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落ちた。2
しおりを挟む「あ。それなら、ここの世界のことをもっと知りたいです」
「ん?先生はつけてあげてるでしょ?」
「そうじゃなくて、外にも行きたいんだけど」
ここに来てから一度も屋敷の外から出ていない。許可がないと駄目だと先生にも言われた。
「えー?そのうちねー」
「なんで…」
「ははっ、言ったでしょ?キヒロちゃんは俺の所有物なんだよ?他の奴なんて完全に奴隷と同じ扱いしてるんだよ?」
それはつまり、貴広も同じような扱いにすることもできるということになる。それが嫌なら従順でいろと。
この軽い感じで安心していただけに、少し裏切られたような気分になる。
異世界トリップなんていいものじゃない。元の世界に帰れなくて、そしてこのままどうなるのか。不安で押しつぶされそうな貴広には、とても広い屋敷が狭く感じ、息苦しい。
だから許可なんて無視して屋敷から出てみようと考えた。後から考えると考えなさすぎだったと分かるが、この時は焦りのようなものがあった。
「待て!」
夜中に屋敷を抜け出した貴広だったが、庭に出たところで見回りの警備兵に見つかってしまい、走って昼間に調べた場所へと向かう。この兵士をふりきれば大丈夫だと思い。
けれど現実は甘くないというか、ウィリダは想像より偉い人で、向かった先にはすでに貴広を捕まえようとする兵士がずらっと並んでいた。
「大人しく捕まれ!」
後ろの追ってきた兵士も追いついた。これでは逃げるのは無理だと諦めた貴広は身体の力を抜いた。しかし、
「少々痛めつけてもかまわない!むしろ二度と逃げる気がなくなるようにしろ!」
集まっていた兵士の中の隊長がそんなことを言うから、冗談じゃないと気を引き締める。
後ろから来た兵士が手にしていた棍らしきもので叩きつけてこようとするので、それを少ない動きでかわし、貴広は兵士の懐に入って掌底を腹にくらわせた。
「ぐはっ!」
見事に決まって兵士は地面に倒れた。
屈強そうな本物の兵士にこんなに上手く決まるとは思わなくて、自分でびっくりした貴広だったが、さらに兵士が向かってきたので、相手をすることに集中する。
兵士の動きは無駄が多く、避けるのは簡単で隙も多く、その身体に簡単に攻撃ができた。
勢いよく来た兵士は勢いを使って投げ、慎重な兵士はこちらから懐に入ってバランスを崩させ倒し、剣で切りつけてきた隊長はその腕を捻って剣を落とし、蹴りとばす。
あっさりと包囲から抜け、走って外へと向かおうとしたが、
「ぐあっ!!」
突然の身体の衝撃に、その場に倒れた。
「うあああっ」
「キヒロちゃん、そういうタイプだったんだねー。見た目に騙されたー」
この緩い口調は、ウィリダだ。
衝撃は一度だけなのに、あまりに強くて身体に残りつづけ、頭もぐらぐらとする。
「危険だから、ちょっと拘束させてもらうよー」
ウィリダは貴広の首に手を当て、その箇所の熱が上がっていく。そのせいか、最初の衝撃のせいか分からないが、貴広は気を失った。
そして夢で見たのは実家でのこと。焦がれてではなく、嫌な気分になった。
「あ、起きたー」
目が覚めれば、美形の顔で最悪だった。嫌味な気がする。
貴広がいたのは自分にあてられた部屋だ。不相応な気のするほどの部屋で、客室だろうと予測している。
「どうー?まだ痛いー?」
ウィリダはベッドに乗り上げていて、貴広の顔を見ている。
もう痛みはなかったものの貴広はウィリダを睨む。
「しょうがないじゃん。キヒロちゃんに逃げられそうになって吃驚したんだからー」
「…やっぱりあれ、あなたがしたんですか…」
「そうだよー。キヒロちゃんの世界にはないんだよねー。魔法?みたいな感じ。ハルラスっていう能力なんだけどねー」
「そうですか…」
「あれー?反応薄いねー。色々気になんない?」
「まあ…」
色々思う。ハルラスってなんだとか、やっぱり性格悪いなこいつとか。
「しょうがないなー。…でも、キヒロちゃんが使い手だったなんて知らなかったよ。早く教えてくれればよかったのに」
「使い手?」
「ん?武術ってやつ」
「ああ…。それならたいしたことないし」
貴広の実家は古武術道場をしていて、貴広も一通り習っている。
祖父の考えが武士で、強くあることに意味があるということで、伝統的な武術だけでなく、新しいものも重要で最低限知っておくべきだと、いくつかの新しい武術も貴広は学んでいるし、武器への対処も習っている。
とはいえ、才能なんてとくにない貴広は祖父や父や兄に勝てる気がしたことがない。
それにマイナーなので自慢できることでもない。
「なに言ってるのー。うちの兵はけっこう強いんだよ?」
「そんなわけ…」
「キヒロちゃんとこの世界の武術のほうが発展しているんだよ」
「ああ…」
それなら納得できる。才能ある人でも武術など知らなければ、才能がなくても武術を知る人が勝つ可能性は高いだろう。その為にある武術もあるわけだし。
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