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03.はじめての朝

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 一瞬、深い眠りに落ちそうになったのを慌てて、堪える。

(せめて陛下がおいでになるまでは……)

 そう。これは、ただ寝ているだけではなくて、れっきとした仕事なのだ。だから、ちゃんと、それを全うしなければならない。

(私は、仕事はキッチリやる人間よ!)

 そのために、完璧な『ゆたんぽ』になるのだ。

 気合いを入れ直してみたが、皇帝の足音が近付いてくる気配もない。目を開けてみると、部屋に月の光が差し込んでいる。月が天頂に輝いていて、青く冴え冴えとした光で、部屋を満たす。

 この冷たい月光のような印象が、大方の国民が抱く、皇帝の姿だろう。

 月が傾き掛けた頃、きぃ、と静かな音を立ててドアがきしむのが解った。

 視線をやると、重くて大きなドアが開いて、皇帝陛下が部屋へ入ってくる。少しずつ、近付いてくる。ガウンを側仕えに手渡したのだろう。かすかな衣擦れの音が聞こえた。そして、ベッドが沈む。

「……リリア。起きているか?」

「は、はい……陛下」

「寝ていて良かったのに……布団を温める役目などを言いつけて済まない」

 だが、数代前の寒波の時には、そういう役割があったという話も聞いた。だから、すんなりと、寝室付き侍女という特殊な役割が復活したのだという。

「いいえ……それより、陛下、その、ご就寝のお時間にしては、少々遅すぎます」

「うん、だから、先に寝ていて……?」

「いいえ。私は陛下より先に休むことは出来ない規則ですから、早く来ていただかないと、私が寝ることは出来ません」

 そんな規則など聞いたことはなかったが、口から出任せを言っておいた。

 寝台に皇帝が入ってきた瞬間、暖かかった布団は、吹雪が吹き荒れたように冷える。冬の長い夜を、こうして冷え切るまで休むことも出来ないのも、問題だろう。

「……ああ、リリアのおかげで暖かいな」

 皇帝の声は、少し、嬉しそうだった。リリアとしては、皇帝が入ってきた瞬間に異常に冷えたという感覚だ。

「それならば、よろしゅうございました……」

「……同衾はするけれど、リリアには触れないようにするから……」

 心底済まなさそうに言う皇帝の声を聞きながら、リリアは「はい、それは、もう、よろしくお願いいたします」とうつろな意識で返答した。







「陛下。陛下! ご起床の時間でございます」

 扉の外から呼びかける声が聞こえてきて、リリアの意識はハッと覚醒した。

 そして「っ!!!!!!」声なき叫びが口からほとばしり出る。

 リリアの身体は、がっちりと皇帝に抱きつかれていた。逞しい腕と足に巻き付かれ、彼の胸に顔を埋めるようにしているリリアは、どうあがいても大蛇に巻き付かれたような状態で、離れることは出来なかった。

(私には触れないようにするって言ったのにっ!!!!!)

 寒さに負け、暖かさを求めて巻き付いたのだろう。

 見上げた皇帝の美しい顔は、少年のようなあどけない寝顔だった。

(寝ぼけてても、美形は美形だわ……)

 感心したものの、はた、と気がついた。起床の時間と言っていたではないか!

(ここにガルシア卿が乱入してきたら、なんだかまずいことになる気がする!)

「へ、陛下っ! 起きてくださいまし!! 陛下っ!!!」

 必死で呼ぶが、逆に、ぎゅーっと抱きしめられる。ぬいぐるみかなにかと勘違いしているのかも知れないが、だとしたら、そのぬいぐるみは、ぺしゃんこなはずだ。

「……っ、苦し……っ」

「ん……?」

 リリアが呻く声を聞いて、皇帝はやっと気がついたらしい。

「あっ! ……す、済まないっ! 触れないようにすると言いながら……しかし、一晩中、ぽかぽかとして気持ち良く眠れたのだ」

「お役目を果たせたようでしたら、良いのですが、もうご起床のお時間で……」

 見上げた皇帝は、柔らかく微笑んでいる。

 紙の一枚も入り込む隙間がないほどに、身体が密着している。

「陛下、……その、お離しください……」

 小さな声で訴えると、皇帝は、名残惜しそうにリリアを放した。

「本当に、そなたは暖かいのだな……。離れると、途端に冷えてくる。一日中、リリアを抱いていられたら良いのに」

 とんでもない発言を聞いてリリアは、内心で(いやいやいやいや!)とツッコミを入れたくなったが、すんでのところで止めた。

(まあ……今の発言は、私がモノ扱いされてるって言うことだから、逆に、安心したわ。この方、私に興味はないんだわ)

 純粋に、体温が高いから抱いていたい。リリアという人間の中身とか、そういうモノをすべて取り払って、この体温だけが欲しいのだ。

 それを実感出来たので、気分は楽になった。

(まあ、抱きつかれた分は、お給料に反映して貰おう)

 そのことだけは、ガルシア卿に交渉することを思いつき、リリアは皇帝と一緒に寝台を出た。

 しかし、皇帝の身の回りのことをどうするのか、全く解っていない。

 夜着の皇帝は、胸元がはだけていて、逞しい肉体が晒されている。冷えるのは良くないと思って、寛いだ胸元を直す。

「あの、陛下。いつもは、どのように……」

「ああ、このまま、着替えて一度、鍛錬に出てからもう一度着替えてから朝食になる。だが、今日は、鍛錬をする気分ではないな。いつもは、身体が寒くて凍り付いてるから、鍛錬をやって無理矢理身体を温めているのだ。だから、リリア、一緒に朝食を食べよう」

(はいっ?)

 意味がわからずに、聞き返すところだった。

 通常、貴族は、庶民と食事を取ることは許されない。

「身分のことなら大丈夫でしょう? 一応、ウィレムス公の養女ってことになっているし、その人が後見人なんだから、身分的には貴族のご令嬢だよ」

(なら貴族のご令嬢が一夜を共にして、朝食まで一緒に摂っているという構図の方が、やっぱりマズい気がするわよ……)

 しかし、皇帝は動じない。

 
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