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01.洗濯係のリリア
しおりを挟むこの国の城は、大陸でも北の方にあるので冬の間は酷く寒い。
山の方から雪交じりの冷たくて強い颪が吹いてくるのも珍しくないような場所だった。
皆、できる限り服を着込んで、身を縮こめて生活しているというのに、リリアと着たら夏と変わらない薄着である。
最初、みんなから奇異な目で見られたものだが、どうにも体温が暖かくて、どんなに冷たい水にさらされていても、まったく冷えない。
(実は、月のモノが来てから、体質が変わってこんなことになっちゃったのよね)
普通、月のモノが『終わる』タイミングなら解るが、始まったときにこういう体質になったので、リリアとしては前向きに、
「防寒着を買わなくて済んだわ!」
ということで片付けることにした。
防寒着の分、最愛の弟の学費に充てたり、最愛の弟の服を買ったり、食事の足しにしたり出来るだろう。
そういう意味で、貧乏生活を憐れんだ神様が、便利な体質にしてくれた―――くらいの軽い認識でいたものだった。
なので、急に職場に皇帝侍従のガルシア卿が現れたとき、なにか粗相をして、ここの誰かの首が飛ぶのだと、洗濯場の女たちは皆がそう思ったに違いなかった。
「お前、名は何という」
ガルシア卿の指が向いたのは、リリアだった。
周囲の女たちが「ホッ」としたのと同時に、リリアは目の前が真っ暗になった。このまま、リリアが処刑されれば、弟はどうなってしまうだろう。せめて、未払いになっている今月の働いた分の給与くらいは遺族に支給されるだろうか。
そんなことまで一瞬にして思ったし、頭の中を、走馬燈のように今までの人生が駆け巡っていったものだった。
貧乏で苦労はしたけれど、割と、自分の十八年の人生は悪くはなかった―――。
「……畏れ多くも勅命でここに来ている。名前を。それでなければ、ここの責任者。この者の名前を」
少々、苛立ったような声でガルシア卿は言う。
「リリアと申します!」
震える声で、リリアは名乗った。
「リリアか。……良し。それでは、この者は、私が連れて行く。交換の希望があれば申し出ること。お前は、ついてきなさい」
ガルシア卿は、特に何も理由を説明しなかった。
貴族が庶民に何か説明をすると言うことは、まず、ないだろう。
震えながらも付いていくリリアに、「あのっ!」と悲鳴のような声が上がった。
「そ、その子は、元気でいつでも真面目に働いています。弟思いで、本当にオモテウラのない良いこなんです。だから、何かの間違いですっ!」
洗濯場の上司、グレイスが真っ白な顔をしながら叫んだ。
「いや、この娘で間違いない」
ガルシア卿は、にべもなく否定してから、一度立ち止まった。
「そなたは、もしや、私がこの娘を処分でもすると思って連れ出したと思っているのか?」
グレイスは、こくこくと頷く。今にも倒れそうなほど、顔色が悪かった。
「この娘は、働きぶりを見込まれて、出世することになったのだ。そのため、私が直々に迎えに来た」
「しゅ、出世って……」
庶民が、『出世』などすることはない。
あり得ない言葉に、一同が首を捻る。
「詳しくは機密事項になるが、この娘は、皇帝陛下の私室付となった」
ガルシア卿が告げた内容が、あまりにも衝撃的で、リリアも、言葉を失った。
じっとガルシア卿を見つめるが、表情一つ変えることはなく、また、嘘を言っているようにも見えなかった。
「皇帝陛下付……庶民が……?」
「無論、正式に決まればしかるべき立場を与えることになる。この娘には、貴族の後見人が付くことになるだろう。他に疑問がなければ、失礼する。陛下をお待たせしているゆえ」
リリアの了承など得ずに……、すべてが進んでいたらしい。
貴族の後見人が出来るとか、皇帝陛下の私室付だとか、初めて聞く内容ばかりで、リリアも、わけが解らない。
城は、幾つもの建屋から構成されている。洗濯場は、正面からは見えないような場所にあり、主な建屋からは遠く離れている。皇帝陛下は、執務室は主城と呼ばれる場所で行うが、私室などは、西の館、東の館など、複数の箇所にある。儀礼的な寝室は、主城にあるが、それ以外は、やはりあちこちに分かれて存在している。園の日の気分で寝所を変える贅沢などではなく、暗殺対策である。
リリアが連れられたのは、南の館と呼ばれる小さな建屋で、先代では皇后が使用していた建屋だった。
その影響が残っているのか、全体的に、優美な調度が多い。
何度、廊下を曲がったのか、何度、階段を上下したのか、解らなくなりつつ足早に歩くガルシア卿の後ろを付いて、ある部屋の前で立ち止まった時、肩で息をつく必要があった。
「いったん息を整えろ。陛下がお待ちだ」
リリアは扉を見やった。この中に、皇帝陛下がいる。そして、リリアを待っているという……。
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