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11.カミラ嬢、荒ぶる
しおりを挟む朝食を取り、カミラ嬢と共に王宮内を散策する。
王宮は、恐ろしく広い。城壁はぐるりと首都を取り囲んでいるはずだったが、その中央の王宮は、なんと小山一つが敷地内に含まれている。
軽いドレスに着替えたカミラ嬢とともに、リリアは歩く。
新聞記者には、外して貰った。
「カミラ様、私、そもそも、陛下の『ゆたんぽ』として雇われただけの平民なのです。皇后陛下というのは、カミラ様のような、臈長けたお姫様にしか務まらないものだと思いますけど」
「ええ、『湯たんぽ係』というのは、お伺いしておりますわ。それでも、帝国の凍てつく太陽と謳われたあの皇帝陛下が、女性に興味を示したのは、ただ一度、リリア様だけなのです」
通常、皇帝を太陽に例えることはあるが『凍てつく太陽』というのは、酷い異名だ。
「わたくしども、本当に業を煮やしまして、ガルシア卿を去勢して、女装させ、皇后として送り込もうかと思いましたわ」
去勢……つまり、男性の象徴をチョン切るということだ。
「ちょっ……ちょっと待って下さい……」
それでは、あまりにもガルシア卿が可哀想では、と言おうとしたリリアだったが、途中で、(意外にアリかも知れない)とも思いはじめた。
なにせ、リリアには、全く影響がない。
「じゃあ、ガルシア卿を……」
と前のめりに申し出ようとしたリリアだったが、カミラ嬢は、ふぅ、と沈鬱そうに溜息を吐いた。
「それが、ガルシア卿は、陛下と同じくらいの冷え性だそうで」
「ああ……」
それでは、絶対に、あの陛下が首を縦に振るはずがない。
「だから、ガルシア卿を嫁がせるのは無理でした」
「それにしても、なぜ、カミラ様たちは、陛下の結婚に一生懸命なのですか? あっ、臣下としての勤め? というのは解るのですけれど」
カミラ嬢は、苦虫を数十匹くらい纏めて噛みつぶしたような、渋い顔をした。
「……わたくしたちには、婚約者がおりますの」
「はいっ?」
カミラ嬢は、地獄の奥底から響いてくるような低い声を出しながら、続ける。肩が、小刻みに震えていた。
「すでに、わたくしたちは、皇后候補にはなっておりませんの。……陛下の皇后候補というのは、皆、外国の姫君でした」
「ああ……、そうなんですね」
「ええ。一度目の結婚が破談になり、次の結婚が破談になり……となって、それが続いてから、わたくしたちの婚約者達は、神々と精霊に誓いを立てたのです」
「誓い、ですか?」
「ええ。陛下がご結婚されるまで、自分も結婚しない、ということを……っ!」
カミラ嬢の声が、怒りに震えていた。
「わたくし達、一刻も早く、結婚したいのです。なのに、あの、皇帝陛下が……っ、女性には興味がない、女運は悪い、本当に、本当に……っ」
「カミラ嬢っ! カミラ嬢、落ち着いて下さいませ!」
「とにかく、わたくしたち、一刻も早く、わたくしたちの幸せの為に、あなたに陛下と結婚して欲しいのです。結婚して下さいましたら、もう、ここから先、永遠の忠誠をリリア様には誓いますわ!!」
カミラ嬢が、リリアの手を取って、ぎゅっと、握りしめる。
「い、痛っ……っ!」
「あっ、わたくしったら、つい、熱が入ってしまって……」
恥ずかしそうに頬を染めながら、カミラ嬢は言う。
(けど……、カミラ様たちが、私と陛下を結婚させたい理由は分かったわ……)
完全に私利私欲の為、家のことや、政治的なことなど一切絡んでいなかった。それだけは、安心出来たが、どうあっても、カミラ嬢は、手っ取り早く、リリアと皇帝を結婚させようとしている。それだけは間違いない。
「永遠の忠誠とか、本当に怖いんですけど」
「あら、そうですの? わたくしたちは、皇后陛下をもり立て、国の為に尽くしますわ。勿論、リリア様が現在取り組んでおられる事業に、わたくしどもも支援をさせて頂きたいと思いますの」
取り組んでいる事業とは、一体何だろうか、とリリアが思っていると、カミラ嬢が小さく耳打ちする。
「施薬院など……」
たしかに、あれは世間的には『リリアの発案』として認知されているのだった。つまり、リリアが行っている事業と言うことになるのだろう。
「くっ……」
「心優しきリリア様であれば、きっと……」
「けれど、その代償が、私の結婚というのが、納得出来ないのですけれど……」
「……もしや、リリア様、すでに結婚をお約束した殿御がおいででした?」
「いえ、そういう方はないのですけれど……」
「だったら! 陛下は、見た目は良いですし、性格も悪くはありません。戦に出れば、力を振るいますけれど、暴力的なところもありませんし。とにかく、夫にして損はない人物ですわ」
「それだったら、カミラ様が……」
「ですから、わたくしは、もう、将来を誓い合った方がいるのです。その方と結ばれるのが望みなのです。国を救うと思って、どうぞご決心なさいませ」
「なんで、私が国を背負わなければならないんですか……」
「それは、未来の皇后陛下ということですし……それに、リリア様が結婚して下さらない場合、本当に、我が国は、消えるかも知れないのです」
「えっ?」
「……我が国は、二百年前、当時のリーン聖皇国の聖皇猊下と、和平を結ぶ際、直系の子孫が絶えた時点で、そのまま、国をリーン聖皇国に吸収するという、約定を交わしているのです。それは、現在でも有効。つまり、今上陛下にお子様が生まれなかった場合、国が消えます」
「そ、そ、そんな……重大な責任なんて取れませんよっ!」
「いいえっ! あの陛下が見込んだ方ですから、きっと、子宝にも恵まれますわ。体温が高い方が、授かりやすいとも申しますし」
目の前が、くらくらしてきた。まさか、そんな事情も知らなかったし、そんな重責を背負わされるとも思わなかったからだった。
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