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俺は、俺じゃない。
俺はお前だ。
わかっているのだろう?
俺はもう、どこにも存在しないって。
お前が俺だと思っているのは、他ならぬお前自身だって事を忘れるな。
-----------------
今は真夜中、ここはリルゴットの森。王都から馬車で二日程の距離にある、郊外都市ポーナイザルの外れに位置する広大な樹海である。その闇のとばりを走り行く一つの影。
「どうか、パワー系のモンスターと出会えますように」
そうつぶやくのは、二十一歳の若き機能付加職人、ネッド・ライザーである。つい三か月前までは王都の騎士団に属していたが、わけあって今はポーナイザルで開業している新米店主だ。
ではそんな男が何故、モンスターが徘徊する漆黒の危険地帯をほっつき歩いているのか? それは自分の仕事の成果を確かめるためであった。
機能付加職人。それはモンスターの力を武器や防具をはじめ、あらゆるアイテムに付加する仕事を担う者の事である。モンスターから精製した魔石もしく魂石を使うのだが、彼は魂石を扱う魂石職人、別名”スピリッツァー”だ。
魂石を使った付加は特徴的で、魔石が単に機能付加の原資になるのに比べ、モンスターの力を余すところなく利用する事ができるのだ。まぁ、その辺りの事は、後々ネッドの口から詳しく語られるであろうからここでは割愛する。
今回の彼の成果、それは「スライムシールド」であった。この中型の盾が、どんな機能を持つかというと……、おや、どうやらおあつらえ向きのモンスターが現れたようである。
「おっしゃ!」
ネッドは、思わず悦びを口にした。正に新しい盾を試すにふさわしい相手”トロール”が目の前に現れたのである。それにこの怪物は、パワーを付与する時にもってこいの魂石を精製する事が出来るので一石二鳥だ。
満月が煌々と照らす森の広場。こちらに気が付いたトロールも棍棒を振り上げて威嚇する。
「お前に恨みはないけどさ。こんな夜中に出歩く方が悪いんだぜ」
自らの行動を棚に上げ、ネッドはショートソードを引き抜き相手を挑発した。今回の目的はスライムシールドの機能を試す事だ。こちらから攻撃を仕掛けるわけにはいかない。だが知能があまり高くない事が幸いしたのか、トロールはいかつい棒を振り回しながら猛然と突進してきた。
普段であれば難なく避けるところであるが、ネッドは盾でダイレクトに受け止める。
剛力で撃ち出された棍棒と盾が激しくぶつかりあい凄まじい音が……、しないんだなこれが。スライムシールドの表面はグニャリとしなやかにへこみ、トロールの一撃を吸収した。まともに喰らっていれば、体格のいい男の冒険者でも数メートルはふっ飛ぶ威力である。
「よし!」
スライムの弾性を利用した自らの作品の出来に、満足の声をあげるネッド。一方、トロールの方は経験した事のない感触に戸惑っている。ここが知能が低いモンスターの悲しさ、疑問を持つ事もなく激しい連打を繰り出して来る。
それをご自慢のシールドで難なく受け止める付加職人。念のため、十発も受けた頃であろうか、モンスターと距離を取ったネッドは攻撃に転じる。彼はここでもまた機能付加したアーマーブーツを使用した。
ネッドが地面をひと蹴りすると、彼は目にもとまらぬスピードを発揮して、一瞬の内にトロルの眼前に躍り出る。これが駆け足の速さを特徴とするウインドウルフの魂石を機能付加したブーツの威力であった。
「ガッ!」
呆気に取られているトロールの心臓を、ショートソードが正確に貫く。ほぼ即死状態でその場に倒れる憐れな半獣人。ネッドはその骸に右手を当てて「スピリチュアライズ」と呪文を唱える。程なくトロールの体は金色の光に包まれ、長さ5センチ程の緑色石を残しあとは消滅した。
「ま、今夜はこんなところにしておくかな。パワー系のモンスターを探すのに時間が掛かっちまった。シャミーが気づく前に戻らないといけないし……」
妹の名を口にしたネッドは再び地面を蹴って、駆け足機能を付加したブーツの恩恵を受ける。この分なら、日が昇る前に自宅兼店舗に戻れるだろう。
走りながらネッドは、木々の間から見え隠れする満月を仰ぎ見る。王都で見ていた月と同じはずなのに、何処なく違って見える気がした。
ブーツの機能が限界に近づく頃、やっとこさネッドは我が家へたどり着く。遥か南にそびえたつゴラデイ山脈の稜線から、うっすらと日の光が漏れ始めているのが見えた。
ネッドは裏口の鍵を開け、妹を起こさぬように忍び足で店の方へと向かう。そこで装備一式を脱ぎすて、今日の収穫物であるトロールの魂石を引き出しに保管して自室へと入った。
「わっ、あと3時間しか寝れないや。明日はギルドで大事な用があるっていうのに……」
付加職人を始めたばかりのネッドとしては仕事を最優先にするあまり、他の事は二の次さんの次となりがちだ。
寝床に潜り込み、明日の予定を頭に浮かべるネッド。しかしそれはすぐさま睡魔にかき消され、彼はリルゴットの森より深い眠りに墜ちていった。
俺はお前だ。
わかっているのだろう?
俺はもう、どこにも存在しないって。
お前が俺だと思っているのは、他ならぬお前自身だって事を忘れるな。
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今は真夜中、ここはリルゴットの森。王都から馬車で二日程の距離にある、郊外都市ポーナイザルの外れに位置する広大な樹海である。その闇のとばりを走り行く一つの影。
「どうか、パワー系のモンスターと出会えますように」
そうつぶやくのは、二十一歳の若き機能付加職人、ネッド・ライザーである。つい三か月前までは王都の騎士団に属していたが、わけあって今はポーナイザルで開業している新米店主だ。
ではそんな男が何故、モンスターが徘徊する漆黒の危険地帯をほっつき歩いているのか? それは自分の仕事の成果を確かめるためであった。
機能付加職人。それはモンスターの力を武器や防具をはじめ、あらゆるアイテムに付加する仕事を担う者の事である。モンスターから精製した魔石もしく魂石を使うのだが、彼は魂石を扱う魂石職人、別名”スピリッツァー”だ。
魂石を使った付加は特徴的で、魔石が単に機能付加の原資になるのに比べ、モンスターの力を余すところなく利用する事ができるのだ。まぁ、その辺りの事は、後々ネッドの口から詳しく語られるであろうからここでは割愛する。
今回の彼の成果、それは「スライムシールド」であった。この中型の盾が、どんな機能を持つかというと……、おや、どうやらおあつらえ向きのモンスターが現れたようである。
「おっしゃ!」
ネッドは、思わず悦びを口にした。正に新しい盾を試すにふさわしい相手”トロール”が目の前に現れたのである。それにこの怪物は、パワーを付与する時にもってこいの魂石を精製する事が出来るので一石二鳥だ。
満月が煌々と照らす森の広場。こちらに気が付いたトロールも棍棒を振り上げて威嚇する。
「お前に恨みはないけどさ。こんな夜中に出歩く方が悪いんだぜ」
自らの行動を棚に上げ、ネッドはショートソードを引き抜き相手を挑発した。今回の目的はスライムシールドの機能を試す事だ。こちらから攻撃を仕掛けるわけにはいかない。だが知能があまり高くない事が幸いしたのか、トロールはいかつい棒を振り回しながら猛然と突進してきた。
普段であれば難なく避けるところであるが、ネッドは盾でダイレクトに受け止める。
剛力で撃ち出された棍棒と盾が激しくぶつかりあい凄まじい音が……、しないんだなこれが。スライムシールドの表面はグニャリとしなやかにへこみ、トロールの一撃を吸収した。まともに喰らっていれば、体格のいい男の冒険者でも数メートルはふっ飛ぶ威力である。
「よし!」
スライムの弾性を利用した自らの作品の出来に、満足の声をあげるネッド。一方、トロールの方は経験した事のない感触に戸惑っている。ここが知能が低いモンスターの悲しさ、疑問を持つ事もなく激しい連打を繰り出して来る。
それをご自慢のシールドで難なく受け止める付加職人。念のため、十発も受けた頃であろうか、モンスターと距離を取ったネッドは攻撃に転じる。彼はここでもまた機能付加したアーマーブーツを使用した。
ネッドが地面をひと蹴りすると、彼は目にもとまらぬスピードを発揮して、一瞬の内にトロルの眼前に躍り出る。これが駆け足の速さを特徴とするウインドウルフの魂石を機能付加したブーツの威力であった。
「ガッ!」
呆気に取られているトロールの心臓を、ショートソードが正確に貫く。ほぼ即死状態でその場に倒れる憐れな半獣人。ネッドはその骸に右手を当てて「スピリチュアライズ」と呪文を唱える。程なくトロールの体は金色の光に包まれ、長さ5センチ程の緑色石を残しあとは消滅した。
「ま、今夜はこんなところにしておくかな。パワー系のモンスターを探すのに時間が掛かっちまった。シャミーが気づく前に戻らないといけないし……」
妹の名を口にしたネッドは再び地面を蹴って、駆け足機能を付加したブーツの恩恵を受ける。この分なら、日が昇る前に自宅兼店舗に戻れるだろう。
走りながらネッドは、木々の間から見え隠れする満月を仰ぎ見る。王都で見ていた月と同じはずなのに、何処なく違って見える気がした。
ブーツの機能が限界に近づく頃、やっとこさネッドは我が家へたどり着く。遥か南にそびえたつゴラデイ山脈の稜線から、うっすらと日の光が漏れ始めているのが見えた。
ネッドは裏口の鍵を開け、妹を起こさぬように忍び足で店の方へと向かう。そこで装備一式を脱ぎすて、今日の収穫物であるトロールの魂石を引き出しに保管して自室へと入った。
「わっ、あと3時間しか寝れないや。明日はギルドで大事な用があるっていうのに……」
付加職人を始めたばかりのネッドとしては仕事を最優先にするあまり、他の事は二の次さんの次となりがちだ。
寝床に潜り込み、明日の予定を頭に浮かべるネッド。しかしそれはすぐさま睡魔にかき消され、彼はリルゴットの森より深い眠りに墜ちていった。
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