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炎の魔人

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ネッドの目の前に現れた魔物。それはサラマンダーであって、サラマンダーではなかった。

「なんだ、これは!?」

ネッドが、思わず口走る。それもそのはずだ。彼が対峙している何者かは、明らかに人型であるにもかかわらず、サラマンダーの特徴をも兼ね備えた存在、魔物、いや”魔人”といってよいものだった。
 
身長は二メートルはあるだろう大柄で、全身はうろこに覆われている。そしてサラマンダーらしく、背中や頭の一部、そして腕や脚の一部からも炎を噴き出している。だがその顔は人間とは程遠い、正に火トカゲの名にふさわしい爬虫類のそれであった。

奴は、僕の事を覚えているだろうか? ネッドは、自問する。この化け物、前は僕の存在を知りつつも去って行った。それだけでも、只の魔物ではないと分かっている。今回はどうだろう。また、見逃してくれるのだろうか?

前回の遭遇時、ネッドは暗視ゴーグルを装着していた。そして今回は熱感知ゴールを頭部に着けている。頭に固定する部分を含めれば、どちらも顔の半分以上が隠れるアイテムである。服装も違う事から、少なくとも見た目で同一人物と判断する事はまず不可能だ。

もっとも奴に、臭いなどで他者を判別する力があれば話は別なのだが……。

いや、それはないよな、しっかりしろ!

心のどこかで淡い期待をしていたネッドだが、すぐにそれを打ち消した。もし戦う気がないのであれば、そもそも目の前に現れるものか。考えてみれば、当然の話である。ネッドは、未だ戦う決心がつきかねている自分を叱咤した。

「ギギャー!」

魔人が首を振りながら一声鳴いた。まるで、戦闘開始のゴングのように。

ネッドは早駆けの靴の威力を発揮して、魔人との間合いを取る。奴に、遠距離攻撃のスキルがあるかどうかを確かめるためだ。木々の間を駆け抜けるネッドを、炎をまとった獣人が追いかける。心なしか、体から発している火炎が増大しているようにも見えた。

これは、何かの発射体制なのか? ネッドは迷いながらも、魔人と距離を保ちつつ回避行動を暫く繰り返す。

コイツはどうやら、遠距離攻撃は出来ないらしい。

明確な根拠があるわけではないが、ネッドは、騎士時代にこなしてきた修羅場での経験から、そう判断すをる。そして、少しずつ間合いを詰め始めた。

「じゃあ、今度は……」

中距離攻撃の有無を確認しようとしたその時、ネッド左前方を彼と並行して駆けていた炎の魔人が、おもむろに右腕を振る。次の瞬間、その腕の先からは炎の帯が勢いよく流れ出た。都合2メートルほどの烈火帯は、ネッドの構える盾ギリギリのところをかすめて行った。

炎の帯は持続せずすぐに消え失せたが、それでも盾ごしに相当な熱量を持っている事がすぐにわかった。直に当たれば只では済まないだろう。だが、あの晩に見た姿とはまだ程遠い。何せあの時は、奴の全身が燃え盛っているように見えたのだから、本領発揮というわけではあるまい。

ただ、中距離以下の攻撃なら、こっちも対処できる!

ネッドは意を決して、炎の魔人の側面へと回り込む。奴の動きも速いが、元々機敏なネッドが、早駆けの靴を履いているのだ。彼は、常に敵の動きを一歩先んじる事が出来る。

騎士としての本領を発揮したネッドの剣が、恐ろしい魔人をものともせず、一回、また一回と奴の体を斬り裂いていった。魔人も両手から炎の帯を何度も繰り出すが、ネッドには当たらない。

あの時見た奴の姿は、何かの見間違いだったのか? これなら、普通に倒せるかも知れない。そう思った次の瞬間、人型サラマンダーは、真の実力を披露する事となる。
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