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24 血
しおりを挟む「まあ、あんまり無理はしない方が良いよ。そこの獏の言うとおりにね。通りすがりの人にだって、心配することはあるでしょ?」
あるかなあ、と思った萌樹だったが、そういえば、重い荷物を持ったお年寄りが、ふらふらと歩いていたら、駅前では付き合えるが、その先はどうしただろうか……くらいの心配はする。見知らぬ人であったも、そういうことはある。
「そうそう。だからね……何でもかんでも、否定しなくても良い。君自身のこともね……そて、そのまま、手を差し出してごらん」
萌樹は褥に顔を埋めたまま、手を差し出した。
「……済まないねぇ。ちょっと、血を貰うよ?」
「えっ?」
ひんやりした雑貨屋の手が、萌樹の手首を捕らえた。
「ちょっ……」
顔を上げようとしたが、何故か、身体は動かない。金縛りに遭ったような感じだ。
「雑貨屋!」
獏が声を荒らげる。
「なんだい?」
「……通常は、香を作るのに血など必要としないだろう」
「まあ、『通常は』ね。さっき言ったように、今回は、すぐに作れという依頼だよ。どこの誰の依頼か解らないけど……仕方がない。じゃあ、手っ取り早く、人間の血と、精気を貰おうと思ったまでだよ。
なにか、おかしな事はあるかい?」
おかしいことでは、ないような気が、萌樹にはした。
「さあ、そろそろ、始めようか」
雑貨屋は、香作りのの道具を揃え始めたのだろう。カチャカチャという音が響いている。程なくして、様々な薫りがいりまじる。スパイスだ、と萌樹は思った。
「え? 急にカレー作るの? 意味がわからん」
「ああ、香の材料には、カレーの材料に使われるものもあるからね。結構、君は、鼻が良いんだね」
急に誉められて「そうか?」とつい、調子に乗って答えたが、反応はなかった。その代わり、
「香料を混ぜ終えたら、炭とか、蜂蜜とか梅肉とかを入れて混ぜて、水辺に三年くらい放置……というのが一般的なものだけど……」
「……なんか、本当にカレーっぽいんだけど?」
「三年も寝かせられないから、君の血を使うよ」
そっと、雑貨屋の指が萌樹の指先に触れた。冷たい指先だった。長い爪先が当たった。ゆっくりと指を這わせる。金属の細い板を押し当てられるような感覚。少し、痛みがあった。指先から、ゆっくりと何かが流れ出ている。鉄の匂いがするのだから、血なのだろうが、なんとなく、違うような気がした。
視線を指先にやると、傷口から、黄金色の細い光の帯が流れ出ている。
「雑貨屋っ!」
獏が声を荒らげる。
「なんだい、獏。うるさいなあ」
「……このものは、ただの人だ。……生命力を、そのように奪うなど……」
「香作りの為なんだからも仕方がないだろう? それに、説明はした」
「このような、生命に関わるようなものとは聞いていない!」
ムキになって獏が怒鳴る。その声を、萌樹は、どこか上の空―――というか、遠くに聞いていた。確かに、全身の力が抜けていく。だが、不思議と、心地よい感じだった。
「なんか、気持ちが良いよ。ふわふわしてて」
「当たり前だ……生命そのものを削っているのだ……」
獏が、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、吐き捨てる。
「まあ、命と引き換えとか、そういうことは言わないよ。僕は、君から血をもらいたいと言っただけだからね……もうそろそろ辞めるから大丈夫だよ」
優しく、雑貨屋が言う。獏が「どうだか」と冷たく呟いた。
「死ぬわけじゃないんだろ」
「勿論」
「……でも、俺、ここで暮らせるなら、それでもいいよ」
「おや、それは……少し困る。ここで、死人など出すわけには行かないからね」
「でも、あなたは、怨霊なんだろう?」
「……死んでも死にきれない奴らがいるだけ。……そして、もう、僕らは、死に逃げられない。それも、結構、しんどいんだよ」
ふふ、と笑ってから、雑貨屋は、もう一度指先に触れた。傷口は塞がった。そして、光の帯も、もう、消えていた。香を練り合わせていた陶器の容器の中で、ほのかに光を放っている。あれが、萌樹の生命そのものの力―――の一部なのだ。
「……作ってくるから、しばらく、そこで休んでおいで。獏が付いているから、心細くはないだろう?」
くすくすと笑いながら、雑貨屋は出て行く。足音が次第に遠ざかっていく。目の前が、くらり、と傾いだ。
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