上 下
1 / 153

全ての始まり

しおりを挟む
俺は、俺じゃない。

俺はお前だ。

わかっているのだろう? 

俺はもう、どこにも存在しないって。

お前が俺だと思っているのは、他ならぬお前自身だって事を忘れるな。

-----------------

今は真夜中、ここはリルゴットの森。王都から馬車で二日程の距離にある、郊外都市ポーナイザルの外れに位置する広大な樹海である。その闇のとばりを走り行く一つの影。

「どうか、パワー系のモンスターと出会えますように」

そうつぶやくのは、二十一歳の若き機能付加職人、ネッド・ライザーである。つい三か月前までは王都の騎士団に属していたが、わけあって今はポーナイザルで開業している新米店主だ。

ではそんな男が何故、モンスターが徘徊する漆黒の危険地帯をほっつき歩いているのか? それは自分の仕事の成果を確かめるためであった。

機能付加職人。それはモンスターの力を武器や防具をはじめ、あらゆるアイテムに付加する仕事を担う者の事である。モンスターから精製した魔石もしく魂石を使うのだが、彼は魂石を扱う魂石職人、別名”スピリッツァー”だ。

魂石を使った付加は特徴的で、魔石が単に機能付加の原資になるのに比べ、モンスターの力を余すところなく利用する事ができるのだ。まぁ、その辺りの事は、後々ネッドの口から詳しく語られるであろうからここでは割愛する。

今回の彼の成果、それは「スライムシールド」であった。この中型の盾が、どんな機能を持つかというと……、おや、どうやらおあつらえ向きのモンスターが現れたようである。

「おっしゃ!」

ネッドは、思わず悦びを口にした。正に新しい盾を試すにふさわしい相手”トロール”が目の前に現れたのである。それにこの怪物は、パワーを付与する時にもってこいの魂石を精製する事が出来るので一石二鳥だ。

満月が煌々と照らす森の広場。こちらに気が付いたトロールも棍棒を振り上げて威嚇する。

「お前に恨みはないけどさ。こんな夜中に出歩く方が悪いんだぜ」

自らの行動を棚に上げ、ネッドはショートソードを引き抜き相手を挑発した。今回の目的はスライムシールドの機能を試す事だ。こちらから攻撃を仕掛けるわけにはいかない。だが知能があまり高くない事が幸いしたのか、トロールはいかつい棒を振り回しながら猛然と突進してきた。

普段であれば難なく避けるところであるが、ネッドは盾でダイレクトに受け止める。

剛力で撃ち出された棍棒と盾が激しくぶつかりあい凄まじい音が……、しないんだなこれが。スライムシールドの表面はグニャリとしなやかにへこみ、トロールの一撃を吸収した。まともに喰らっていれば、体格のいい男の冒険者でも数メートルはふっ飛ぶ威力である。

「よし!」

スライムの弾性を利用した自らの作品の出来に、満足の声をあげるネッド。一方、トロールの方は経験した事のない感触に戸惑っている。ここが知能が低いモンスターの悲しさ、疑問を持つ事もなく激しい連打を繰り出して来る。

それをご自慢のシールドで難なく受け止める付加職人。念のため、十発も受けた頃であろうか、モンスターと距離を取ったネッドは攻撃に転じる。彼はここでもまた機能付加したアーマーブーツを使用した。

ネッドが地面をひと蹴りすると、彼は目にもとまらぬスピードを発揮して、一瞬の内にトロルの眼前に躍り出る。これが駆け足の速さを特徴とするウインドウルフの魂石を機能付加したブーツの威力であった。

「ガッ!」

呆気に取られているトロールの心臓を、ショートソードが正確に貫く。ほぼ即死状態でその場に倒れる憐れな半獣人。ネッドはその骸に右手を当てて「スピリチュアライズ」と呪文を唱える。程なくトロールの体は金色の光に包まれ、長さ5センチ程の緑色石を残しあとは消滅した。

「ま、今夜はこんなところにしておくかな。パワー系のモンスターを探すのに時間が掛かっちまった。シャミーが気づく前に戻らないといけないし……」

妹の名を口にしたネッドは再び地面を蹴って、駆け足機能を付加したブーツの恩恵を受ける。この分なら、日が昇る前に自宅兼店舗に戻れるだろう。

走りながらネッドは、木々の間から見え隠れする満月を仰ぎ見る。王都で見ていた月と同じはずなのに、何処なく違って見える気がした。

ブーツの機能が限界に近づく頃、やっとこさネッドは我が家へたどり着く。遥か南にそびえたつゴラデイ山脈の稜線から、うっすらと日の光が漏れ始めているのが見えた。

ネッドは裏口の鍵を開け、妹を起こさぬように忍び足で店の方へと向かう。そこで装備一式を脱ぎすて、今日の収穫物であるトロールの魂石を引き出しに保管して自室へと入った。

「わっ、あと3時間しか寝れないや。明日はギルドで大事な用があるっていうのに……」

付加職人を始めたばかりのネッドとしては仕事を最優先にするあまり、他の事は二の次さんの次となりがちだ。

寝床に潜り込み、明日の予定を頭に浮かべるネッド。しかしそれはすぐさま睡魔にかき消され、彼はリルゴットの森より深い眠りに墜ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。 妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。 しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。 父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。 レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。 その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。 だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

処理中です...