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10.新聞記者と埋められていく外堀

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 薄衣一枚で寝所に仕えていた娘……というのが大々的に宣伝されるというわけか!

 それは、避けたい。

 さすがに、そんな、破廉恥なことを書かれては、外を歩くことも出来なくなる。

「リリア様は恥ずかしがっておられるようですけれども」

 カミラ嬢が、こほん、と小さく咳払いをしながら続けた。「実際、初夜の折には、既婚の貴族女性が立ち会いますのよ」

「えっ!?」

 リリアが思わず顔を上げる。カミラ嬢と目が合うと、彼女は「おはようございます」と優雅に挨拶をした。

「おはようございます、カミラ様。今日も、良いお天気ですわね」

 と返したあとで「なんで、立ち会いが必要なんですか!?」と問う。全く、理解の範囲外のことだった。

「これが決まりですの。わりと、どこの国でも王族になれば、こういった風習がございましてよ。初夜の折、無事婚姻が成立したか、また、処女おとめであったか、さまざまなことを調べられます」

「わ、わたし、絶対に、そんなことはイヤですからっ!」

「問題ありませんわ。みんな、そう言うことをしてきているのですから……皇后へお立ち遊ばす方に、羞恥心などはご無用です。それは、陛下とお二人の時のみ発揮なさって下さいまし」

 カミラ嬢の言葉を聞いているうちに、気が遠くなってくる。

 今の言葉は、本当らしい。皇帝が、口を挟んでこないのも、本当のことだからだろう。

「……なるほど、リリア様は、恥じらいをもたれた清純なお嬢様なのですね」

 感心した新聞記者が、そう呟きながら、手帳にメモしているようだった。

「そうなのだ。身持ちは堅く、私の再三の求めにも応じてくれぬのだ……正式に婚姻関係が成立するまでは、ということだ。まつりごとに悪影響があってはならないということらしい」

 すらすらと。立て板に水のごとく、皇帝は言う。

(この大嘘つき……っ!)

 とは思うが、この方は皇帝だ。この方の口から出た言葉が、正しいのだ。そういう方なのだ。

「そうなのですね。今時なんと珍しい貞操概念をお持ちで……さすが、ウィレムス公のご養女ともなる方だと、古風な方なのですね。その上、慈善事業にも興味がおありということで、国民は、ご令嬢の噂で持ちきりですよ」

 目を輝かせて言う新聞記者に、リリアはうんざりしていた。

(本当のことをぶちまけたい……)

 第一、リリアは、『湯たんぽ係』であって『雇われ婚約者』などではないのだ。

「陛下、ご成婚はいつになりましょうか」

「ああ、昨日、寝殿が吉日を選定してな。……三月みつき後に決まった」

「それは……! 国民、皆国を挙げて祝福致します! いまより、我が新聞社では、総力を挙げてリリア様の特集を組ませて頂く所存です!」

「ああ、それは喜ばしいな。国民から歓迎される婚姻を結ぶことが出来るのは、望外の喜びだ」

 陛下は、にこりと微笑む。永久凍土すら溶かしてしまいそうな、素晴らしい微笑みだった。

「ええ。それでは、今日から、わたくしのお茶会にはこちらの新聞記者が付きますが、こういったものたちは、慣れて下さいまし。一挙一動が観察されているものですのよ。すべて、リリア様に感心と深い愛があるからですわ」

 カミラ嬢が、こちらもにこりと微笑む。

 どう考えても、皇帝の相手―――皇后には、こちらのカミラ嬢がふさわしいだろう。

 なのに、なぜ、こんなことになってるのか、全く理解出来なかった。

 そして、本人の意思は全く無視して、リリアの結婚式は、三月後の吉日に開催されることになったらしい。

「あの……急な結婚の儀式のお話しで……したくが間に合わないのでは……ウィレムス公のほうも、ご都合があるでしょうし」

 心構え的な部分も含めて。

「ああ、その件ならば、ウィレムス公には、なんとか快諾頂いたよ。私にとっても義父になる方だからね。そこは怠りないよ」

 ならば、本人にも、もう少し説明をして欲しい。

 けれど、この皇帝には、そう言うつもりはさらさらないのだろう。

 リリアは、ふと、ガルシア卿の言葉を思い出していた。





「あの人、もう、なんていうか……手段を選ばないタイプの人間ですから、もう、こうなったら、諦めて溺愛されてください」





 ここが、人生一番の頑張りどころなのはないか?

 このまま流されれば、皇后になるのは必須だ。

 しかし、庶民中の庶民が、皇后になどなっても良い事などあるはずがない。

(なんとか、しなきゃ……)



 なにか、アクシデントが起こって、そういうお話し自体がなくなりますように、とリリアは祈らずに居られなかった。





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