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3、2、1……。ネッドは、心の中で秒読みをする。
そして、ゼロ!
魔王の言葉に戸惑ったものの、さすがは王の護衛をする近衛隊の長である。ネッドを脇から抱えている兵に即座に開放を命令し、自らはひざまづき許しを請う。
「知らぬ事とはいえ、大変無礼な振る舞いを致しました。近衛隊長として恥じ入るばかりでございます。どうか、寛大なお心でご容赦ください」
侍女頭のレフィールもそれに従う。
「あ、いや頭をあげて下さい。あなたは役目を果たしただけですよ。当然の事です。気にしないで下さい」
ネッド自身、本気なのか社交辞令なのかわからぬ定番の受け答えをした。それほど長い期間ではないが、騎士として王宮に仕えてきた事が、こういった礼節のやり取りでは役に立つ。
だがネッドは、多少なりとも当惑していた。彼らが頭を下げるのは、決してネッド自身に対してではない。あくまで魔王の娘の婚約者という立場に対して、平伏しているのである。王宮暮らしにおいて同様の出来事は日常茶飯事とはいえ、やはりネッドには余り好きになれない風習であった。
「はっはっはっ。何、そなたたちを引き合わせる為の、ほんの座興じゃ。余り堅苦しく考えるでない」
食卓といっても、恐ろしく長いテーブルの上座に腰を下ろす北の魔王が笑う。
「ごめんなさい。私の考えですの。気を悪くしないでね」
無邪気に笑うアリシアと魔王、妃に挨拶をして、二人の従者は部下と共に場を去った。
「さぁ、食事をしよう。婿殿よ」
「い、いや、前にも申しあげた通り、僕は婿ではありませんから……」
人間で言えば五十代半ば、黒光りするような見事な髭を胸のあたりまで伸ばしている。そんな北の魔王を前に、ネッドは遠慮がちに答えた。
「またまたそんな事を言って。照れるのは分かるが、若いうちはもっと大胆にならなきゃいかんぞ」
魔王は恐ろしげどころか、近所の気安いオジさんのようにネッドに話しかける。普通、魔王ともあろう者が、一人の人間にここまで親しげに話しかけるなどあり得ない。たとえ民衆の尊敬を一身に集める騎士とはいえ、それは人間の世界の話である。人の騎士一匹くびり殺すなど、魔王にとっては造作もない。
だが魔王には、彼を屠れぬ理由があった。
愛娘のマスターであるネッドが、アリシアに「死ね」と命令すれば彼女はそれに従わざるを得ないし、かといって、そうする前に魔王がネッドを殺してしまうのも不可能である。
最上級の使役契約を結んだ以上、マスターが寿命や病気などやむを得ない理由で死んだ時以外、使い魔の命も殉死条項に基づいて同時に失われるからだ。これはたとえ魔王であっても止められない。
つまり”娘”という人質、しかも救出できない人質を取られているのと同じであり、アリシアを犠牲にしない限り、魔王はネッドに手を出せないのであった。
「ほら、あなた。ネッドさんが、とまどっていらっしゃるでしょう? ごめんなさいね。この人、気が早くて……」
魔王よりも背の高い妙齢な王妃が取り成して、ネッドはアリシアの向かい側にある席へとついた。向かいと言っても三メートルは離れている。
魔王の命のもと、給仕が進み出て食事が始まった。
「ところでのぉ、婿殿……、いやネッド殿。アリシアとは、どうなっているのかのう?」
妃の顔をチラリとみて、呼び方を言いなおした魔王が話題を振って来る。
あぁ、来た。ネッドは思う。魔王と言えども、ここら辺は人間の父親と何ら変わりはない。
そして、ゼロ!
魔王の言葉に戸惑ったものの、さすがは王の護衛をする近衛隊の長である。ネッドを脇から抱えている兵に即座に開放を命令し、自らはひざまづき許しを請う。
「知らぬ事とはいえ、大変無礼な振る舞いを致しました。近衛隊長として恥じ入るばかりでございます。どうか、寛大なお心でご容赦ください」
侍女頭のレフィールもそれに従う。
「あ、いや頭をあげて下さい。あなたは役目を果たしただけですよ。当然の事です。気にしないで下さい」
ネッド自身、本気なのか社交辞令なのかわからぬ定番の受け答えをした。それほど長い期間ではないが、騎士として王宮に仕えてきた事が、こういった礼節のやり取りでは役に立つ。
だがネッドは、多少なりとも当惑していた。彼らが頭を下げるのは、決してネッド自身に対してではない。あくまで魔王の娘の婚約者という立場に対して、平伏しているのである。王宮暮らしにおいて同様の出来事は日常茶飯事とはいえ、やはりネッドには余り好きになれない風習であった。
「はっはっはっ。何、そなたたちを引き合わせる為の、ほんの座興じゃ。余り堅苦しく考えるでない」
食卓といっても、恐ろしく長いテーブルの上座に腰を下ろす北の魔王が笑う。
「ごめんなさい。私の考えですの。気を悪くしないでね」
無邪気に笑うアリシアと魔王、妃に挨拶をして、二人の従者は部下と共に場を去った。
「さぁ、食事をしよう。婿殿よ」
「い、いや、前にも申しあげた通り、僕は婿ではありませんから……」
人間で言えば五十代半ば、黒光りするような見事な髭を胸のあたりまで伸ばしている。そんな北の魔王を前に、ネッドは遠慮がちに答えた。
「またまたそんな事を言って。照れるのは分かるが、若いうちはもっと大胆にならなきゃいかんぞ」
魔王は恐ろしげどころか、近所の気安いオジさんのようにネッドに話しかける。普通、魔王ともあろう者が、一人の人間にここまで親しげに話しかけるなどあり得ない。たとえ民衆の尊敬を一身に集める騎士とはいえ、それは人間の世界の話である。人の騎士一匹くびり殺すなど、魔王にとっては造作もない。
だが魔王には、彼を屠れぬ理由があった。
愛娘のマスターであるネッドが、アリシアに「死ね」と命令すれば彼女はそれに従わざるを得ないし、かといって、そうする前に魔王がネッドを殺してしまうのも不可能である。
最上級の使役契約を結んだ以上、マスターが寿命や病気などやむを得ない理由で死んだ時以外、使い魔の命も殉死条項に基づいて同時に失われるからだ。これはたとえ魔王であっても止められない。
つまり”娘”という人質、しかも救出できない人質を取られているのと同じであり、アリシアを犠牲にしない限り、魔王はネッドに手を出せないのであった。
「ほら、あなた。ネッドさんが、とまどっていらっしゃるでしょう? ごめんなさいね。この人、気が早くて……」
魔王よりも背の高い妙齢な王妃が取り成して、ネッドはアリシアの向かい側にある席へとついた。向かいと言っても三メートルは離れている。
魔王の命のもと、給仕が進み出て食事が始まった。
「ところでのぉ、婿殿……、いやネッド殿。アリシアとは、どうなっているのかのう?」
妃の顔をチラリとみて、呼び方を言いなおした魔王が話題を振って来る。
あぁ、来た。ネッドは思う。魔王と言えども、ここら辺は人間の父親と何ら変わりはない。
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