上 下
2 / 23

01.洗濯係のリリア

しおりを挟む

 この国の城は、大陸でも北の方にあるので冬の間は酷く寒い。

 山の方から雪交じりの冷たくて強い颪が吹いてくるのも珍しくないような場所だった。

 皆、できる限り服を着込んで、身を縮こめて生活しているというのに、リリアと着たら夏と変わらない薄着である。

 最初、みんなから奇異な目で見られたものだが、どうにも体温が暖かくて、どんなに冷たい水にさらされていても、まったく冷えない。

(実は、月のモノが来てから、体質が変わってこんなことになっちゃったのよね)

 普通、月のモノが『終わる』タイミングなら解るが、始まったときにこういう体質になったので、リリアとしては前向きに、

「防寒着を買わなくて済んだわ!」

 ということで片付けることにした。

 防寒着の分、最愛の弟の学費に充てたり、最愛の弟の服を買ったり、食事の足しにしたり出来るだろう。

 そういう意味で、貧乏生活を憐れんだ神様が、便利な体質にしてくれた―――くらいの軽い認識でいたものだった。

 なので、急に職場に皇帝侍従のガルシア卿が現れたとき、なにか粗相をして、ここの誰かの首が飛ぶのだと、洗濯場の女たちは皆がそう思ったに違いなかった。

「お前、名は何という」

 ガルシア卿の指が向いたのは、リリアだった。

 周囲の女たちが「ホッ」としたのと同時に、リリアは目の前が真っ暗になった。このまま、リリアが処刑されれば、弟はどうなってしまうだろう。せめて、未払いになっている今月の働いた分の給与くらいは遺族に支給されるだろうか。

 そんなことまで一瞬にして思ったし、頭の中を、走馬燈のように今までの人生が駆け巡っていったものだった。

 貧乏で苦労はしたけれど、割と、自分の十八年の人生は悪くはなかった―――。

「……畏れ多くも勅命でここに来ている。名前を。それでなければ、ここの責任者。この者の名前を」

 少々、苛立ったような声でガルシア卿は言う。

「リリアと申します!」

 震える声で、リリアは名乗った。

「リリアか。……良し。それでは、この者は、私が連れて行く。交換の希望があれば申し出ること。お前は、ついてきなさい」

 ガルシア卿は、特に何も理由を説明しなかった。

 貴族が庶民に何か説明をすると言うことは、まず、ないだろう。

 震えながらも付いていくリリアに、「あのっ!」と悲鳴のような声が上がった。

「そ、その子は、元気でいつでも真面目に働いています。弟思いで、本当にオモテウラのない良いこなんです。だから、何かの間違いですっ!」

 洗濯場の上司、グレイスが真っ白な顔をしながら叫んだ。

「いや、この娘で間違いない」

 ガルシア卿は、にべもなく否定してから、一度立ち止まった。

「そなたは、もしや、私がこの娘を処分でもすると思って連れ出したと思っているのか?」

 グレイスは、こくこくと頷く。今にも倒れそうなほど、顔色が悪かった。

「この娘は、働きぶりを見込まれて、出世することになったのだ。そのため、私が直々に迎えに来た」

「しゅ、出世って……」

 庶民が、『出世』などすることはない。

 あり得ない言葉に、一同が首を捻る。

「詳しくは機密事項になるが、この娘は、皇帝陛下の私室付となった」

 ガルシア卿が告げた内容が、あまりにも衝撃的で、リリアも、言葉を失った。

 じっとガルシア卿を見つめるが、表情一つ変えることはなく、また、嘘を言っているようにも見えなかった。

「皇帝陛下付……庶民が……?」

「無論、正式に決まればしかるべき立場を与えることになる。この娘には、貴族の後見人が付くことになるだろう。他に疑問がなければ、失礼する。陛下をお待たせしているゆえ」

 リリアの了承など得ずに……、すべてが進んでいたらしい。

 貴族の後見人が出来るとか、皇帝陛下の私室付だとか、初めて聞く内容ばかりで、リリアも、わけが解らない。

 城は、幾つもの建屋から構成されている。洗濯場は、正面からは見えないような場所にあり、主な建屋からは遠く離れている。皇帝陛下は、執務室は主城と呼ばれる場所で行うが、私室などは、西の館、東の館など、複数の箇所にある。儀礼的な寝室は、主城にあるが、それ以外は、やはりあちこちに分かれて存在している。園の日の気分で寝所を変える贅沢などではなく、暗殺対策である。

 リリアが連れられたのは、南の館と呼ばれる小さな建屋で、先代では皇后が使用していた建屋だった。

 その影響が残っているのか、全体的に、優美な調度が多い。

 何度、廊下を曲がったのか、何度、階段を上下したのか、解らなくなりつつ足早に歩くガルシア卿の後ろを付いて、ある部屋の前で立ち止まった時、肩で息をつく必要があった。

「いったん息を整えろ。陛下がお待ちだ」

 リリアは扉を見やった。この中に、皇帝陛下がいる。そして、リリアを待っているという……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...