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13.朝食の理由

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 皇帝陛下は、次の朝、朝食に来なかった。

 今まで一緒に朝食を取っていたというのに、『公務の都合で』ということで、今日は同席ではなかった。

(これも、契約に入っていたと思うけど……)

 一緒に朝食を取りたい、その為だけに、皇帝陛下は、私財を投じたのだった。

 小さなテーブルに、乗り切らないほどに用意された朝食は、二人分だった。それが、むなしい。

「おはようございます、リリア様」

 朝食に手をつける気にもならずにいたリリアは、その声にハッと我に返る。ガルシア卿だった。

「ガルシア卿、おはようございます」

「おや、全然召し上がってないじゃないですか。もったいない」

「でしたら、ガルシア卿も、ぜひ、ご一緒……」

「陛下に恨まれるから、止めておきますよ。さて、リリア様。我らが皇帝陛下は、どうにもこうにも塞ぎ込んで、朝から、地獄のような猛特訓に打ち込んでおいでですよ。なにか、心当たりは……?」

 ガルシア卿が、大仰な溜息を吐く。

「心当たり……ですか」

「そうそう。陛下が、ここまで大荒れに荒れている理由、ですよ」

「えーと……その、昨日の夜……、いつもとご様子が違いました。その、いつもは、あんなふうに、身体をなでたり、抱きしめたりなさらない……から、その……つい、叩いてしまったんです。陛下の頬を……」

 ガルシア卿が、ぽかん、とした顔をしてから「なるほど。リリア様、ちょっと、続けて下さい」と神妙な顔をして、言う。

「はい……それで、今日は余所でお休みになると……なにか、障りがあるとも、押さえが聞かなかったとも……」

 どういう意味なのか、良くは、解らなかった。

 ただ、思い出すだけで、胸が、痛い。

「……あちゃー」

 ガルシア卿は、額を押さえた。

「ガルシア卿?」

「リリア様、とりあえず、まだ、処女おとめですか? あの人に、何かされてませんよね?」

「えっ? ええ、その……はいっ」

 いきなり処女おとめかどうか問われて、驚くが、ガルシア卿の眼差しは真剣だった。

「ああ、よかった。ウィレムス公に殺されるところだった」

 ガルシア卿がむねをなで下ろして、ホッとしているようだった。

「どういうことですか?」

「うーん……、お嬢さんに、男の生理を説明するのは、気が引けますけど……リリア様、とりあえず、どうやって子供が出来るかくらいはご存じですよね? 具体的に、肉体を使って、どういうことをするのか」

 具体的に、と言われて、顔が熱くなるのを感じながら「え、ええ。知っているわ。経験はないけど」と答える。

「ああ良かった……それで、昨日の夜、陛下は、そういう意味の欲望を、リリア様にお向けになった。ここまでは、ご理解頂いてますかね?」

「……本当か、どうか、解らないけど……」

 昨日、陛下は、リリアの身体を暴きたかったのだろうか。それは、よく解らない。

 だが、結果だけ見れば、そういうことなのだろう。

「いや、間違いないと思います。それで、障りがある、と仰ったんですよ」

「えっ?」

「つまり、……陛下の、男性の部分が、リリア様を欲していたと言うことです」

 恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。

「そ、そんなことは……っ!」

「いや、それが……あるんですよ。そして、男が市と欲望を自覚したら、それを抑え込むのは、かなり、しんどいです。しかも、リリア様は、薄い夜着一枚。二人きりで、寝台の上……ときたら、これを、何もせずに立ち去った陛下の忍耐強さに、私も感服致します」

(でも、……別に、たまたま、そういう気分になっただけかも知れないし……)

 それが、偶然、リリアだっただけかも知れない。

「……リリア様。あの人、朝食に拘ったでしょう」

 ガルシア卿が、ぽつりと呟く。

「えっ? ええ……」

「あの人ねぇ……、いつも、一人でね、食事を誰かと取ったのなんて、五歳の誕生日の時くらいじゃないかな。五歳の誕生日には、人を招いて宴をするでしょう? その時が、多分、ご両親と食事をした最初で最後。

 皇太后殿下は、ご存命だけど、厳しい方だから、食事を一緒になさったこともない。けれど、陛下には、五歳年下の弟がいらっしゃってね。今は、この弟君も他界されて居ないのだけど、弟君は、皇太后殿下が直々にお育て遊ばしたから……、毎日食事も一緒にとっていらして、先帝陛下もご一緒だったからね、ずっと、羨んでいたんだよ。

 野戦に出ても、一人で食事をしているし……ただ、乱戦になって、どうしようもない時、山の中で彷徨った時があったのかな。その時に、何日も、食うや食わずという状況においこまれてね。その時、手持ちのわずかな食料を、同行した数名と分け合って一緒に食べた朝食の話は、何度も聞いたよ。一人の人間として生きた時間だったのだろうね」

「それで……、その方達は……?」

「陛下は、帰ったら、宮殿の晩餐会にでも招待すると言ったんだ。……同行した兵士は、徴用されてやってきた、年若い農夫だったよ。そして、その約束は、永遠に果たされなかった。その者達は、陛下を助けるために、命を落とした。

 だから……あの人ね。朝食には、いくらか思い入れがあるんだ」

 ひとときも『わたくし』の時間がない、皇帝陛下という立場にあって、唯一、皇帝陛下が自身に許した『アデルバード』として過ごす時間なのだろう。

 それを、リリアと過ごしたかったということなのだ。

「リリア様。あのね、あの人、あれで割と繊細だしね。いろいろなことを気にしているよ。でもね、出来れば、もう少し、今の職と、皇后っていうのは考えておいて欲しいよ」

 ガルシア卿の言葉が、重々しく、リリアの胸に突き刺さった。



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