスティがククっと笑った。ネッドも思わず一緒に笑った。
「じゃあ、今日はこれで失礼するよ。本当にお大事にね。元気になったら、またミレッズオレンジのパイを食べに、あの喫茶店へ行こう」
ネッドが、別れの挨拶をする。
「そうだね。楽しみにしているよ、本当に……」
心なしか、アスティが寂しげな様子で応えた気がした。
ネッドは踵を返し、先ほど通った門扉に再び手をかける。ネッドは心の表面が鉛で覆われているような、重く、締め付けられるような気持になった。
”ドアを開けてくれないか”
ネッドは、さっき何度も言おうとした言葉を心の中で繰り返す。彼にはそれを言う勇気がなかった。
ネッドはその足でギルド館を訪れ、二日目探索の手続きをする。辺りを見回すが、メルの姿はどこにも見えない。ネッドは昨晩の事が気にかかったが、今は伯父の為に全力を尽くすしかないと決意を新たにする。
二日目の探索は、ギルド館で確認をした後に、各々がリルゴットの森へと入る事になっていた。昨日と違って参加者が一堂に会するわけではない。冒険者がパラパラと目的地へ向かう中、ネッドも彼らに交じって、災い渦巻く森へと入って行った。
ギルド館でもらったプリントには、早速、前の日の探索結果が記されている。昨日の今日で、良くこれだけの資料が作れたものだとネッドは感心した。少しでも冒険者の安全を守ろうとするギルドマスターの願いが、一枚の紙から滲み出ているのを感じずにはいられない。
ネッドは昨日と同じように人気のない茂みに入り、自分が活躍する様を他人に気づかれない対策をとった。今日の探索では、多くの冒険者が森の奥まで分け入ってくるだろう。
この対策を怠るわけには行かない。普段は機能付加職人をしている低ランクの冒険者が、八面六臂の活躍をしているところを見られては都合が悪いのだ。今の穏やかでつつましい生活が、保てなくなる恐れがあるからである。
ネッドは取りあえず、昨日繰り広げられた死闘の場所へと赴く事にした。そもそも魔石から放出される魔力残差を追っている時に、炎の魔人と出会ったのだ。あのルートの先には、必ず何かあるに違いない。
ネッドの頭の中には様々な思いが交錯していたが、今は深く考えず、森の中で起こっている”何か”の正体を暴く事に全力を尽くそうと早駆けの靴に力を込める
だが今日は昨日のように、ネッドは思い通りには先を急げなかった。冒険者たちが森の比較的奥の方まで入ろうとして、ネッドの進路を塞いでいたからである。もちろん対策をしている以上、彼らに見つかってもどうという事はないのだが、それでもなるべく行動は隠密裏にしたい。
ネッドは手間をかけ、人がいれば迂回をしながら、前日の現場へと急ぐ。
「こりゃあ、昨日みたいにはいかないぞ」
ネッドの頭の中に、悪い予感が幾つも芽をふき出していた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)
屯神 焔
ファンタジー
魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』
この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。
そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。
それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。
しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。
正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。
そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。
スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。
迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。
父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。
一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。
そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。
毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。
そんなある日。
『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』
「・・・・・・え?」
祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。
「祠が消えた?」
彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。
「ま、いっか。」
この日から、彼の生活は一変する。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる