夢喰(くら)う君が美しいから僕は死んでも良いと思った

七瀬京

文字の大きさ
上 下
23 / 38

23 危なっかしい

しおりを挟む



 店の奥、扉を開いた先にあったのは、幾重にもうすものの帳を張り巡らせた閨のような空間だった。

「なんか……」

「ん? どうしたんだい?」

「なんか、エロいっすね。ラブホ感あります」

「……よくわからないけど、ろくでもないことを言われているのだけは理解したよ」

 雑貨屋は顔を歪めながら、先へと誘う。しかし、萌樹の見解は、正しかった。幾重にも羅の帳を張り巡らせた先にあったのは、寝台だったからだ。

「ちょっ……これっ……」

「君を、どうこうするわけじゃないよ……僕は、こう見えても一途なんだよ。待ち人がいるんだから……」

 雑貨屋が顔を歪めて、心底癒やそうに言うのを聞いて、少し、萌樹は気が晴れた。先ほど言われた言葉が、なんとなく、引っかかっていたからだ。



『ここはお前の思うような楽園じゃない』



 事実なのかも知れないが、現実よりはましな気がしているのだから、仕方がない。

「それで? 手伝うって何をすれば良いの?」

「ああ、少しね。君の血をおくれ」

「えっ? 血っ?」

「……従来ならば、薫物というのは、もっと、作るのが大変なものなんだよ。池の端に埋めてから三年くらいかかる。それを、お手軽に作れてお手軽に使えるようにするんだから、文句は言わないの」

 三年。

 三年も眠り続けていたら、多分、蒼は持たないだろう。

「解った」

「おや、獏。……お前は、なにも反対しないのかい」

 くすくすと雑貨屋が笑う。

「反対したところで……、そのものは、やると決めているのだから、致し方あるまい。友人である蒼とやらを助けることしか考えて居らぬ」

 深々とした溜息を、獏が吐いた。その獏の様子を見て、なんとなく、胸の奥が、妙な感じになっている。

「なんか、諦められてる感じがする」

「そなたが無茶をやらかすのは、常のことなのだろう。……水垢離も知らぬのに、水垢離をしようとしたり」

「結果、出来たんだから良いじゃないか」

「……そなた、周りのものたちを心配させて来たのであろうな」

「はあっ? ……俺は、一人で生きてきたし……誰にも関わってない」

「いや。そなたが受け取らぬだけだ。人は一人ではいきられぬ。我らとてそうだ。そなた、一人で生きているような口振りだが、日々の糧は?」

「メシってこと? ……働いて、それでメシ買ってるけど?」

「であればそなたを雇い入れているもの、そなたから金子を得て対価として食料を渡すもの。その食料を作り出すもの……そもそも、天からの恵みである、雨や、作物や、空気でさえそなた一人で作り出すことも出来ぬのに、よく斯様な生意気な口がきけるものだとあきれ果てる」

「は? ……そんなことまで……?」

「事実、お前は空気がなければ息をすることも出来まい。なのに、なぜ、自分で生きるために必要なものを作り出すことも出来ぬのだ」

 獏の言葉に、萌樹は反論出来ない。何を言っても、言い返されるような気がしたし、獏の言うことは正しい。萌樹は、何一つ作り出すことは出来ない。

「……母御父御の力を借りて作り出され、生まれ落ちてのちは、あらかじめ様々なものが用意されている前提で生きているというのに。良く、他人と関わりがないなどと、暴言を吐くことが出来るものだ」

 呆れた、と獏は言う。

「……でもさ、俺を心配するやつなんか……」

「そなたは、何も見えていない」

 ぴしゃりと、獏の言葉が頬を叩いたような気がした。

「生きるために、何かに関わらねば生きていくことは出来ぬのに、自分一人だけで生きていると思うようなそなたには、何も見えては居らぬということだ。そんなお前が、自分を案じるものの事など、見えるわけがなかろう」

「それは……悪かったな」

「ああ、出会って間もない吾でさえ、そなたは危なっかしくて見ておられぬ」

「えっ?」

 それは、本当だろうか。思わず、雑貨屋を見やる。雑貨屋は苦笑してから、萌樹に褥の上に横になるように言った。

「……その獏は、嘘を言わないよ。……だから、心配して、水垢離に付き合ったんでしょ? 確かに、君は、危なっかしい」

 確かに、獏は、水垢離に付き合ってくれた。付き合わなくても良かったはずだ。結果、水から上がるときに、獏に助けられた。それを自覚したら恥ずかしくなって、思わず褥に顔を埋めてしまった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

想い出に変わるまで

豆ちよこ
BL
中川和真には忘れられない人がいる。かつて一緒に暮らしていた恋人だった男、沢田雄大。 そして雄大もまた、和真を忘れた事はなかった。 恋人との別れ。その後の再出発。新たな出逢い。そして現在。 それぞれ短編一話完結物としてpixivに投稿したものを加筆修正しました。 話の流れ上、和真視点は描き下ろしを入れました。pixivにも投稿済です。 暇潰しにお付き合い頂けると幸いです。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

処理中です...