4 / 23
03.はじめての朝
しおりを挟む一瞬、深い眠りに落ちそうになったのを慌てて、堪える。
(せめて陛下がおいでになるまでは……)
そう。これは、ただ寝ているだけではなくて、れっきとした仕事なのだ。だから、ちゃんと、それを全うしなければならない。
(私は、仕事はキッチリやる人間よ!)
そのために、完璧な『ゆたんぽ』になるのだ。
気合いを入れ直してみたが、皇帝の足音が近付いてくる気配もない。目を開けてみると、部屋に月の光が差し込んでいる。月が天頂に輝いていて、青く冴え冴えとした光で、部屋を満たす。
この冷たい月光のような印象が、大方の国民が抱く、皇帝の姿だろう。
月が傾き掛けた頃、きぃ、と静かな音を立ててドアがきしむのが解った。
視線をやると、重くて大きなドアが開いて、皇帝陛下が部屋へ入ってくる。少しずつ、近付いてくる。ガウンを側仕えに手渡したのだろう。かすかな衣擦れの音が聞こえた。そして、ベッドが沈む。
「……リリア。起きているか?」
「は、はい……陛下」
「寝ていて良かったのに……布団を温める役目などを言いつけて済まない」
だが、数代前の寒波の時には、そういう役割があったという話も聞いた。だから、すんなりと、寝室付き侍女という特殊な役割が復活したのだという。
「いいえ……それより、陛下、その、ご就寝のお時間にしては、少々遅すぎます」
「うん、だから、先に寝ていて……?」
「いいえ。私は陛下より先に休むことは出来ない規則ですから、早く来ていただかないと、私が寝ることは出来ません」
そんな規則など聞いたことはなかったが、口から出任せを言っておいた。
寝台に皇帝が入ってきた瞬間、暖かかった布団は、吹雪が吹き荒れたように冷える。冬の長い夜を、こうして冷え切るまで休むことも出来ないのも、問題だろう。
「……ああ、リリアのおかげで暖かいな」
皇帝の声は、少し、嬉しそうだった。リリアとしては、皇帝が入ってきた瞬間に異常に冷えたという感覚だ。
「それならば、よろしゅうございました……」
「……同衾はするけれど、リリアには触れないようにするから……」
心底済まなさそうに言う皇帝の声を聞きながら、リリアは「はい、それは、もう、よろしくお願いいたします」とうつろな意識で返答した。
「陛下。陛下! ご起床の時間でございます」
扉の外から呼びかける声が聞こえてきて、リリアの意識はハッと覚醒した。
そして「っ!!!!!!」声なき叫びが口からほとばしり出る。
リリアの身体は、がっちりと皇帝に抱きつかれていた。逞しい腕と足に巻き付かれ、彼の胸に顔を埋めるようにしているリリアは、どうあがいても大蛇に巻き付かれたような状態で、離れることは出来なかった。
(私には触れないようにするって言ったのにっ!!!!!)
寒さに負け、暖かさを求めて巻き付いたのだろう。
見上げた皇帝の美しい顔は、少年のようなあどけない寝顔だった。
(寝ぼけてても、美形は美形だわ……)
感心したものの、はた、と気がついた。起床の時間と言っていたではないか!
(ここにガルシア卿が乱入してきたら、なんだかまずいことになる気がする!)
「へ、陛下っ! 起きてくださいまし!! 陛下っ!!!」
必死で呼ぶが、逆に、ぎゅーっと抱きしめられる。ぬいぐるみかなにかと勘違いしているのかも知れないが、だとしたら、そのぬいぐるみは、ぺしゃんこなはずだ。
「……っ、苦し……っ」
「ん……?」
リリアが呻く声を聞いて、皇帝はやっと気がついたらしい。
「あっ! ……す、済まないっ! 触れないようにすると言いながら……しかし、一晩中、ぽかぽかとして気持ち良く眠れたのだ」
「お役目を果たせたようでしたら、良いのですが、もうご起床のお時間で……」
見上げた皇帝は、柔らかく微笑んでいる。
紙の一枚も入り込む隙間がないほどに、身体が密着している。
「陛下、……その、お離しください……」
小さな声で訴えると、皇帝は、名残惜しそうにリリアを放した。
「本当に、そなたは暖かいのだな……。離れると、途端に冷えてくる。一日中、リリアを抱いていられたら良いのに」
とんでもない発言を聞いてリリアは、内心で(いやいやいやいや!)とツッコミを入れたくなったが、すんでのところで止めた。
(まあ……今の発言は、私がモノ扱いされてるって言うことだから、逆に、安心したわ。この方、私に興味はないんだわ)
純粋に、体温が高いから抱いていたい。リリアという人間の中身とか、そういうモノをすべて取り払って、この体温だけが欲しいのだ。
それを実感出来たので、気分は楽になった。
(まあ、抱きつかれた分は、お給料に反映して貰おう)
そのことだけは、ガルシア卿に交渉することを思いつき、リリアは皇帝と一緒に寝台を出た。
しかし、皇帝の身の回りのことをどうするのか、全く解っていない。
夜着の皇帝は、胸元がはだけていて、逞しい肉体が晒されている。冷えるのは良くないと思って、寛いだ胸元を直す。
「あの、陛下。いつもは、どのように……」
「ああ、このまま、着替えて一度、鍛錬に出てからもう一度着替えてから朝食になる。だが、今日は、鍛錬をする気分ではないな。いつもは、身体が寒くて凍り付いてるから、鍛錬をやって無理矢理身体を温めているのだ。だから、リリア、一緒に朝食を食べよう」
(はいっ?)
意味がわからずに、聞き返すところだった。
通常、貴族は、庶民と食事を取ることは許されない。
「身分のことなら大丈夫でしょう? 一応、ウィレムス公の養女ってことになっているし、その人が後見人なんだから、身分的には貴族のご令嬢だよ」
(なら貴族のご令嬢が一夜を共にして、朝食まで一緒に摂っているという構図の方が、やっぱりマズい気がするわよ……)
しかし、皇帝は動じない。
51
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる