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逃走
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最初は倒れたまま足を押さえ苦しんでいた炎の魔人だったが、すぐに片膝を立てネッドの方を見据え唸っている。
来るなら来てみろとばかりに、威嚇しているようだ。だが、明らかにその表情は苦悶に満ちていて、致命傷ではないものの、かなりの重症である事は間違いないところだろう。
ネッドは迷う。このまま奴に攻撃を仕掛ければ”勝てる”かも知れない。そしてこのまま見逃せば、いつか傷の癒えた奴は、今よりも恐ろしい敵に変貌するに違いない。ならば、倒す機会は今をおいて他にない。
……でも!
ネッドの心の奥で、何かが彼を引き留める。
そうこうしている内に火トカゲもどきは何とか立ち上がり、中途半端な焚火のように、体のあちこちから貧相な炎を吹き上げた。せめてもの牽制なのだろう。
そうだ、生け捕り。生け捕りには出来ないか? ネッドは、ふとそう思いつく。
無理に倒す必要はない。生け捕りにして無力化すれば、色々な事が分かるだろう。それが一番得策なのではないだろうか。奴が炎をまともに出せな今ならば、氷の盾を押し付けて、凍らせ動きを封じる事だって出来るかも知れない。
ネッドは盾を前面に押し出して、手負いの魔人ににじり寄った。その時である。敵は雄叫びをあげると、体中から凄まじい炎を吹き上げた。
「なっ……! 罠だったのか!?」
相手は既に全身に炎をまとえないとタカをくくっていたネッドは、驚きすぐさま急いで後ずさりをした。奴に速度は出せないが、こちらの背中という格好の的を敵前に晒して逃げるなど出来るはずもない。
ネッドと魔人の距離が十五メートルも離れたろうか。またもや炎の魔人は予想外の行動をとった。全身の炎を引っ込めて、踵を返し森の奥へ逃げようとしたのである。再び意表を突かれたネッドは困惑した。
ちくしょう。はめられた!
炎の魔人は形勢不利と悟り、逃走の機会を伺っていたに違いない。そしてネッドの迷いが、敵の作戦を有利に導いたのであった。
急いで逃走者と化した魔人を追うネッド。だが、すぐさま追いつくというものでもない。何せ魔人の速さは人間のそれを大きく上回っており、片足を引きずっての逃避行とはいえ、並の人間よりずっと速いのは当然だ。
ネッドは、自分の判断の甘さを痛感した。しかし今は後悔している時ではない。とにもかくにも奴に追いつき、何とかしなくてならない。その”何とか”とは何なのかを、具体的に描けぬまま、ネッドは怪物を追い続けようとした。
だがここで、ネッドにとって痛恨の出来事が起きる。早駆けのアーマーブーツが魔力の限界を迎えたのだ。その効果は失われ、凡庸な靴と化したブーツを口惜しく見やるネッド。
だだ、奴を追うのを諦めるわけには行かない。彼は、自分自身の脚力のみを頼りに炎の魔人を追った。
いつ終わるともわからぬ逃走劇と思われたものの、さしもの炎の魔人も受けた傷の深さは軽からず、その速度も少しずつ衰えを見せている。これならば、ネッドが追いつくのも時間の問題だ。
「とにかく奴を、捕まえるか倒すかしなければ……!」
炎の魔人へ刻一刻と迫るネッドは、心に固くそう言い聞かせる。
逃走者のスピードが一段と落ち始め、追跡者の勝利が確実だと思われたその時、更なる異変が起きた。炎の魔人が逃げ込もうとしていた茂みの向こうから、凄まじい電撃が突然ネッドめがけて飛んできたのだ。
予想もしなかった攻撃に何とか対応しようと、ネッドは体をひねりながら、障害物になりそうな木々が生い茂る場所へと飛び込んでいく。
幾重にも枝分かれした電撃が地面や樹木を激しく打ち鳴らす。土や幹は、真っ黒に焦げて煙を上げた。
「何だ。何の電撃だ? 奴の仲間が助けに来たのか?」
太い樹木の幹の陰に隠れたネッドが叫ぶ。
そうだとしたら、これはかなり危うい状況だとネッドは思った。炎の魔人との戦いで体力をかなり消耗し、手持ちの武器も十分ではない。
ましてやこれほどの電撃使い、魔物か魔法使いかは分からないが、今のネッドにとって、かなり荷が重い敵である事は間違いない。ネッドは、その場に潜むという選択肢を選ぶしかなかった。
一分が過ぎ、二分が過ぎ、やがて五分が過ぎた。二発目の電撃は襲って来ない。どうやら敵は去って行ったようだ。しかしそれは、炎魔人を逃した事を意味している。
「逃げられてしまったのか……。それとも、いつぞやの晩のように”見逃してもらった”のか……」
一帯に立ちこめていた霧は既に晴れ渡り、そこにはいつもと変わらぬ森が、ただ静かに広がっていた。
来るなら来てみろとばかりに、威嚇しているようだ。だが、明らかにその表情は苦悶に満ちていて、致命傷ではないものの、かなりの重症である事は間違いないところだろう。
ネッドは迷う。このまま奴に攻撃を仕掛ければ”勝てる”かも知れない。そしてこのまま見逃せば、いつか傷の癒えた奴は、今よりも恐ろしい敵に変貌するに違いない。ならば、倒す機会は今をおいて他にない。
……でも!
ネッドの心の奥で、何かが彼を引き留める。
そうこうしている内に火トカゲもどきは何とか立ち上がり、中途半端な焚火のように、体のあちこちから貧相な炎を吹き上げた。せめてもの牽制なのだろう。
そうだ、生け捕り。生け捕りには出来ないか? ネッドは、ふとそう思いつく。
無理に倒す必要はない。生け捕りにして無力化すれば、色々な事が分かるだろう。それが一番得策なのではないだろうか。奴が炎をまともに出せな今ならば、氷の盾を押し付けて、凍らせ動きを封じる事だって出来るかも知れない。
ネッドは盾を前面に押し出して、手負いの魔人ににじり寄った。その時である。敵は雄叫びをあげると、体中から凄まじい炎を吹き上げた。
「なっ……! 罠だったのか!?」
相手は既に全身に炎をまとえないとタカをくくっていたネッドは、驚きすぐさま急いで後ずさりをした。奴に速度は出せないが、こちらの背中という格好の的を敵前に晒して逃げるなど出来るはずもない。
ネッドと魔人の距離が十五メートルも離れたろうか。またもや炎の魔人は予想外の行動をとった。全身の炎を引っ込めて、踵を返し森の奥へ逃げようとしたのである。再び意表を突かれたネッドは困惑した。
ちくしょう。はめられた!
炎の魔人は形勢不利と悟り、逃走の機会を伺っていたに違いない。そしてネッドの迷いが、敵の作戦を有利に導いたのであった。
急いで逃走者と化した魔人を追うネッド。だが、すぐさま追いつくというものでもない。何せ魔人の速さは人間のそれを大きく上回っており、片足を引きずっての逃避行とはいえ、並の人間よりずっと速いのは当然だ。
ネッドは、自分の判断の甘さを痛感した。しかし今は後悔している時ではない。とにもかくにも奴に追いつき、何とかしなくてならない。その”何とか”とは何なのかを、具体的に描けぬまま、ネッドは怪物を追い続けようとした。
だがここで、ネッドにとって痛恨の出来事が起きる。早駆けのアーマーブーツが魔力の限界を迎えたのだ。その効果は失われ、凡庸な靴と化したブーツを口惜しく見やるネッド。
だだ、奴を追うのを諦めるわけには行かない。彼は、自分自身の脚力のみを頼りに炎の魔人を追った。
いつ終わるともわからぬ逃走劇と思われたものの、さしもの炎の魔人も受けた傷の深さは軽からず、その速度も少しずつ衰えを見せている。これならば、ネッドが追いつくのも時間の問題だ。
「とにかく奴を、捕まえるか倒すかしなければ……!」
炎の魔人へ刻一刻と迫るネッドは、心に固くそう言い聞かせる。
逃走者のスピードが一段と落ち始め、追跡者の勝利が確実だと思われたその時、更なる異変が起きた。炎の魔人が逃げ込もうとしていた茂みの向こうから、凄まじい電撃が突然ネッドめがけて飛んできたのだ。
予想もしなかった攻撃に何とか対応しようと、ネッドは体をひねりながら、障害物になりそうな木々が生い茂る場所へと飛び込んでいく。
幾重にも枝分かれした電撃が地面や樹木を激しく打ち鳴らす。土や幹は、真っ黒に焦げて煙を上げた。
「何だ。何の電撃だ? 奴の仲間が助けに来たのか?」
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そうだとしたら、これはかなり危うい状況だとネッドは思った。炎の魔人との戦いで体力をかなり消耗し、手持ちの武器も十分ではない。
ましてやこれほどの電撃使い、魔物か魔法使いかは分からないが、今のネッドにとって、かなり荷が重い敵である事は間違いない。ネッドは、その場に潜むという選択肢を選ぶしかなかった。
一分が過ぎ、二分が過ぎ、やがて五分が過ぎた。二発目の電撃は襲って来ない。どうやら敵は去って行ったようだ。しかしそれは、炎魔人を逃した事を意味している。
「逃げられてしまったのか……。それとも、いつぞやの晩のように”見逃してもらった”のか……」
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