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20 水垢離

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 服をすべて脱ぎ丸裸になったところで、雑貨屋の裏にある泉で水垢離をしろと言われた。

「水垢離ってなに?」

「水で……身のケガレなどを清めるものだよ。とりあえず、行水してから、そこの桶で頭から水を被っておいで。六回。それが終わったら、そのままのなりで、中へ入っておいで」

 びしょびしょになるのではないか、とは思ったが、それ以上、追求しないことにした。

 泉は、美しいエメラルドグリーンだった。

 澄んでいて、底から白い砂を丸くせり上げながら、滾々と水が湧き出ている。

「凄……めちゃくちゃ透明度高いヤツだ」

「神聖な水だからね。……邪気をすべて落とすことが出来るよ。きっかり六回、水を被るんだよ」

 桶も水辺に置かれている。木の桶ではなかった。錫か、なにかで出来て居る銀色の美しい桶だった。

 ゆっくりとつま先から泉へ入る。身体が飛び上がるほど、水は冷たかった。

「結構……深い、んだな……」

 萌樹の胸のあたりまで水は来る。萌樹は、桶を手に取って、水を汲んだ。水面が一瞬、虹色に輝いたような気がした。

「一回……」

 頭から水を被る。氷水のような冷たさの水を頭から被り、身体が震える。

 獏が、水辺で見守っているのが解った。静かに、萌樹の水垢離を見ている。

 丸裸を見られているのだと思ったら、急に恥ずかしくなった。だが、そんな場合ではない。

「二回……三回……」

 冷えて、指先が震え始める。さすがに、マズイとは思ったが、ここで引くわけには行かない。腹に力を込めて、もう一度水を汲む。息を止めて、頭から被った。

「四回」

 あと二回。指先が、紫色に染まっている。

「五回」

 あと一杯被れば良い。気を取り直して、萌樹は桶を手に持つ。

「六回」

 水を被り終え、なんとか、桶を水辺へ戻したが、泉から出るのに力が出ない。苦労していたら、全身が温かくなった。

「えっ?」

「全く、無茶なことを」

 獏が、そっと萌樹を抱き上げてくれた。獏も泉に浸かっている。

「濡れる……んじゃ」

「ああ、まあ、構わぬ。我らは、ここで濡れても、大して問題はない」

 獏がいうのなら、そうなのだろう。それより、萌樹は、暖かな感触がありがたくて、獏にしがみつく。そのまま、水に上げて貰い、純白の明衣あかはとりを渡された。

「なんか、この衣、薄っ……」

「清浄なものゆえ」

「清らかだと薄いのか? よく解らないけど」

 身体をタオルで拭いた訳でもないので、水滴の残っていた場所は、肌を透かせている。考えようによっては、先ほどの丸裸よりもいかがわしい格好に見えて恥ずかしい。

「……いや、ちょっと、恥ずかしくて」

「なぜ?」

 獏は不思議そうに小首をかしげた。

「なぜって……」

 答えようとした萌樹は、明確な回答が出来ないことに気がついた。普通に、男の前で着替えることはおおい。丸裸になるのも、銭湯に行けば普通のことだ。肌を透かせているのだって、白シャツで雨に濡れたら、そうなるだろう。特に、気にするほどのことでもない。

「あれ、なんで、恥ずかしいんだろう」

「であろう。なにか、気にしすぎているのだ……さあ、雑貨屋が待っている。参るぞ」

 獏が、手を差し出す。

 美しくて薄い手だった。長い爪を持っている。多少の骨っぽさがなければ、女性の手と言われても、不思議ではないだろう。

 萌樹は、獏の手に、自分の手を重ねた。映画で見た、上流階級の女性が、殿方にエスコートされるような格好になった。

「……濡れただろ」

「濡れるのは構わぬが……、冷たかったな」

 獏の言葉を聞いて、思わず、萌樹は吹き出してしまった。

「まあ、そりゃそうだけど!」

「……水垢離をしたそなたは、なかなか、腹が据わっている」

 ふふ、と獏が笑う。

「まあ、根性は見せましたよ」

 軽口のように答えながら、萌樹は、少し、ドキドキしていた。

(同じ、なんだな……)

 同じものをみて、美しいと思った。同じ水の温度を感じることが出来た。そして、今、繋がれた手のぬくもりを感じている。

(なんか、おかしいな……)

 顔が、熱くなっていく。妙な感じだった。

「どうした? 顔が赤い。熱でも出たのか? ……我らは風邪など引くことはないが、そなたらは引くのであろう。雑貨屋に、薬湯でも出させると……」

 そこまで言って、獏は口ごもった。

(あっ)

 萌樹も、その理由に気がついた。ここで、飲み食いをしてはならない。そういう事を、忘れていた。萌樹も、獏も。



 
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