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37 七色の虹

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「うー……暑っちい……」

 コンビニを出るや顔に叩き付けてくる強烈な熱気を受けて、萌樹は心底ダルそうに呟く。雨上がりらしく、湿度が酷い。

 夜のバイトは止めた。

 親友の蒼の病室で倒れているのを発見され、検査の結果、特に異常はなかったと言うが、昼の生活をした方が良いと言うことになったからだった。

「あ、萌樹! お疲れ」

「おー、蒼。お疲れー……そっちは、ガッコ?」

「うん。レポートが間に合わなさそう。出席も足りないし。ダブるかも」

「そっかー」

「……あのさ、萌樹。俺が倒れてた間、見舞いとか、来てくれて本当にありがとうな」

「またそれかよ。毎日見舞いに行っただけだろ」

 はは、と萌樹は笑う。蒼の病室で深夜倒れていた―――のは良いが、なぜ深夜、そんなところにいたのか、よく解らない。夢遊病じゃないのかとは思ったが、当時、『萌樹が呼んでくれたから戻ってこられた』と蒼は語っていた。

 医師たちも『まあそういうこともあるかもね』と曖昧に笑っていたが、おそらく、蒼が眠っていた理由も、蒼が起きた理由もわからないからだろう。

「……ちょっと遅くなったけど、お前の快気祝いって事でさ。居酒屋チェーンだけど良い?」

「勿論良いよ」

「じゃ、今日は、俺の奢りで……」

「いいよ。割り勘で。だって、検査代とか掛かったんでしょ?」

「いやさ、検査代は良いんだけど、カード詐欺に遭ったらしくってさ、問い合わせても返金されなくて。なんか、俺のカードでメンズの服買ったヤツがいるらしいんだわ」

 蒼が、一瞬、真顔になった。

「メンズの服」

「そーそー、俺のじゃない感じ。手元にものもないんだよ、ロングコートとか書いてあったかな」

「そう、なんだ」

「そーそー、どうせだったら、貢ぐにしても、女子が良いのにな。ふわふわで可愛い子」

「萌樹、そんな感じの子、好みだっけ……?」

「いや、わかんないけど、だって……誰かと一瞬も付き合ったことないし!」

「……一人くらい、いるんじゃない?」

「いやいやいやいや、本当にいないんだって……というわけでさ、全財産使い果たしたから、また、ちょっとくらいお前にごちそうするのも、全く苦にならなくなったわけだよ。俺はもう、大富豪の気分だね」

「どういう気分だよ」

 笑った蒼の表情が、凍り付く。萌樹は、空を見ていた。西の空。先ほどまで激しい夕立が降っていたので、空の色は、綺麗な薔薇色だった。その、薔薇色の空に、虹が架かっている。くっきりと縞模様が出た七色の虹だった。萌樹は、その虹を見ながら、ただ、静かに涙を流していた。

「萌樹………」

「えっ? なんだこれ、なんで、おれ……? ……なんだ? ……虹……誰かと……」

 誰かと、虹を見る約束をしたような気がする。

 けれど、それが、誰なのか解らない。

 必死に記憶をたぐり寄せようとするのに、ぷつりと分断されていて、何も思い出せない。

 萌樹の手を、蒼が取った。

「……夢でも、見ていたんじゃないかな。俺も、萌樹も」

「夢……」

「そうそう。夢なら、きっと、覚えてなくても仕方がないんだよ。ただ―――凄く、良い夢だったんだね」

 蒼が柔らかく微笑む。

 蒼は何かを、知っているような気がしたが、それ以上、萌樹は、聞くことが出来なかった。ただ、虹を見つめながら、なんとなく、ここに、誰かがいれば良いのに、とだけは思っていた。

 その誰かは解らない。解らなかった。


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