53 / 153
違和感
しおりを挟む
ネッドがここへ来たのは、自分の知らなかった父の一面に思いを馳せるためだ。しかしそれを言うと、何か話を蒸し返してしまいそうで嫌だったのだ。
「ほう、君は今、冒険者をやっているのか? しかし、そういう格好には見えないな」
ゴワドンの疑問は、至極当然のものであった。今のネッドは剣も持たず、簡単な防具すらつけていない。
「はい、普段は機能付加職を生業としています。冒険者は、魂石を手に入れる為の副業です」
ネッドは、正直に応えた。
「なんと! 君は機能付加職人をやっているのか。父上の跡を継いだというわけか……」
ゴワドンは驚きと共に、どこか嬉しそうな表情を見せた。
「しかし、王付きの騎士をやめて機能付加職人になるとは、余程の事が……。
あ、いや、すまない。人には事情というものがある。時には、人に言えない事情というものがな。聞くのは、野暮というものだろう
それに君の退官は、陛下がお許しになったものだ。私がとやかく言う話ではない」
ネッドは、ホッとする。騎士を辞めた経緯は、王を含めほんの数人しか知らない秘密である。たとえ侯爵であろうとも、知らせて良いものではない。
だがもし今、侯爵としての権威を振り回されて問い詰められれば、これまでの和やかな雰囲気はぶち壊され、ネッドの立場も危ういものとなっただろう。
「恐れ入ります」
ネッドは、精一杯の謝意を示した。
「侯爵さま――っ!」
二人の間に醸し出された柔らかな空気を切り裂くかのように、平原の入り口から大きな声が響く。
「あぁ、副官のエリウォーラだ。ようやっと、ここを嗅ぎ付けてきたか。それじゃぁ、ネッド君。名残惜しいが、これでお別れた。今度の探索、元騎士としての君の活躍に期待しているよ」
ゴワドンは踵を返し、心配している副官の元へと小走りで近づいていく。二言三言、ネッドの方を見て話していたが、副官に伴った数名の護衛と共に、街へと引き返していった。
一人、草原に残されたネッド。
彼には、不思議な違和感が残っていた。それは、いるはずのない場所にゴワドンがいた事なのか、リュランの話とはかなり異なる、意外過ぎる彼の話や態度だったのか。
「……あっ! やばい、もうこんな時間だ。早いところ帰んなきゃ、またシャミーに怒られる!」
ゴワドンとの邂逅に時を忘れたネッドだったが、妹の顔を思い浮かべ慌てて家路へとついた。
数十分後、ネッドは自分の家にも関わらず、抜き足差し足でそっと玄関の戸を開ける。うむ、とりあえずシャミーは、ここにはいない。場合によっては、仁王立ちになって待ち構えているかと思ったが、杞憂のようだった。
「ただいまぁ~。色々と用事があって、帰るのが遅れちゃった。決して、サボってたわけじゃないぞっ」
妹が怒っていない事を確信し、ネッドは努めて明るい声を出しながら居間のドアを開ける。
「よぉ、遅いぞネッド。店を潰す気か?」
いつぞやは、この家の主人のベッドを占領した不埒者が、またしても悠々とソファーに横たわっていた。
「ほう、君は今、冒険者をやっているのか? しかし、そういう格好には見えないな」
ゴワドンの疑問は、至極当然のものであった。今のネッドは剣も持たず、簡単な防具すらつけていない。
「はい、普段は機能付加職を生業としています。冒険者は、魂石を手に入れる為の副業です」
ネッドは、正直に応えた。
「なんと! 君は機能付加職人をやっているのか。父上の跡を継いだというわけか……」
ゴワドンは驚きと共に、どこか嬉しそうな表情を見せた。
「しかし、王付きの騎士をやめて機能付加職人になるとは、余程の事が……。
あ、いや、すまない。人には事情というものがある。時には、人に言えない事情というものがな。聞くのは、野暮というものだろう
それに君の退官は、陛下がお許しになったものだ。私がとやかく言う話ではない」
ネッドは、ホッとする。騎士を辞めた経緯は、王を含めほんの数人しか知らない秘密である。たとえ侯爵であろうとも、知らせて良いものではない。
だがもし今、侯爵としての権威を振り回されて問い詰められれば、これまでの和やかな雰囲気はぶち壊され、ネッドの立場も危ういものとなっただろう。
「恐れ入ります」
ネッドは、精一杯の謝意を示した。
「侯爵さま――っ!」
二人の間に醸し出された柔らかな空気を切り裂くかのように、平原の入り口から大きな声が響く。
「あぁ、副官のエリウォーラだ。ようやっと、ここを嗅ぎ付けてきたか。それじゃぁ、ネッド君。名残惜しいが、これでお別れた。今度の探索、元騎士としての君の活躍に期待しているよ」
ゴワドンは踵を返し、心配している副官の元へと小走りで近づいていく。二言三言、ネッドの方を見て話していたが、副官に伴った数名の護衛と共に、街へと引き返していった。
一人、草原に残されたネッド。
彼には、不思議な違和感が残っていた。それは、いるはずのない場所にゴワドンがいた事なのか、リュランの話とはかなり異なる、意外過ぎる彼の話や態度だったのか。
「……あっ! やばい、もうこんな時間だ。早いところ帰んなきゃ、またシャミーに怒られる!」
ゴワドンとの邂逅に時を忘れたネッドだったが、妹の顔を思い浮かべ慌てて家路へとついた。
数十分後、ネッドは自分の家にも関わらず、抜き足差し足でそっと玄関の戸を開ける。うむ、とりあえずシャミーは、ここにはいない。場合によっては、仁王立ちになって待ち構えているかと思ったが、杞憂のようだった。
「ただいまぁ~。色々と用事があって、帰るのが遅れちゃった。決して、サボってたわけじゃないぞっ」
妹が怒っていない事を確信し、ネッドは努めて明るい声を出しながら居間のドアを開ける。
「よぉ、遅いぞネッド。店を潰す気か?」
いつぞやは、この家の主人のベッドを占領した不埒者が、またしても悠々とソファーに横たわっていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。
妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。
しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。
父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。
レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。
その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。
だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら
キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。
しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。
妹は、私から婚約相手を奪い取った。
いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。
流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。
そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。
それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。
彼は、後悔することになるだろう。
そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。
2人は、大丈夫なのかしら。
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる