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メルの憂鬱

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ネッドがギルド館へ着くと、既に何人かの冒険者たちがたむろをしていた。だが、ここが最終的な集合場所ではない。館で契約の最終確認をした後、各々がリルゴットの森の入口にある平原へと赴くのだ。そこが全体の集合場所となる。

「おはよう、ネッド。少し遅いわよ」

ネッドが受付のスタッフと話していると、後からメルが声をかけて来た。先日の事など無かったかのような態度で接する彼女に、ネッドはいささかの後ろめたさを感じざるを得なかった。

「遅いって? けっこう普通に家を出たつもりなんだけどなぁ」

そんなやましさを気取られまいと、少し惚けた口調で応えるネッド。

「今ここに居る連中が、ほぼ最終組よ。これ以上遅れていたら、契約辞退になっているところだわ。ま、私の婚約者なら、大目に見てあげてたけどね」

”婚約者”という言葉に他意があるようには聞こえなかったが、ネッドはどことなくバツが悪かった。

「メル姉……」

「さぁ、早く行くわよ。序列五番目とはいえ、主幹様が同道してあげるんだから、有り難くお供しなさい」

ネッドの言葉を遮ったメルの顔には、アリシアとのわだかまりなど微塵もなく、むしろ清々しさすら感じられた。アリシア同様、覚悟を決めた女の顔であった。

館を出る二人と入れ違いに、二~三人の冒険者たちが駆け込んでくる。

「ほら、あんたたち。早くしないと、せっかくのチャンスを、棒に振っちゃうわよ!」

遅参した者たちへ、メル姉御が檄を飛ばした。こういうところは、既にギルド経営者の立派な一員である。

「未来の、鬼ギルマスって感じだね」

ネッドが、わざと軽口をたたく。

「鬼ギルマス? それで結構よ。……そうでなくちゃ、ギルドマスターなんて勤まらないわ」

それまで威勢の良かったメルの顔が急に曇った。

「ネッド……。パパが、いえギルドマスターがね……」

メルが、神妙な口調になる。

「相当悩んでいるみたいなの。そりゃぁ、もともと楽な探索だとは思っていなかったろうけれど、ガドッツの件があって、かなり王都側と揉めたみたい。あんなギルマスを見たのは久しぶりよ」

ギルマスという言葉を使ってはいるが、これは父親を心配する娘の言動であると、ネッドはすぐに理解した。

「これはあなたが知らせに来た事だから、あなたには言うけれど、他の冒険者にはガドッツたちについて、余り詳しい話はしていないのよ。恐れをなして、依頼を断る冒険者が続出しても困るしね。ギルマスとしては話したかったのに、王都側に止められた形。

ただ正確な情報を与えないで危険な任務に当たらせなきゃならないんで、ギルマスはかなり気に病んでいるみたいなの」

メルの言う事は、イチイチもっともだとネッドは思う。冒険者を守るべきギルドマスターという立場と、あくまで国王、そして領主の下にあるというもう一つの立場において、ガントと王都側の間にギリギリの攻防があったのは想像に難くない。

「ネッド……、パパを守ってね」

そこで初めて、メルは懇願するような目でネッドの顔を僅かに見やった。おそらくギルド経営者の一員となってから、これがメルにとって初めての試練と言って良いのだろう。

「もちろんさ、メル姉」

ネッドは、自分に言い聞かせるように従姉に応えた。これまで散々世話になって来た伯父の為に全力を尽くそう、出来るだけの事をしよう、たとえ命を懸けるような事態になったとしても。

ネッドの言葉にウソはない。だがその時、一瞬シャミーの顔が脳裏をよぎった。
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