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ギルマスの娘
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ギルド館に入ると、既に所せましと冒険者たちが集まっていた。
ネッドはそこで珍しい顔を見つける。
「やぁ、アスティ、珍しいね。君が冒険者ギルドにいるなんて」
アスティは魔石を使う付加職人で、ネッドがこの街に来て色々と教えてもらった人物である。ネッドが魂石を使う職人と知り興味を持った事、また年も近い事から二人はすぐに親しくなった。
「あぁ、ネッド。実は欲しい魔石があるんだけど、問屋の方にはないっていうんだ。調整の為に必要な、中途半端なレベルの魔石でね。それで仕方なく、こっちに”依頼”って形で頼みにきたんだよ」
頭にボンボンのついたニット帽をかぶった若者が答える。この帽子は亡くなった母親からのプレゼントだと、ネッドは聞いていた。
「そうそう、ちょっと聞きたい事があるんだ。こっちの用はすぐ終わると思うんで、向かいのカフェで待っていてくれない? ミレッズオレンジのパイを奢るからさ」
ネッドが、いたずらっぽく笑う。
「いいともさ。だけどこれから一体何が始まるんだい? 凄く物々しい雰囲気だよね」
「ほら、郊外で旅人なんかが襲われている事件。その事について、ギルマスが話があるみたいなんだよね」
ネッドが周りを見回した。
「あぁ、つまりネッドは冒険者としてここへ来てるんだね。魂石は専門の問屋でなくちゃ手に入らないし、それにしたって思い通りのものが手に入りにくいだろうから大変だなぁ。
でも魂石入手のためとはいえ、付加職人と冒険者の二足のわらじなんて、本当に珍しいよ」
なかば呆れ顔のアスティとカフェでの再会を約束し、ネッドは空いている席を探す。その時、突然……。
「ネーッド! ちゃんと来てくれたのねー。絶対来てくれると思ってたわー!」
ショートカットのうら若い女性が、彼の後ろから首に抱きついてきた。何事かと周りにいる冒険者たちが二人に視線を向ける。
「ちょっ、メル姉!? 何やってんの、離して!」
「何言ってるのよ、私たち結婚の約束をした仲じゃない」
ハーフダークエルフのボーイッシュな女性が、腰に手を当てて口を尖らせた。その場にいた者たちがざわつき始める。
「いや、前にも言ったけど、それって僕が五歳で、メル姉が八歳の時の話でしょ。はっきり言ってよく覚えていないんだよ」
彼女、メル・ライザーは、ギルドマスターの娘でネッドのいとこにあたるが、彼が騎士団養成所に入るまでは姉弟の様に育った仲である。
「へぇ、しらっばくれるの? ネッドって結婚詐欺師だったわけ?」
少し短気な性格のメルが、不機嫌そうにまくしたてた。
その時である。
「お嬢さん、そいつぁあ聞き捨てならねぇな。こいつ、最近この街にやって来た若造でしょ? 結婚の約束たぁ、どういうこってすか」
いかにも筋肉の塊といったていの戦士が、不機嫌そうに二人の間へ割り込んできた。
「いや、ほんの子供の頃の話ですよ……」
「てめぇに聞いてんじゃねぇ!」
とっさに弁解するネッドを、スキンヘッドの戦士がドヤしつける。
「ちょっと、アンタ。少し乱暴じゃないの? こっちの話なんだから、黙っててよね」
メルが戦士に詰め寄った。
「そうですか、じゃあ言わせてもらいますがね。何なんですかコイツは? フラッと街にやって来たと思ったら、途端にギルマスの世話になって店まで持ちやがった。
おまけに冒険者登録も早々に済ませやがって、たかが付加職人風情が何様のつもりなんだって事ですよ。皆、そう思ってますよ。なぁ、そうだろ、みんな!?」
周りの冒険者たちに、誰とはなしに同意を求める筋肉戦士。ただ、彼らもどう反応してい良いのかわからない。皆、メルがギルマスの娘だと言う事はもちろん知っているし、将来的には彼女がこのギルド館の主になる事もわかっている。だからメルに逆らってまで、戦士に同調するにはためらいがあった。
「いいかげんにしなよ。それに”たかが付加職人風情”とは何よ。ネッドに謝りなさい!」
ネッドと親しいメルが怒るのは無理もないが、正直いって付加職人の社会的地位は低い。この無作法な筋肉冒険者の認識が、世の中の見立てとそれほどかけ離れているというわけではないのである。
それは、付加職人が”自分では何も作らない”という偏見があるからだ。
どういう事かと言えば、大抵の付加職人は魔石を専門の業者から購入するし、付加対象の鎧や剣は鍛冶職人や問屋から手に入れる。またそれらを、自ら持ち込んでくる客も少なくない。
付加職人はそういった品を使い、自らの魔力を使って機能付加するわけだ。その為、魔石やアイテムが手に入らなければ何もする事が出来ない。勿論、機能を付加するには高度な技術が必要なのだが、世間はその部分を評価していない。
よって付加職人は、補助的な仕事をしている半端者というレッテルを張られ、つらい境遇に甘んじているのが現実だ。
「お嬢さん、何でこんな半端者の肩を持つんですか? そうだよなぁ!? このハンチク野郎!」
戦士がネッドの胸ぐらをつかみ締め上げる。そのまま殴りそうな勢いである。
ネッドの騎士としての性が戦士の腕を掴みかけた時、後の方から物静かな、しかしドスの効いた声が発せられた。
「何を騒いでいる?」
「あ、パパ!」
振り向いたメルが、場所がらも考えないで思わず声をあげた。
「あ……、ギルマス。い、いやコイツがね。立場もわきまえず、お嬢さんに対して余りに馴れ馴れしいんで、ちょっと指導してやろうと思いまして……」
それまで荒れ狂う獅子の如く凄んでいた男が、たちまち猫なで声になる。
そしてこの館の主、小柄だが頑強な体格をした五十代半ばの男が、集まった観客たちを一瞥すると、周りの空気が途端に凍りついた。
彼がゆっくりと口を開く。
「その男は、私の甥だ。よそで暮らしていたんだが、ワケあって戻って来てな。親戚のよしみで色々と世話を焼いているのさ」
ギルマス、ガント・ライザーの優しくも有無を言わせぬ言葉が響く。
ネッドはそこで珍しい顔を見つける。
「やぁ、アスティ、珍しいね。君が冒険者ギルドにいるなんて」
アスティは魔石を使う付加職人で、ネッドがこの街に来て色々と教えてもらった人物である。ネッドが魂石を使う職人と知り興味を持った事、また年も近い事から二人はすぐに親しくなった。
「あぁ、ネッド。実は欲しい魔石があるんだけど、問屋の方にはないっていうんだ。調整の為に必要な、中途半端なレベルの魔石でね。それで仕方なく、こっちに”依頼”って形で頼みにきたんだよ」
頭にボンボンのついたニット帽をかぶった若者が答える。この帽子は亡くなった母親からのプレゼントだと、ネッドは聞いていた。
「そうそう、ちょっと聞きたい事があるんだ。こっちの用はすぐ終わると思うんで、向かいのカフェで待っていてくれない? ミレッズオレンジのパイを奢るからさ」
ネッドが、いたずらっぽく笑う。
「いいともさ。だけどこれから一体何が始まるんだい? 凄く物々しい雰囲気だよね」
「ほら、郊外で旅人なんかが襲われている事件。その事について、ギルマスが話があるみたいなんだよね」
ネッドが周りを見回した。
「あぁ、つまりネッドは冒険者としてここへ来てるんだね。魂石は専門の問屋でなくちゃ手に入らないし、それにしたって思い通りのものが手に入りにくいだろうから大変だなぁ。
でも魂石入手のためとはいえ、付加職人と冒険者の二足のわらじなんて、本当に珍しいよ」
なかば呆れ顔のアスティとカフェでの再会を約束し、ネッドは空いている席を探す。その時、突然……。
「ネーッド! ちゃんと来てくれたのねー。絶対来てくれると思ってたわー!」
ショートカットのうら若い女性が、彼の後ろから首に抱きついてきた。何事かと周りにいる冒険者たちが二人に視線を向ける。
「ちょっ、メル姉!? 何やってんの、離して!」
「何言ってるのよ、私たち結婚の約束をした仲じゃない」
ハーフダークエルフのボーイッシュな女性が、腰に手を当てて口を尖らせた。その場にいた者たちがざわつき始める。
「いや、前にも言ったけど、それって僕が五歳で、メル姉が八歳の時の話でしょ。はっきり言ってよく覚えていないんだよ」
彼女、メル・ライザーは、ギルドマスターの娘でネッドのいとこにあたるが、彼が騎士団養成所に入るまでは姉弟の様に育った仲である。
「へぇ、しらっばくれるの? ネッドって結婚詐欺師だったわけ?」
少し短気な性格のメルが、不機嫌そうにまくしたてた。
その時である。
「お嬢さん、そいつぁあ聞き捨てならねぇな。こいつ、最近この街にやって来た若造でしょ? 結婚の約束たぁ、どういうこってすか」
いかにも筋肉の塊といったていの戦士が、不機嫌そうに二人の間へ割り込んできた。
「いや、ほんの子供の頃の話ですよ……」
「てめぇに聞いてんじゃねぇ!」
とっさに弁解するネッドを、スキンヘッドの戦士がドヤしつける。
「ちょっと、アンタ。少し乱暴じゃないの? こっちの話なんだから、黙っててよね」
メルが戦士に詰め寄った。
「そうですか、じゃあ言わせてもらいますがね。何なんですかコイツは? フラッと街にやって来たと思ったら、途端にギルマスの世話になって店まで持ちやがった。
おまけに冒険者登録も早々に済ませやがって、たかが付加職人風情が何様のつもりなんだって事ですよ。皆、そう思ってますよ。なぁ、そうだろ、みんな!?」
周りの冒険者たちに、誰とはなしに同意を求める筋肉戦士。ただ、彼らもどう反応してい良いのかわからない。皆、メルがギルマスの娘だと言う事はもちろん知っているし、将来的には彼女がこのギルド館の主になる事もわかっている。だからメルに逆らってまで、戦士に同調するにはためらいがあった。
「いいかげんにしなよ。それに”たかが付加職人風情”とは何よ。ネッドに謝りなさい!」
ネッドと親しいメルが怒るのは無理もないが、正直いって付加職人の社会的地位は低い。この無作法な筋肉冒険者の認識が、世の中の見立てとそれほどかけ離れているというわけではないのである。
それは、付加職人が”自分では何も作らない”という偏見があるからだ。
どういう事かと言えば、大抵の付加職人は魔石を専門の業者から購入するし、付加対象の鎧や剣は鍛冶職人や問屋から手に入れる。またそれらを、自ら持ち込んでくる客も少なくない。
付加職人はそういった品を使い、自らの魔力を使って機能付加するわけだ。その為、魔石やアイテムが手に入らなければ何もする事が出来ない。勿論、機能を付加するには高度な技術が必要なのだが、世間はその部分を評価していない。
よって付加職人は、補助的な仕事をしている半端者というレッテルを張られ、つらい境遇に甘んじているのが現実だ。
「お嬢さん、何でこんな半端者の肩を持つんですか? そうだよなぁ!? このハンチク野郎!」
戦士がネッドの胸ぐらをつかみ締め上げる。そのまま殴りそうな勢いである。
ネッドの騎士としての性が戦士の腕を掴みかけた時、後の方から物静かな、しかしドスの効いた声が発せられた。
「何を騒いでいる?」
「あ、パパ!」
振り向いたメルが、場所がらも考えないで思わず声をあげた。
「あ……、ギルマス。い、いやコイツがね。立場もわきまえず、お嬢さんに対して余りに馴れ馴れしいんで、ちょっと指導してやろうと思いまして……」
それまで荒れ狂う獅子の如く凄んでいた男が、たちまち猫なで声になる。
そしてこの館の主、小柄だが頑強な体格をした五十代半ばの男が、集まった観客たちを一瞥すると、周りの空気が途端に凍りついた。
彼がゆっくりと口を開く。
「その男は、私の甥だ。よそで暮らしていたんだが、ワケあって戻って来てな。親戚のよしみで色々と世話を焼いているのさ」
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