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16 虹

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 手を引かれ、獏の胸の中に閉じ込められるような形になった。

「……なに?」

「今の時分、雑貨屋は店にいない」

「なんだ。じゃあ、まだ、ここで休む感じかな」

「……退屈なのだろう? 少し、案内してやる」

「歩き回っても大丈夫なのか?」

「ここで飲み食いしなければ、概ねは」

 ふうん、と萌樹は呟いて、獏を見上げる。美しい顔が目の前にあった。この、美しい顔が、人間を侮蔑するような表情を浮かべたとき、萌樹は、そこはかとない満足感を得ていたことに気がついた。この美しいものたちにとって、人間は、汚くみすぼらしいものに映るのだろう。

「……蒼の好きな奴のところは……?」

「ここからは遠い」

「歩いて行けない感じ?」

「そうだな……人間の世界に、高い建物があるだろう」

「ビルのことかな。うん、あるけど」

「……アレを想像して欲しい。お前の世界にある、あの高い建物も、層になっているだろう。ここも似たようなもの、ここと、あそこは、違う階層にあって、容易に行き来出来ない」

「そう、なんだ?」

「ああ、不便なことに。……行き来出来る時間が決まっていて、そこだけ、すべての通路が開かれる」

「へー……凄い。それって、どういう時間?」

「そなたらの世界にも伝わっていると思うが。逢魔が時、かわたれ時、丑三つ時だ」

「……なるほど……?」

 聞いたことはあるが、萌樹には、それが何時頃か、よく解らなかった。そして、先ほどから、ここは、時が変わっていないようにも思える。

「今少し、歩こう」

「まあ、そういうことならば」

 獏が、どういう理由で、この世界を案内してくれるのか、萌樹には解らない。もしかすると、獏にも解らないのかも知れないな、とは萌樹も思う。獏は、萌樹がどこかに行かないように、手を引きながらゆっくりと歩く。

 小さい子鬼を指さして、「……あそこに、子鬼がいるだろう。あれば、お前の友人の思い人の眷属なのだ」などと解説したり、「あの花の蜜には毒があって……」などと案内してくれている。

「なんで、観光案内?」

「そなたが無聊をかこっているゆえ……」

「いや、まあ、そりゃ、退屈ですけど……、もしかして、結構良い奴だったりするんですかね」

 萌樹は、雑貨屋の言葉を思い出していた。

 良いも悪いもないという言葉だ。

 萌樹は、二極の考えをすることが多いが、そうではないのだと。

(俺にとっていい人でも……他の人に取っては嫌なヤツ……)

 しかし、それならば大切なのは、自分にとってどういう存在かと言うことだろう。

「……俺は、結構、アンタのことを良い奴だって思ってる感じです」

「それは……」

 一度、獏は言を切った。「悪い気はしない」

「へっ?」

「邪険にされれば、我らも、それなりに傷つくものだ。我らは、そなたらがいなければ、生きていくことは出来ぬ。眷属が悪夢にうなされようと、我らはその夢を食むことは出来ぬのだし」

「あやかしの、悪夢は、食べられないんだ」

「残念なことに、食むことは出来ぬ。ゆえに、人に呼ばれるのを待つしかない」

「あの、絵を……使って?」

「ああ、そのようなものだ。あとは、稀に、強く呼ばれることもある。我らの世界と、繋がる時があるから、そういう時に呼ばれるのだろう。最初に、そなたが、ここへ来た時のように」

「そっか。あれが、かわたれ時とか逢魔が時とか、丑三つ時なんだ」

「そうなのであろうな。……時間は、そなたらの世界に左右される。今、そなたらの世界が、何時なのか、我らには解らぬが……」

 萌樹は、腕時計を見やった。時計は、アナログ表示の電波時計だが、針がぐるぐると動き回っている。時刻補正のための電波時間を受信出来ないのか、理由はわからない。

「……ああ、そなた、アレをみろ」

「ん?」

 獏が指し示した先に、美しく白い虹が架かっていた。

「白い虹……? 珍しいな」

「そなたらの世界では、虹は、白くはないのか?」

「えっ? うん。たしか……昔、白い虹は、縁起が悪いって聞いたことがある。俺たちの世界では、虹は、七色だよ」

「七色? そのようなことがあるわけなかろう」

「えっ? 七色だって! 子供だって、虹が七色だって知ってるよ!」

「ほう……」

 獏が、少し感心したように呟いて「それは美しいのだろうな」と遠い目をしながら言う。

「……ここじゃなくて、俺の住んでるところなら、いつでも見られるだろ」

 獏は驚いて目をまん丸くしたが、すぐにふんわりと微笑んだ。

「そうだな。いつか、見られたら良いな」

「一緒に見ようよ」

 萌樹の誘いに、やや置いて「ああ」と獏は呟いた。



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