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08.ご令嬢達の直談判

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「なんだ、ガルシア卿」

 不機嫌に言う皇帝陛下だが、リリアは放して貰えない。姫君たちの視線が気になる。じっ、と見つめているのだ。さぞかし、無礼で破廉恥な女だと思われているだろう。

「ご令嬢たちが、ぜひとも陛下に直談判したいと……」

 大挙してきて怖かったんですよぉと、ガルシア卿は泣きつく。リリアは、ため息を吐き、皇帝陛下は「それを止めるのがお前の仕事だろうに」と、吹雪のように凍てつく声音で言う。

「これでも、ここまでは待ったんですよ! ちょっとご令嬢! よろしくお願いしますよ!!」

 などと姫君たちに助けを求める。この瞬間を待っていたとばかりに、姫君たちは、皇帝陛下の私室に入ってくる。二十人ほどは居るだろう。大量の花束が一気に部屋の中になだれ込んだような華やかさである。

「どうされたのかな?」

 一応、皇帝陛下は笑顔を浮かべているが、ガルシア卿の顔は引きつっている。察するに、あまり、機嫌は良くないらしい。

「陛下」

 凛とした声で中央にいた金髪の姫君が言う。見事な美人であった。皇帝陛下と並んだら、黄金と銀と、対を為すように美しいだろう。

「クレメント伯爵家嫡女のカミラでございます」

「カミラ嬢……何度か、夜会で顔を合わせたことはあったな」

 リリアは思う。なぜ、その夜会とやらで、この二人が『出会』わなかったのかと。伯爵家ならば、それなりだろうし、金髪に熱く強い翠玉の眼差しを持つこの女性ならば、皇后として見劣りしないではないか。

「光栄でございます。わたくしどもには提案がございます。わたくしどもと申しますのは、ここに集う、『皇国の翼』二十五家の娘たちでございます」

『皇国の翼』、という言葉を、リリアは初めて聞いた。

「リリアは、『皇国の翼』を知っているかな?」

 皇帝陛下が優しく、ことさら甘く問う。雰囲気を察して欲しいが、この皇帝陛下は室内に、リリアと二人きりで居るように振る舞うので、大変、リリアは気詰まりになった。

「いいえ」

「『皇国の翼』というのは、我が国において、完全なる忠誠を皇帝に対して誓った貴族の家々の同盟なのだよ」

 なるほど。『親皇帝派』ということだろう。しかし、その姫君たちが徒党を組んで乗り込んでくるのだから、ただ事ではないはずだ。

(身分違いで、はしたない娘は相応しくない……っていうことかしらね)

 だとしたら、さっさと、その流れに持っていって貰いたい。カミラと名乗った麗しき姫君を、心から応援しつつ、リリアは次の言を待つ。

「陛下。『皇国の翼』二十五家の娘から、申し上げます。ウィレムス公ご養女様に、どうぞ、将来の皇后陛下に相応しい知識と、振る舞い。国内外の貴族の関係など、社交と政に必要なすべてを、たたき込む機会をお与え下さいまし!」

 お願い申し上げます!

 二十人ほどの声が、見事に一本に重なる。それを聞きながらリリアは、魂がふぅっと抜けていくような、途方もない疲弊感を覚えた。現実から逃避したくなった。

「そなたらに利は?」

 怜悧な声だった。しかし、カミラ嬢は負けない。二人の間に、青白い火花がバチバチと散っているようだ。

「中立を貫いておられるウィレムス公を、『皇国の翼』に引き入れることが叶います。そして、わたくしどもも、ウィレムス公ご養女様とつながりを持つことで、今後、様々な場面で利があるでしょう」

 いやまて、とリリアは心の底からツッコミを入れたかった。

(それって、私が皇后になることが前提じゃないんですかっ!!!)

 チラッとガルシア卿を見やると、小さく親指を立てたのち「てへっ」と笑ってウィンクを飛ばしてきたので、あとで、絶対に何かの方法で報復しようと心に決める。

「私の可愛いリリアを……、害するつもりはないのだね?」

「わたくしたち、イジメのようなことをするとお思いでして? 私どもにお任せ下さいませ。二ヶ月で、国一番の貴婦人に仕立て上げますわ!」

 拳を握って、カミラ嬢は力説する。そろそろ、限界だった。

「わ、私のことを無視して……話を進めるのはおやめくださ……」

 なんとか震える声で訴えようとしたとき、カミラ嬢は、ことさら冷たい視線を送ってきた。

「ご養女様。今、わたくしは、皇帝陛下とサシで話しに来ましたの。それを遮るのはわたくしと、皇帝陛下に対する無礼です。よく、覚えていて下さいまし? ……このような、簡単なマナーもわきまえないようでは、この先が思いやられます。わたくしどもの派閥意外にも、貴族は山ほどいるのです。そして、どれも、十日も餌にありつけていない飢えた狼だと思いなさいな。あなたのように、力もなく、特別な技能があるわけでもなく、知恵もない娘は、一瞬で食い殺されましてよ?」

 凄い言葉だったが、多分、的確な表現なのだろう。それは、解った。

「カミラ嬢、あなたの言葉は、確かに説得力があるな。それに、リリア。君も、日中はヒマだよね?」

「へ、陛下のお側に居りませんと……」

 いざというとき陛下を温められないではないか、と言おうとしたが、「二ヶ月だけ頑張っておいで」とにっこりと押し切られそうになる。

「あっ、そういえば」

 とご令嬢の誰かが、声の高い独り言を言う。その隣のご令嬢が「如何致しまして?」と優美に会話を受け取った。

「わたくし、思い出しましたのよ。ウィレムス公のご養女様は、弟君がおいでだそうで」

「ええ、わたくしも聞いておりますわ。たしか、翰林院を主席で入学されるとか」

「ええ、とても優秀な方ですのね」

「それに姉君思いの良き弟であるという噂ですわ」

「まあっ! それならば、もし、姉君様が、鍛錬して見違えるような淑女、国一番の姫君として登場されたら、きっと、弟君も姉君の努力に感動なさいますわね」

「努力家は、努力家を愛するものですわ」

「ええ、本当に」

 ころころと笑いながら繰り広げられる会話は、リリアの脳内に、即時にイメージとなって再現されていた。目の中に入れても痛くない可愛い弟、ルークが、リリアを誉め倒しているところ。それを想像したのだった。

「……アデルバードさま」

 名を呼んだことで、ご令嬢たちが息を飲む。そして、それから、ぽっと顔を赤くして、優美な所作をもって、口元を扇で覆った。

「なんだい、リリア」

 皇帝陛下の声音は、とろけるほどに甘い。そして、さりげなく、腰に手を回されて、ぐいっと引き寄せられていた。だが、リリアは、それを気がついていない。ただ、皇帝陛下の綺麗な顔が相変わらず近いなーと思っているだけだ。

「私、ご令嬢から、いろいろとご教示頂こうと思いますっ!」

「そうかい。では、カミラ嬢、リリアを頼めるかな?」

 カミラ嬢は一度、リリアを見つめた。やがて、カミラ嬢は優美に裾をもって一礼をする。

「勅命承りました。わたくしどもにお任せ下さいまし」

 一体どう『お任せ』されたのか、全く解らなかったが、カミラ嬢の目は、爛々と燃える炎を宿しているようにみえた。











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