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23 危なっかしい
しおりを挟む店の奥、扉を開いた先にあったのは、幾重にも羅の帳を張り巡らせた閨のような空間だった。
「なんか……」
「ん? どうしたんだい?」
「なんか、エロいっすね。ラブホ感あります」
「……よくわからないけど、ろくでもないことを言われているのだけは理解したよ」
雑貨屋は顔を歪めながら、先へと誘う。しかし、萌樹の見解は、正しかった。幾重にも羅の帳を張り巡らせた先にあったのは、寝台だったからだ。
「ちょっ……これっ……」
「君を、どうこうするわけじゃないよ……僕は、こう見えても一途なんだよ。待ち人がいるんだから……」
雑貨屋が顔を歪めて、心底癒やそうに言うのを聞いて、少し、萌樹は気が晴れた。先ほど言われた言葉が、なんとなく、引っかかっていたからだ。
『ここはお前の思うような楽園じゃない』
事実なのかも知れないが、現実よりはましな気がしているのだから、仕方がない。
「それで? 手伝うって何をすれば良いの?」
「ああ、少しね。君の血をおくれ」
「えっ? 血っ?」
「……従来ならば、薫物というのは、もっと、作るのが大変なものなんだよ。池の端に埋めてから三年くらいかかる。それを、お手軽に作れてお手軽に使えるようにするんだから、文句は言わないの」
三年。
三年も眠り続けていたら、多分、蒼は持たないだろう。
「解った」
「おや、獏。……お前は、なにも反対しないのかい」
くすくすと雑貨屋が笑う。
「反対したところで……、そのものは、やると決めているのだから、致し方あるまい。友人である蒼とやらを助けることしか考えて居らぬ」
深々とした溜息を、獏が吐いた。その獏の様子を見て、なんとなく、胸の奥が、妙な感じになっている。
「なんか、諦められてる感じがする」
「そなたが無茶をやらかすのは、常のことなのだろう。……水垢離も知らぬのに、水垢離をしようとしたり」
「結果、出来たんだから良いじゃないか」
「……そなた、周りのものたちを心配させて来たのであろうな」
「はあっ? ……俺は、一人で生きてきたし……誰にも関わってない」
「いや。そなたが受け取らぬだけだ。人は一人ではいきられぬ。我らとてそうだ。そなた、一人で生きているような口振りだが、日々の糧は?」
「メシってこと? ……働いて、それでメシ買ってるけど?」
「であればそなたを雇い入れているもの、そなたから金子を得て対価として食料を渡すもの。その食料を作り出すもの……そもそも、天からの恵みである、雨や、作物や、空気でさえそなた一人で作り出すことも出来ぬのに、よく斯様な生意気な口がきけるものだとあきれ果てる」
「は? ……そんなことまで……?」
「事実、お前は空気がなければ息をすることも出来まい。なのに、なぜ、自分で生きるために必要なものを作り出すことも出来ぬのだ」
獏の言葉に、萌樹は反論出来ない。何を言っても、言い返されるような気がしたし、獏の言うことは正しい。萌樹は、何一つ作り出すことは出来ない。
「……母御父御の力を借りて作り出され、生まれ落ちてのちは、あらかじめ様々なものが用意されている前提で生きているというのに。良く、他人と関わりがないなどと、暴言を吐くことが出来るものだ」
呆れた、と獏は言う。
「……でもさ、俺を心配するやつなんか……」
「そなたは、何も見えていない」
ぴしゃりと、獏の言葉が頬を叩いたような気がした。
「生きるために、何かに関わらねば生きていくことは出来ぬのに、自分一人だけで生きていると思うようなそなたには、何も見えては居らぬということだ。そんなお前が、自分を案じるものの事など、見えるわけがなかろう」
「それは……悪かったな」
「ああ、出会って間もない吾でさえ、そなたは危なっかしくて見ておられぬ」
「えっ?」
それは、本当だろうか。思わず、雑貨屋を見やる。雑貨屋は苦笑してから、萌樹に褥の上に横になるように言った。
「……その獏は、嘘を言わないよ。……だから、心配して、水垢離に付き合ったんでしょ? 確かに、君は、危なっかしい」
確かに、獏は、水垢離に付き合ってくれた。付き合わなくても良かったはずだ。結果、水から上がるときに、獏に助けられた。それを自覚したら恥ずかしくなって、思わず褥に顔を埋めてしまった。
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