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落ちた。6
しおりを挟む「…この世界は主に従う定めだが、こんな子供にあんな危険なことをさせるなど、ひどい主だな」
自分のことのように、エルバラは眉間を寄せる。
「でも、ウィリダは自分の力があれば大丈夫だって言ってたんだけど…」
「…ウィリダ…。暇を持て余している男だな。今回のことも城の兵士達をからかいたかったんだろう。…こういうのもなんだが、だいぶ、いい主なほうだ」
「うえ、本人も言ってたけど、そうなんだ?」
「ここの土地は誰かしらの権力者の持ち物だ。そして権力者は基本、選ばれた存在だと思っているからな。それ以外の存在は物だと考える。…ウィリダも似たようなものだろうが。ただ、あれでも、まともな目をしている」
「…そうなんだ…」
それを聞いても喜べないが。多少は安心できる。またエルバラが貴広の頭を撫でる。
「…ウィリダの側にいるのがいいかもしれない。この世界でウィリダ以上の力を持つ者は少ないし、上にいくほど、それほど人格破綻はしていない」
「力?ハルラスとかいう?」
「そう。血筋も重要だが、力が強ければ、そのまま権力になる。神の力らしい」
「えー…、あいつが?」
「ははっ」
貴広は嫌そうにするが、その目にウィリダへの恐れがない。それはいい関係であるということをしめす。
大変な事をさせられているが、それでもずっとマシな男が貴広の主でよかったと、エルバラは思った。
「エルバラはどうして奴隷に?」
「んー…。負けて捕まった。そういうことだ」
「そっか」
それだけで全ては分からないが、きっと大変なことがあったんだろうとは分かった。
そして沈黙。ただ牢の中なのに心は安定していた。ここに来て一番。
そこで一泊した後、外に出るように言われ、エルバラを残し外へ出た。
「キヒロちゃん。牢屋の中ってどんな感じだったー?」
部屋に案内されると暢気に茶を飲んでいるウィリダがいた。
「それ聞きたいから、すぐに助けてくれなかったのか?」
「わあ、居心地悪かったみたいだねー。可愛い顔がだいなしだよー?」
変わらずの態度に腹が立つ。
「思ったより簡単じゃなかったんだってー。これでも王子に助けてもらって早く出せたんだよ?」
「じゃあ、もうあんな事はさせるなよ」
「えー?次は簡単になるって。キヒロちゃんの顔は知られたし。あ、それはそれで問題になるかな?」
全く反省なんてしていないウィリダに、貴広は諦めて溜息を吐き、ウィリダの隣に座った。
「機嫌治してよー」
ウィリダは扉で待っていた召使いに合図して貴広にもお茶を出した。
貴広は機嫌が悪いという顔でその茶を飲む。
「エルバラがいたんだってね。それじゃあキヒロちゃんでも勝てないよね」
「………勝ててた。…ただ…」
「マジでー?!ああ、キヒロちゃんは優しいから、相手が動かなくなるまで叩きのめすことができなかったわけね。なるほど」
「………………」
また全て話さなくても理解された。楽でいいが、エルバラと違って少し気に入らない。
「今後はそれを考慮するけど、甘い考えだとすぐやられちゃうよ?ここは、容赦ない世界だ」
「……それは分かるけど…」
気迫とかはウィリダの屋敷の兵だってすごかった。
「キヒロちゃんの住んでたとこはよっぽど平和だったんだねー。でも武術は発展してるから、今は、かな?」
喋んなくても分かるなんてムカつく頭のよさである。
その後、城にいる間はウィリダの気まぐれは発動せず、屋敷へと戻ることができた。
戻ってきてほっとしてしまったのが、悲しい話だ。
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