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17 夢の味
しおりを挟む美しい花を見て美しいと思ったり、虹を見たかったり。存外、獏は、人間と感性が一緒なのだ、と言うことを萌樹は実感していた。
「なあ、あんたさ。夢以外は食べないの?」
雑貨屋の周りを散策しながら、萌樹は問う。美しい黄色い藤が、地面に届くまで長い花房を、帳のように垂らしているそこを、ゆっくりと分けて歩きながら。身体中、藤の甘い香りで満たされた。
「夢以外」
「そう。例えば……何だろ、鬼とかあやかしって、何を食べるんだろ。鬼、なら人、とかなのかな」
「吾は、人は喰わぬ」
「……じゃあ、花とかは?」
「ああ……昔、花喰らう鬼がいたような気がするが、あいにく、吾は喰わぬな」
「じゃあさ、夢って、どんな味?」
「……味覚か……」
「とびっきりの悪夢なら、甘いとか……」
萌樹の問いに、獏が、微苦笑した。
「興味津々だな」
「……悪いかよ」
「いや、悪くはない……ただ、変わった人間だと思っただけだ」
「そうかな」
「別に、誉めているわけでもないが?」
「まあ、そりゃそうだよな。……それは解る」
一緒に話していると、この獏は、時折妙に人間くさい。それが、なんとなく面白い。
「夢の味など、何故気にする?」
「んー……、解らない。甘い夢なら、綿菓子みたいに甘いのかなとか、悪夢だと、酸っぱかったり苦かったりするのかなとか……漠と、俺とは、同じ味覚なのかなとか」
「我らは、食むものを異とする者同士。味覚という意味では、わかり合うことはあるまい」
「そっか……」
会話は途切れる。黄色い藤を抜けると、沈丁花が強い香りを漂わせている。香りはするが、花の姿は見えなかった。
(この花の匂いも、こいつは、全然、別な匂いに感じているかも知れないんだよな……)
そして、その感覚は、お互い、別のものだ。わかり合うことは出来ない。
「……ああ、そろそろ、雑貨屋が戻ってきただろう。参るか」
「ああ、えーっと……結構、遠いね」
雑貨屋は、今いる場所から広々とした池を挟んだ対面にあった。ぐるりと今来た道を引き返す必要がある。
「あそこにあるのに?」
「だって、元来た道を引き返さないと」
「問題ない」
獏はそう呟いて、萌樹を抱きかかえる。姫君のように両腕に抱えられて「ちょっ!」と抗議の声を上げるが、獏は気にした風もない。
「……しがみついていろ」
言われたとおりに、獏にしがみつく。その瞬間、獏が地面を強く蹴った。
「うわっ!!」
一瞬で、空に高く舞い上がる。
「た、高いっ……っ高いって……っ!」
「この程度であれば、跳梁で軽くあちらへ行くことが出来る」
好奇心で眼下を見やれば、広々とした池が、小さく見える。航空写真を見ているような風景だった。
「こ、こんなに高いっ……っ」
「ああ、暴れるな……。それと、口をつぐんでいないと、舌を噛むぞ」
獏に忠告されて、口をつぐむ。怖くて、ぎゅっとしがみつくと、獏が笑った。
「……ほら、いまから、落ちていくから」
ふんわりと高く舞い上がったと思ったら、今度は急速に落ちていく。垂直落下、というのに近い。ものすごい早さと、重力が掛かって、内臓がせり上がってくるような感覚があった。
「……っ!!!」
怖くて、いっそう獏にしがみつく。獏の胸は、暖かかった。それに、獏の鼓動が聞こえた。萌樹の鼓動より、早いようだった。獏としてはそれが早いのか遅いのか、萌樹には解らない。獏が、ふっと笑う。からかっているのかも知れないと、萌樹は思ったが、口に出すことは出来なかった。舌を噛んだら怖いからだ。
やがて、ふわり、と地面に降りる。舌など、噛みようがなかった。
ひとっ飛びに、雑貨屋まで戻ることが出来たのは、間違いなかった。
「……怖、かった」
「そなた、吾が、そなたを落とすとでも思ったのか?」
獏が、不満げな顔をする。萌樹は、慌てて、「違うよっ!」と反論した。「その、高くて怖かった……」
「そうか」
獏は、そのまま―――萌樹を抱いたまま、雑貨屋へ向かう。萌樹は、恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じていた。本当は、下ろしてくれ、と言いたかったが、おそらく、腰が抜けてしまった。うまく、立つことが出来ないだろう。それを獏に、見透かされているのが、よりいっそう恥ずかしかった。
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