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19 代償

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「代償、か」

「そうそう。手持ちのものじゃないとダメだよ。掛け売りはしない決まりなんだ」

「われわれの世界では、それが当たり前だろう」

「……そこに、人間がいるからねぇ」

「代償って……、どのくらい掛かるんですか? あと、何なら良いんですか? この間は、花だったけど」

 今、萌樹は花を持っていない。あるのは……。身につけている、ピアスや指輪。尻のポケットに入ったスマホ。腕時計。服や靴。そんなものだけだ。まさか、命と引き換えに、とは言わないだろうが……。

「あれはね、気が向いたから、あれで譲ってあげたんだ。僕は気まぐれだからね。なにか、僕の琴線に触れるものであれば」

 代償は、決まっていないということなのだろう。

「とりあえず、魂とか言われなくて良かった」

「魂? お前は、それが何か解っているのか?」

「……わからないから、持って行かれると困るのかも知れないし……? 上げる方法も解らない」

 昔噺のとんち名人ならば、『差し上げますから持っていってください』とでも言うところだろうが、ここの住人ならば、その方法を知っているような気がするので、うかつなことは口に出来ない。

「解らぬものを、人にやろうとするのか、そなたは」

 呆れたような口調で、獏は言って「まあ、それはやめておけ」とだけ呟いた。

「魂……を上げるとどうなる?」

「そうだな。どんなものでも、根っこは一緒なのだ。魂は、ある場所と繋がっていて、死ぬと一度そこへ還る。そして、休息を取った後、また、何者かとして生を受ける。人であろうと、われわれのような……そなたらがあやかしと呼ぶ存在であっても、それは変わらぬのだ。ただ、我らが、そなたらよりも長く生きるだけで、不死でもない」

 解ったような、解らないような、壮大な概念を言われているような気がした。

「……それで?」

「だが、魂を売り渡せば、そこへは戻れなくなる。二度と、生まれ変わることが出来なくなると言うことだ」

「ここで、全部途切れるということ?」

「そう。……だから、それは、忌まれている。魂自体の全体の数は決まっているのに、それが失われていくからだ。そして、魂は、あらたには増えることはない」

 決まった数から、少しずつ減っていく。それは、緩慢に滅びに向かっていると言うことだろう。

「……代償に、魂を持っていく……っていうお伽噺は?」

「道を外れたものたちが、居ないわけではない。それゆえ、魂を明け渡すなど、軽々しく口にしてはならないのだ」

「でも、じゃあ……」

 どうすれば、香を譲って貰うことが出来るのか、解らない。しかも、雑貨屋は、答えを言わない。

「……雑貨屋。私の髪の一房では?」

「んー……そうだな。こちらのお兄さんが、必要としているのだろう? だったら、獏の旦那。あんたが、代償を支払うのは、筋が違うよ」

 雑貨屋の声音は冷たい。背筋が凍り付くようだった。

「……じゃあ、指とか、目とか……?」

「そなたっ!」

 獏が鋭く声を上げる。

「……だって……、そんなもんしか、渡せるモノがないだろ。あとは、俺が身につけてるもの全部でも良いけど。そんなの、ガラクタじゃネェか」

 少なくとも、この世界で使う必要がないものばかりだ。それならば、ガラクタだろう。

「身体の一部を渡すなど……」

 獏の秀麗な顔が、歪んでいる。

「……坊や」

 雑貨屋が、小さく声を掛ける。萌樹に向けた言葉なのは解った。

「言葉に出せば、現実になる。……お前は、本当に、目や指を差し出せるのかい?」

 試されている、と萌樹は思った。

「そこまでの義理が、あのものにあるのか……?」

「義理とか、そんなのじゃなくて、俺が、ただ、あいつに生きていて貰いたいだけなんだ。だから、関係ない。身体の一部で済むなら、それで頼む」

 腹に力を入れていても、声が震えた。まだ、獏に抱きかかえられたままというのが、どうにも恥ずかしい。

「……ふむ。本気だな。それならば……覚悟は解った。さて、どうしようか……。まあ、そなたの身につけているものを、すべて置いていけ。それで許してやる。……ただし、香を作るのに、少々、お前の力を借りる必要があるが」

「ありがとう。……勿論、喜んで力を貸すよ」

「その言葉に、二言はないな」

 ふふ、と雑貨屋は、笑んだ。その笑みを見て、背筋が薄寒く凍るのを、萌樹は感じた。

 



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