24 / 38
24 血
しおりを挟む「まあ、あんまり無理はしない方が良いよ。そこの獏の言うとおりにね。通りすがりの人にだって、心配することはあるでしょ?」
あるかなあ、と思った萌樹だったが、そういえば、重い荷物を持ったお年寄りが、ふらふらと歩いていたら、駅前では付き合えるが、その先はどうしただろうか……くらいの心配はする。見知らぬ人であったも、そういうことはある。
「そうそう。だからね……何でもかんでも、否定しなくても良い。君自身のこともね……そて、そのまま、手を差し出してごらん」
萌樹は褥に顔を埋めたまま、手を差し出した。
「……済まないねぇ。ちょっと、血を貰うよ?」
「えっ?」
ひんやりした雑貨屋の手が、萌樹の手首を捕らえた。
「ちょっ……」
顔を上げようとしたが、何故か、身体は動かない。金縛りに遭ったような感じだ。
「雑貨屋!」
獏が声を荒らげる。
「なんだい?」
「……通常は、香を作るのに血など必要としないだろう」
「まあ、『通常は』ね。さっき言ったように、今回は、すぐに作れという依頼だよ。どこの誰の依頼か解らないけど……仕方がない。じゃあ、手っ取り早く、人間の血と、精気を貰おうと思ったまでだよ。
なにか、おかしな事はあるかい?」
おかしいことでは、ないような気が、萌樹にはした。
「さあ、そろそろ、始めようか」
雑貨屋は、香作りのの道具を揃え始めたのだろう。カチャカチャという音が響いている。程なくして、様々な薫りがいりまじる。スパイスだ、と萌樹は思った。
「え? 急にカレー作るの? 意味がわからん」
「ああ、香の材料には、カレーの材料に使われるものもあるからね。結構、君は、鼻が良いんだね」
急に誉められて「そうか?」とつい、調子に乗って答えたが、反応はなかった。その代わり、
「香料を混ぜ終えたら、炭とか、蜂蜜とか梅肉とかを入れて混ぜて、水辺に三年くらい放置……というのが一般的なものだけど……」
「……なんか、本当にカレーっぽいんだけど?」
「三年も寝かせられないから、君の血を使うよ」
そっと、雑貨屋の指が萌樹の指先に触れた。冷たい指先だった。長い爪先が当たった。ゆっくりと指を這わせる。金属の細い板を押し当てられるような感覚。少し、痛みがあった。指先から、ゆっくりと何かが流れ出ている。鉄の匂いがするのだから、血なのだろうが、なんとなく、違うような気がした。
視線を指先にやると、傷口から、黄金色の細い光の帯が流れ出ている。
「雑貨屋っ!」
獏が声を荒らげる。
「なんだい、獏。うるさいなあ」
「……このものは、ただの人だ。……生命力を、そのように奪うなど……」
「香作りの為なんだからも仕方がないだろう? それに、説明はした」
「このような、生命に関わるようなものとは聞いていない!」
ムキになって獏が怒鳴る。その声を、萌樹は、どこか上の空―――というか、遠くに聞いていた。確かに、全身の力が抜けていく。だが、不思議と、心地よい感じだった。
「なんか、気持ちが良いよ。ふわふわしてて」
「当たり前だ……生命そのものを削っているのだ……」
獏が、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、吐き捨てる。
「まあ、命と引き換えとか、そういうことは言わないよ。僕は、君から血をもらいたいと言っただけだからね……もうそろそろ辞めるから大丈夫だよ」
優しく、雑貨屋が言う。獏が「どうだか」と冷たく呟いた。
「死ぬわけじゃないんだろ」
「勿論」
「……でも、俺、ここで暮らせるなら、それでもいいよ」
「おや、それは……少し困る。ここで、死人など出すわけには行かないからね」
「でも、あなたは、怨霊なんだろう?」
「……死んでも死にきれない奴らがいるだけ。……そして、もう、僕らは、死に逃げられない。それも、結構、しんどいんだよ」
ふふ、と笑ってから、雑貨屋は、もう一度指先に触れた。傷口は塞がった。そして、光の帯も、もう、消えていた。香を練り合わせていた陶器の容器の中で、ほのかに光を放っている。あれが、萌樹の生命そのものの力―――の一部なのだ。
「……作ってくるから、しばらく、そこで休んでおいで。獏が付いているから、心細くはないだろう?」
くすくすと笑いながら、雑貨屋は出て行く。足音が次第に遠ざかっていく。目の前が、くらり、と傾いだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】君とは友だちになれない
夏目みよ
BL
鷲宮紘が通う高校には今どき珍しい昔ながらのヤンキーがいる。教師もクラスメイトも遠巻きに見ており、紘もそのうちのひとりだ。
きっとこれからも彼と仲良くなることはない。そう思っていた紘だが、ある日、隣の席のよしみで三島夜鷹に教科書を見せることになってしまう。
とはいえ人見知りである紘は夜鷹ともそれきり、友だちにはなれないと思っていたのだが、その日を境に何故かヤンキーくんに懐かれてしまい――
「……俺はカウントされてねぇのかよ」
「へ?」
「だから! 俺たち、もう、友だちだろ……」
ヤンキー✕平々凡々な高校生
※別のところで公開/完結している話です。倉庫的に移植します。

想い出に変わるまで
豆ちよこ
BL
中川和真には忘れられない人がいる。かつて一緒に暮らしていた恋人だった男、沢田雄大。
そして雄大もまた、和真を忘れた事はなかった。
恋人との別れ。その後の再出発。新たな出逢い。そして現在。
それぞれ短編一話完結物としてpixivに投稿したものを加筆修正しました。
話の流れ上、和真視点は描き下ろしを入れました。pixivにも投稿済です。
暇潰しにお付き合い頂けると幸いです。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる